<安倍前首相の誤りは、憲法を書き換えさえすれば日本が「普通の国」になれると考えたことだ> ドナルド・トランプが4年前のアメリカ大統領に当選したとき、日本の安倍晋三前首相は世界の首脳の中でいち早く、そしていささか大げさに祝福した。 安倍がゴルフ場でトランプにお世辞を言っていたのとは対照的に、ドイツのアンゲラ・メルケル首相の態度はかなり冷ややかだった。メルケルはトランプへの祝辞の中で、民主主義、法の支配、人種・性別・性的指向の平等といった理念を共有するのであれば、ドイツは次期政権と力を合わせたいと述べた。 なぜ、日独の首相のトーンにこれほど明確な違いが表れたのか。 当然、実利的な理由もある。ドイツはNATOとEUのメンバーだ。それに対し、日本は自国の安全保障を日米安保体制にほぼ全面的に依存している。安倍としては、自由や人権についてアメリカに説教することで、アメリカとの良好な関係を脅かす事態は避けたかったのだろう。 そもそも、安倍はメルケルより保守的な政治家だ。しかも、反対を押し切って1960年に日米安保条約を強化した岸信介首相(当時)の孫であることに誇りを持っている。 安倍が首相として目指した目標の1つは、日本を「普通の国」にすることだった。具体的には、過去の罪に手足を縛られずに、必要に応じて軍事力を行使できる国になりたいと考えていた。 そうした国への転換に、ドイツは既に成功しているように見える。第2次大戦後のドイツの歴代指導者は、ナチス時代の罪を償い続けてきた。1970年、当時の西ドイツのウィリー・ブラント首相は、多くのユダヤ人が悲惨な死を遂げたポーランドの首都ワルシャワのゲットー跡地でひざまずいて黙禱した。指導者のこうした行動は、ドイツが近隣諸国の信頼を取り戻すために必要なものだった。 日本の指導者の中には、村山富市元首相、河野洋平元官房長官、そして平成時代の天皇(現在の上皇)など、アジアでの日本の評判を取り戻すためには過去の罪に対する公的な謝罪が必要だと認識していた人たちもいた。しかし、そうした指導者の謝罪の言葉が持つ効果は薄らいでしまった。保守派の政治家が謝罪を批判したり、否定したりしたためだ。 なぜ、ほかのアジア諸国の人々は日本が「普通の国」になることを受け入れないのだろうか。ドイツは、ナチスの軍隊に占領された経験を持つ国にもおおむね称賛されているのに、日本と近隣諸国の関係には、どうして歴史が影を落とし続けるのか。 この違いを説明するために、さまざまな説が唱えられてきた。日本について表面的な知識しか持っていない西洋人は(時にはアジア人も)、日本の文化に原因があると思い込んでいる場合が多い。 ===== 日本人が過去と向き合うことが難しい理由は、メンツを重んじる文化と関係があるのではないか。日本人は恥の意識こそあっても、罪の意識を持てないからではないか。あるいは、日本人の精神に武士道が深く根付いているため、軍国主義に傾きやすいのではないか。 これらの説は全てナンセンスと言うほかない。この問題と日本の文化は明らかに無関係だ。実際、第2次大戦後の数十年間、まだドイツ人がナチス時代についてほぼ沈黙していた頃、日本では早くも戦時中の罪に正面から向き合った映画や小説が多く作られていた。小林正樹監督の映画『人間の條件』はその1つだ。 戦後の早い時期、日本とドイツの状況は多くの点でよく似ていた。両国ともアメリカの支援を受けて、経済を再建することに専念した。日本と西ドイツ(当時)の目覚ましい経済発展は、冷戦時に自由主義陣営が共産主義陣営に対抗するための砦として両国を生まれ変わらせることを目的にしていた。 産業の発展に専念することには、ほかの効果もあった。それぞれの国内で第2次大戦に関する政治的緊張を和らげる効果もあったのだ。ドイツ人も日本人も、経済成長に夢中になるなかで、暗い歴史を頭の外に追いやることができた。 国民的な合意形成が困難な理由 しかし、いま両国の置かれている立場には違いがある。ドイツがナチス時代の歴史を理由に厳しい視線にさらされることは多くないが、日本はいまだに近隣諸国から批判的な目で見られている。 日本とドイツの違いは文化の違いでは説明できない。まず、日本がアジアで行った戦争とドイツがヨーロッパで行った戦争には重要な違いがある。 ヒトラーの軍隊は独立した国々に侵攻したが、旧日本軍が41年以降に侵攻したのは欧米列強の植民地支配下に置かれた国々だ。ただし中国への侵攻、つまり31 年に始まった満州事変と37年に始まった日中戦争は「アジア解放の戦い」として正当化することはできないし、旧日本軍が中国で行った残虐行為は弁解の余地がない。 とはいえ、それはナチスのホロコースト(ユダヤ人大虐殺)とは同列に論じられない。ゆがんだ思想から特定民族の根絶を目指す組織的な国家計画は存在しなかったからだ。中国など近隣諸国の人々に対する日本人の見方は差別的だったにせよ、大量虐殺計画があったわけではない。 また日本はヒトラーのような独裁者や、ナチスのような犯罪的な政党の支配下にはなかった。戦争中も戦前と地続きの制度や官僚機構があり、天皇制も維持されていた。 こうした事情があるため、日本は歴史問題で国民的な合意を形成しにくい。西ドイツと東ドイツの見解には多くの相違があったが、ヒトラーの第三帝国は唾棄すべき体制であり、その復活は断じて許せないという認識では一致していた。また大半のドイツ人がホロコーストの実態を認めたのは60年代になってからだが、その醜悪な本質からしてナチスの支配を正当化することは不可能だった。 ===== 日本は違う。戦前、戦中を通じて天皇だった人物が戦後も皇位にとどまった。しかも国家が組織的に大量虐殺を進めたわけではないから、ナショナリストは「日本は間違いも犯したかもしれないが、欧米列強の支配からアジアの同胞を解放する名誉ある戦いをしたのだ」と主張できた。 要するに、日本では戦争放棄をうたった9条をはじめ、憲法について議論をしようとするなら、歴史問題を避けて通れない。 ドイツ人は国防や外交を議論するのに、いちいち自国の過去について延々と議論をする必要はない。極右でもない限り、ナチスを擁護する人はいないからだ(残念ながら、今はその極右が勢いを増しているが)。 日本はいまだに歴史問題を引きずっている。そのために安倍は日本を「普通の国」にするという悲願を実現できなかったのだ。 それでも、安倍の悲願(後継者の菅義偉首相もその実現を目指しているはずだ)は、国民的議論に付すに値する政策課題だ。安全保障でアメリカに完全に依存する状態は日本にとってよろしくない。民主的な選挙で選ばれた日本政府が特定の状況で武力を行使すべきか否かを判断する権限を持つほうが望ましい。 議論を主導すべき指導者の質 9条をめぐる議論はずるずる先延ばしにされてきた。この議論を行うには、イデオロギーに縛られず、第2次大戦中の自国の行為をきちんと検証する作業が不可欠だ。軍国主義時代の日本にはナチスのような組織的な虐殺計画はなかったにせよ、日本の中国・東南アジア侵攻に伴い、何百万人もの犠牲者が出たことは否めない。その事実を直視すべきだ。 歴史問題の議論は右派ナショナリストの主導ではうまくいかない。「日本のウィリー・ブラント」の名にふさわしい指導者、つまり自国の過去の最悪の罪からも目をそらさず、言い訳をせず、事実を否認せず、靖国神社に参拝したりしない指導者が主導すべきだろう。 今後、日本が民主主義と自由を守るために武力を行使しなければならない日が来るかもしれない。だが、いまだに旧日本軍の戦いを正当化できると思い込んでいるような指導者には、武力行使の権限は託せない。 安倍の誤りは憲法を書き換えさえすれば、日本は普通の国になれると考えたことだ。より思慮深い指導者なら、曇りなき目で歴史を検証することが先決だと気付いたはずだ。 ドイツは歴代の指導者も国民もナチスの過去とまともに向き合ったからこそ、ヨーロッパと世界においてより安定した地位を築けた。日本はまだそれができていない。 日本が自国の罪を公式に認め、近隣諸国の信頼を回復できれば、改憲論議は硬直的で不毛な議論ではなく、国家の未来を見据えた建設的な議論になるだろう。 <本誌2020年11月3日号本誌「ドイツ妄信の罠」特集より>