<公正な選挙の実施を妨げているQアノン。陰謀論を拡散する謎の集団はいかにして信者を取り込んでいるのか。影響力拡大の実態と、制御が困難な理由とは?> 最初に仕掛けた3人の名は分かっている。トレーシー・ディアス、ポール・ファーバー、そしてコールマン・ロジャースだ。彼らが謎の人物「Q」に成り済まし、リベラル派は危険な小児性愛者だという怪しげな陰謀論をばらまいた。2018年のことで、それがQアノン(匿名のQ)と呼ばれる偽情報拡散ネットワークの始まりだった。 彼らはインチキ情報の拡散で巧みに稼いでいる。まずはアメリカ政府の最高機密にアクセスできるという人物「Q」をでっち上げ、ドナルド・トランプ米大統領の下でヒラリー・クリントン元国務長官らの悪徳小児性愛者を一斉検挙する作戦が進行中だという説をSNSに投稿した。 「Q」の投稿は暗号交じりで難解なので、彼らはそれを解読し、民主党は小児性愛と人身売買の悪魔的カルト集団だなどと解説して転送し、情報拡散の「ノード(起点)」となった。それを読んだ人が「いいね」を付けて転送したり、リツイートしたりすれば、そこに新たなノードができるわけだ。 こうして「エッジ(ノード間のつながり)」を増やしたQアノンは、今やアメリカ社会に有害な偽情報をばらまく危険な存在だ。現職大統領のトランプもQアノン絡みの偽情報を堂々とばらまいている。ある調査によると、彼は今年8月までにQアノン絡みのツイッターアカウント129件を引用、あるいはリツイートしていた。 Qアノンは暴力の温床ともなっている。4年前の大統領選の終盤に、首都ワシントン郊外のピザ店地下でヒラリー・クリントンらが児童買春にふけっているとの偽情報が流れ、それを信じた男が店に乱入して発砲した事件(通称「ピザゲート」、もちろん児童買春など事実無根だった)は、いわばQアノンの前史。その後もQアノン信者たちは少なくとも2件の殺人と1件の児童誘拐に関与し、カリフォルニアでは山に火を付け、フーバーダムでは橋を封鎖し、アリゾナ州トゥーソンではセメント工場を占拠した。先にミシガン州知事の拉致を企てたとして検挙された男の1人も、Qアノン流の陰謀論をフェイスブックに書き込んでいた。 Qアノンの勢いの前に、SNSの運営各社は無力だ。FBIは昨年5月にQアノンをテロ組織に認定しているが、フェイスブックは今もQアノンを閉め出せていない。10月6日にはQアノン関連のグループやページをフェイスブックから排除し、傘下のインスタグラムでも関連アカウントを禁止した。しかし個人のプロファイルは残っているので、そこからQアノン関連の投稿をいくらでも拡散できる。 ===== トランプ大統領は8月までにツイッターで129回もQアノンに触れた JONATHAN ERNST-REUTERS ツイッターも、規約違反を理由にQアノン関連のアカウント約7000件を停止したという。だが残念ながら、こうした対応は遅きに失している。今までのところ、インターネットの技術は「偽情報の拡散を防ぐよりも助長する役割を果たしてきた」と指摘するのは、現役の陸軍将校で、スタンフォード大学から工学博士号を授与されているトラビス・トランメルだ。 ジョージ・ワシントン大学の物理学者ニール・ジョンソンも、Qアノンの問題は「そこで活動している諸個人のレベルを越えているし、SNSの運営会社が対応できる問題でもない」と言い、解決には「新しい科学」が必要だと指摘している。 ネットワークの地図づくり ジョンソンとトランメルは、Qアノンの勢力圏を地図化して把握し、その生態を解明しようとする新しい科学の最前線にいる。アメリカ民主主義の諸制度を脅かす偽情報の爆発的拡散を食い止める方法の研究。それを「情報疫学」と呼ぶ。 その名のとおり、情報疫学は感染症の予防法を研究する疫学から派生した新しい分野。ウイルスや細菌が人体の生きる仕組みを利用して増殖するのと同じで、偽情報も民主主義の諸制度を利用して拡散していく。その実態を解明し、拡散を防ぐ方法を見つけるのが情報疫学だ。 現時点で、Qアノンのネットワークの規模は分かっていない。なにしろ元祖「ノード」のディアスだけでもツイッターとYouTubeに35万以上のフォロワーとサブスクライバーを持ち、毎月何千万もの新たな「エッジ」を生み出している。今年の下院選の立候補者の中にも、Qアノンのノードが70人もいるという。 実態解明の手掛かりとして、彼らのネットワークの「見える化」に取り組んでいるのはフリーランスの研究者エリン・ギャラガー。彼女はQアノンの草創期から自前のツールを用いて彼らの活動を追跡し、その骨格をつかもうとしてきた。「戦場の地図もなしでは戦いにならない」と思うからだ。 どのソーシャルメディアのアカウントが偽情報を発信し、それがどのように伝わっていくか。それを示すネットワーク地図ができれば、そこに関与しているノードとエッジが一目で分かるはずだ。 ギャラガーはその地図を作る際に、公開された投稿やツイートを自動的にスキャンして偽情報を監視するソフト(非公開・会員限定の書き込みは除外)を使っている。見た目は無数の輝く点と線で構成された抽象画のようだが、これで偽情報の生成・拡散を可視化できる。 それで分かってきたことの1つは、Qアノンが優れて「分散型」のネットワークであり、メンバー間で次々に新しい考えや会話が生まれている事実だ。つまり、特定の人物が「ボット」と呼ばれるソフトを用いて偽情報を大量に複製・拡散しているわけではない。 また小児性愛と人身売買の話だけでなく、新型コロナウイルスに関連してワクチンの接種に反対する議論や、その感染拡大そのものを一部の特権階級による陰謀と決め付ける議論も大々的に流布されている。「こうした思い込みをする人には、権威を信用しないという共通点がある」と、ギャラガーは言う。どうやら、Qアノンは「アンチ権威」派のたまり場になっているらしい。 ===== Qアノンは暴力の温床にもなっている VICTOR J. BLUE-BLOOMBERG/GETTY IMAGES そんなQアノンと戦うツールとしては、例えば「ホウクシー(でっち上げ)」と呼ばれる特殊な検索エンジンがある。これを使えば、もっともらしいけれど発信源の怪しい偽情報を検出し、その拡散ルートを追跡できる。また自分のツイッターフィードから疑わしいコメントを削除することも可能だ。 これで「新しい偽情報の生成をリアルタイムで検知できる」と、インディアナ大学のコンピューター学者フィリッポ・メンツァーは言う。彼は同大学のソーシャルメディア研究所を率い、Qアノンなどの陰謀論グループを監視し、得られたデータを誰とでも共有できるソフトやアプリケーションを開発している。 メンツァーによれば、Qアノンで人気の書き込みにはたいていホットな話題(人権派のデモの暴力化、マスク着用の義務化など)が含まれ、いくらかの真実も織り込まれている。それを入り口にして人々を引き付け、誰もが腹を立てそうな、しかも自分たちの世界観に即した話をでっち上げる。それがQアノン流だ。 アカウントの削除には限界 この8月、Qアノンのネットワークでは「行方不明になっていた児童39人が1台のトレーラーで発見された」というジョージア州の「事件」が猛烈に拡散された。そして「やはりピザゲートの話は本当だった」「トランプによる人身売買撲滅作戦が始まったぞ」などの書き込みがネットワークを駆け巡った(実際には警察の2週間にわたる集中捜査で行方不明の児童合計39人が見つかっただけで、個々の事案に関連はなく、発見場所もでっち上げだった)。 単純に考えれば、偽情報発信源のノードを徹底的にたたけば、その拡散は簡単に止まるはずだ。しかしメンツァーによると、これが実際には極めて難しい。 フェイスブックはQアノン関連のグループやページの削除に踏み切ったが、個人アカウントの削除には腰が重い。削除対象が個人になると、表現の自由の問題が出てくるからだ。「この書き込みには虚偽が含まれています」といった警告も効かない。そんな警告自体が大きな陰謀の一部と解釈されてしまうからだ。 異なるプラットフォームのノードとノードをつなぐエッジを取り除くほうが効果的かもしれない。例えば、プラットフォーム間の投稿共有をブロックする仕掛けを置くという方法だ。そうすればQアノンの主張が拡散するのに時間がかかり、読んだ人も即座に反応するのではなく、より根拠のある意見に触れ、より冷静に考える時間ができるはずだとメンツァーは考える。 ちなみにフェイスブックは8月に約3000のQアノン関連グループとページのアカウントを凍結したが、ユーザーは別のプラットフォームで簡単に仲間と再会を果たしていた。 リツイートの回数や「いいね」の数などを隠す手もある。メンツァーによると、「こういう数字が大きいと、それだけで信用できそうに思えてしまい、何も考えずにシェアしたくなる」ものだ。 ===== とはいえ、ひとたびQアノンの主張にはまった人は主流派の情報源を見ようともしないのが現実。「Qアノンのような集団はSNSを利用して、陰謀論に弱い人たちの出会いの場を増やしている」と、メンツァーは言う。「どんな主張も、みんなでシェアすれば本物に見えてくる」 ファクトに勝ち目はない ランド研究所政策大学院のジェニファー・キャバナー教授(政治学)に言わせると、Qアノンの持つ「引力」の本質は、Qアノンを信じることで得られるメリットにある。 そのメリットの1つは、幸福感や満足感を与える脳内化学物質のドーパミンだ。自分が信じたい嘘を真実だと肯定する情報に触れると、脳内で大量のドーパミンが放出されることは科学的に知られている。またQアノンは複雑な世界を単純化して見せ、コミュニティーへの帰属意識を提供する。「陰謀論が世界を理解する物差しになる。同じ話を信じていれば、それだけで仲間に受け入れられた気分になれる」と、キャバナーは指摘する。 こうしたメリットを増幅させるため、Qアノンは感情(特に怒りの感情)に訴える陰謀論をばらまく。子供の人身売買や小児性愛、悪魔崇拝や「闇の政府」の存在など。そうした恐ろしい話は、ひとたびそれを信じた人の心を大きく揺さぶる。 しかも、陰謀論を信じればメリット(幸福感や快楽)がある。そうであれば、こちらがいくらファクトを振りかざしても勝ち目はない。ファクトは帰属意識や強い感情に対抗できない。 ならば、陰謀論よりも感情的にメリットの多いストーリー(ただし真実に基づき、人を憎悪や暴力ではなく生産的で穏やかな行動に導くようなストーリー)を用意できないだろうか。研究は進んでいるが、まだ先は長いとキャバナーは言う。そもそもQアノン信者から見れば、科学者は「権威」の側の人。だから彼らのメッセージには、まず拒否反応を示す。その場合は、彼らが信頼しそうな人(地元の警官や聖職者など)を動かして、しかるべきメッセージを発信してもらう必要がある。 コネティカット大学の心理学者シェリー・パゴトは、そんなメッセージ戦略に取り組んでいる。研究対象は健康関係の偽情報をうのみにするグループだが、その一部は新型コロナウイルスの存在を信じず、ワクチンにも否定的だから、Qアノンの信者と重なる。 例えば、十代の娘が日焼けサロンに行くことを許している母親たちを対象とした実験がある(アメリカの一部の州では、未成年者が日焼けサロンに行く場合は保護者の許可を必要としている)。 母親たちに皮膚癌のリスクをいくら説明しても、ほとんど効果は見られなかった。そこでパゴトは、あえて回り道をした。フェイスブックに十代の娘を持つ母親のグループを立ち上げ、悩み事を相談できる場にしたのだ。彼女に言わせれば「聞きたくもない情報を押し付けるのではなく、生活に直結するコミュニティーをつくった」のである。 ===== 一方で研究チームは、SNS上でどんな投稿が人をポジティブにするかを調べた。こうして得た知見に基づいて、このグループに日焼けサロンの話題を振り、明るい雰囲気を保ちつつ、ときおり健康上のリスクを訴えた。すると、一部の母親は娘のサロン通いを禁じたという。 Qアノンにも同じアプローチが有効だと、パゴトは考える。「信条の在り方を理解すれば、適切なメッセージをより効果的に届けることができる」。Qアノンの信者と率直に話ができる人材を起用して、陰謀論に疑問を抱くよう、それとなく働き掛けてもらう手もある。 スーパースプレッダーの脅威 陸軍将校のトランメルは、Qアノンと感染症の類似性に着目する。スタンフォード大学では疫学者の数理モデルを借り、ある集団内で感染症の広がる速度が、環境の違いでどう変化するかを計算した。 トランメルによれば、Qアノンにもネット上で広い人脈を持ち、大勢の信者を取り込めるスーパースプレッダー(大量拡散者)がいる。SNSでは相手と物理的に接触しなくても情報を拡散できるから、実際のウイルスの場合よりもスーパースプレッダーの脅威は大きい。 だからトランメルはSNSの運営会社に対し、Qアノンでも特に活発なグループを「隔離」するよう提案している。隔離すれば、グループ内の交流は続いても、外部の人に感染させることはできなくなる。 既に感染した人を治療するのは難しいから、まずは感染を未然に防ぐ措置に注力する。これは疫学の基本。偽情報の場合も同じだ。トランメルによれば、大事なのはまだQアノンに染まっていない人たちに働き掛け、彼らが陰謀論に感染しないよう、Qアノン信者との接触を断つことだ。偽情報の兆候をつかんだら、SNSのプラットフォームが広く警告を発するのもいい。ワクチンの接種と似たような発想だ。 しかし新型コロナウイルス用のワクチンの場合と同様、偽情報に対するワクチンにも予期せぬ副作用が付き物だ。例えば、偽情報に対する予防的警告を何度も見せられた人は、それを無視しがちになる。そうした警告自体が偽情報ではないかと疑ってしまうからだ。 またSNSの主要プラットフォームだけを狙った対策も効果は期待できない。ジョージ・ワシントン大学の物理学者ジョンソンの専門は複雑系の研究で、今までは超電導や脳波のパターンといった難解な現象を相手にしてきた。しかし最近はQアノンなどの過激なメッセージの拡散に関心を寄せていて、その隠れたパターンの解明に多元的宇宙や移送転換といった物理学的概念を応用しようと試みている。 「彼らのコミュニティーは複雑で制御し難い」とジョンソンは言う。その複雑さの一因が、Qアノンやテロ組織が使う数々のプラットフォームだ。彼らは一部の人しかアクセスしない匿名掲示板から、誰もが使えるツイッターやインスタグラム、フェイスブックまでの多彩なプラットフォームを状況に応じて使い分ける。それがジョンソンの言う「Qアノン信者の多元的宇宙」を生み出し、個々のプラットフォーム上のコミュニティーでは独自のフォロワーや行動パターンが生み出されていく。 ===== 対策に消極的なザッカーバーグCEOへの抗議行動 LEAH MILLIS-REUTERS さらに面倒なことに、時間の経過に伴って個々のコミュニティーは変化するし、それぞれのメンバーが単独で、または集団で別のプラットフォームに移動することもある。「車が渋滞を避けて走るように、新たな規制を迂回するためにプラットフォームを渡り歩くフォロワーがいる」と、ジョンソンは言う。 だから、どこか1カ所で彼らを抑え込んでも意味がない。活動が分散化されているため、個々のメンバーを特定するのは「鍋に湯を沸かしたとき最初に泡になって気化する分子を見つける」ような作業になる。 そうした泡の一つ一つは無力だが、集まると鍋のふたを吹き飛ばすほどの力になる。しかし、鍋の中の水温が沸点に近づき、鍋肌や鍋底に小さな泡が現れた段階で泡をつぶせば沸騰を防ぐことができる。それと同じで、Qアノンも大勢のフォロワーが集まって「沸騰」する前に、まだ小さな泡のうちに見つければ効果的につぶせるかもしれない。その具体的な方法を探るのが、今のジョンソンの研究テーマだ。 Qアノンのメンバー集団は、特定の問題について互いに共通する考え方を重視する一方、宗教であれ政治であれ、意見が合わない可能性のある話題は無視する傾向がある。そこが「仲間割れ」を誘うチャンスかもしれない、と彼は考える。「意見の対立が生じる可能性のある問題に注意を向けさせることができれば、彼らを分裂させ、集団の強みをそぐことができるかもしれない」 追い付かない理解と法整備 いずれにせよ、まだネット上の偽情報拡散を止める特効薬は見つかっていない。その原因の一端は、まだ全容解明に必要なデータを全て検証できていないことにある。SNSのプラットフォーム企業は、概してデータの開示に消極的だ。「実に不満だ」と、メンツァーは言う。「巨大なジグソーパズルを解かねばならないのに、こちらはまだ、そのピースの全てを見てもいない」 データの開示に最も消極的なのはフェイスブック。だが遅まきながら開示に応じるプラットフォームもある。例えばグーグル傘下のツイッターは、トラフィックの解析に必要なデータを科学者たちが入手できるようなツールを準備している。 それでも偽情報を退治するのは難しいだろう。なにしろ相手は(ウイルス同様)常に変化している。「科学者が事態を把握し、政治家が対策を法制化する前に相手は変化してしまう」とメンツァー。「だから現時点での知見は(将来の対策に)たいして役立たない」 コロナ禍と、それにまつわる偽情報対策の経験から、情報疫学者が学べる教訓も多くはない。「コロナ禍で人々がファクト(を見分けること)の大切さに気付くのを期待していたが」と、キャバナーは言う。「残念ながら陰謀論はひどくなるばかりで、まだ底が見えない」 そうであれば、情報疫学も本家の疫学と同様、もっと現実的な目標を設定したほうがいい。「感染症は根絶できない」と陸軍将校のトランメルは言う。「疫学者はそれを承知で、感染を制御(共存)可能なレベルに抑える方策を探っている」 偽情報もなくならないが、せめてその拡散を制御したい。そうすれば世界はずっと安全になる。 <2020年11月10日号掲載>