<社会主義からコロナ対策まで──世界の興味を引くスウェーデンの「高信頼社会」。政府と国民が現実よりもあるべき姿に邁進するあまり抜け落ちたものとは> 今年9月末、スウェーデン国防軍の上級士官が全くでたらめの経歴をでっち上げて何年も勤務していたことが明らかになった。スウェーデンの首都ストックホルムの日刊紙ダーゲンス・ニュヘテルによれば、その人物(名前は未公表)はイギリス軍のヘリのパイロット。1991年の湾岸戦争で撃墜されたが生還し、イギリス海軍では准将だったと主張していたが、実は電気系統担当の技術者だったという。 「深刻な問題だ」とスウェーデン軍の人事責任者は同紙に語った。「恐ろしいことだ。国防軍が嘘つきから身を守るのは難しい」。だが本当に異例なのは、経歴詐称の発覚が今年これで2例目ということだ。1月にはかなり上級の参謀将校の経歴詐称が発覚。実際にはない資格をあるように見せ掛け、事実確認も行われていなかったという。 「国防軍が嘘つきから身を守るのは難しい」とは、軍人の言葉として尋常ではないだろう。嘘以上に危険な兵器を使う敵から国を守るのが彼らの務めだというのに。それでもこの言葉は、スウェーデン社会の強みと弱みについて、そして外国人を引き付ける途方もない魅力について、深遠な何かを明らかにする。 スウェーデンという国はスウェーデン人が思うほど魅力的ではないかもしれないが、中小国でこれほど模範国家とも反面教師とも見なされる例は、ほかになかなか思い付かない。福祉国家のモデルだった頃は、欧米で機能している社会主義にここまで近い国は欧米ではほかにないだろうと、左派も右派も考えた。移民・難民の受け入れに西欧で最も積極的だった頃は、大量移民賛成派からも反対派からも重視された。売春は違法ではないが買春は違法という政策も、いい例としても悪い例としても引き合いに出されてきた。 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の中では、ロックダウン(都市封鎖)せずに成功した例とされる一方、高齢者施設での感染拡大を許して初期の死者数が周辺国をはるかに上回る結果を招いた失敗例としても挙げられた。 こんなふうに世界の興味を引くのは、この国の大きな強みであり弱み──すなわちスウェーデンが政府や互いへの国民の信頼度が非常に高い「高信頼社会」であることによっている。スウェーデンの人々は自分がどう振る舞うべきかを心得ていて、他人にも同じ振る舞いを期待する。自分が正しいと信じることを口にし、誰もがそれを信じると期待する。だからこそ大部分がうまくいくのだが、同時に、経歴をでっち上げて軍に潜り込むような恥知らずに対しては無防備にもなる。 ===== 高信頼社会は常にそうした裏切りに弱い。平時には同調主義のおかげで無難に過ごせる。人々はルールを守る義務を感じる。スウェーデン人も他の北欧諸国の人々同様、すべきこととすべきでないことを強く意識する。皮肉にも、この社会の不文律に対する同調性と社会・国家への順応性によって、パンデミックの中でスウェーデンは紆余曲折の末に自由意思論者(リバタリアン)にもてはやされるようになった。 良くも悪くも「モデル国家」 スウェーデンがモデル国家になったのはほとんど偶然だった。1930年代、スウェーデンは北欧一の工業先進国で、ドイツ文化圏に属していたが、第1次大戦で中立国だったおかげで敗戦による社会的打撃を免れた。そのためスウェーデンの社会民主主義は、ドイツの社会民主主義のようにナチズムと共産主義の板挟みになってつぶれずに済んだ。当時、英米の左派思想家にとって、スウェーデンは未来へ続く黄金の道、共産主義と野放図な資本主義との「中道」を示しているように思えた。 スウェーデンの政治家たちは喜々として同調した。彼らは自分たちのプロパガンダを自ら信じた。そのプロパガンダは、社会民主主義の数十年間、スウェーデンばかりか欧米じゅうで自明の理となった。スウェーデンは人類の進化の頂点、開かれたヨーロッパの最も輝かしいモデル、豊かで平和で民主主義でアウトサイダーに寛大な国、というものだ。 しかし同時に、至る所の保守派にとっては恐ろしい警告にもなった。当のスウェーデンの保守派も含めてだ。筆者が「文化的マルクス主義」という言葉を初めて聞いたのは1980年代前半。ストックホルムの右翼の弁護士が自国政府を評してそう言ったものだ。しかし、彼のような考えは当時は全く相手にされなかった。非難すらされなかった。あまりに極端で当時の世論の許容範囲を超えていたのだ。 だが、この弁護士の例から分かるように、コンセンサスのように見えるものは実際には同調主義だ。 そこで重要なのは、誰もがあるイデオロギーに賛同し、それを信じなければならないと感じること。どんなイデオロギーかは、さして重要ではない。1980年代に社会民主主義が機能しなくなったと見て取ると、誰もが(社会民主主義者でさえ)市場メカニズムの信奉者に宗旨替えした。 ===== スウェーデンのコロナ対策を立案した疫学者のテグネル CLAUDIO BRESCIANI-TT NEWS AGENCY-REUTERS この変化に外部の世界が気付くまでに何十年もかかった。スウェーデンを「より良い未来への海図」と見なす外国人は、この国の現実にはあまり関心を持たなかった。しかし、パンデミックは変化のプロセスを一気に加速させた。 それをはっきりと示したのが、ボリス・ジョンソン英首相がスウェーデンの疫学者アンデシュ・テグネルに新型コロナ対策を相談したというニュースだ。これでこの国のイメージが一変した。マスク着用義務化やロックダウンを拒否するスウェーデンは今、リバタリアンを熱狂させている。 現実よりあるべき姿が大事 こうした措置がスウェーデン国内で猛烈に批判されていることは、国外ではあまり報道されていない。4月には2000人以上のさまざまな分野の科学者(関連分野の権威や現役の研究者を含む)が、この戦略を酷評する公開書簡に署名している。 言うまでもなく、国内外のリバタリアンの熱狂は、この国ではパンデミックの初期段階で非常に多くの死者を出し、輸出依存型経済に多大な損害を与えた事実を無視している。そして実際にテグネルの主張をよく調べると、抽象的な自由より長引く経済不振による健康への影響をはるかに心配していることが分かる。 この手放しの熱狂は、スウェーデン崇拝の外国人やいいかげんな報道の責任とばかりは言えない。スウェーデンの政治家も、事態は計画どおりに進んでいるという見方を強調する。彼らもまた、自国の現実より「海図」をはるかに信頼している。 スウェーデンが極めて寛容な移民政策を取っていた数十年間を見れば明らかだ。この政策は全ての主要政党から支持されていた。反対したのはスウェーデン民主党のみ。同党は1980年代に貼られたファシストのレッテルを長いこと払拭できずにいた右派民族主義政党だ。 2010年までには、豊かで快適な都市部を除くスウェーデンの地方は移民を歓迎していないことが明らかになった。地方の有権者に話を聞くと、多くが移民には問題があると答えた。移民はスウェーデン流のライフスタイルに関するコンセンサスに従わず、スウェーデン人としてどう振る舞うべきかを理解しているとは思えない、と。 筆者は2010年の総選挙前に、当時のニャムコ・サブニ統合融和・男女平等相(ブルンジ出身)に、世論調査の予測どおりスウェーデン民主党が議会で議席を獲得したらどうする計画なのかを尋ねた。彼女は、そんなことは考えられないと答えただけだった。あり得ない話なので、それに備えた計画もなかったのだ。 結局、スウェーデン民主党は初の議席獲得に必要な得票率を50%近く上回る5.7%の支持を集めた。他の全ての政党は彼らを完全に無視したが、4年後の総選挙では得票率12.9%を記録した。 ===== 筆者は2014年の総選挙後、敗北を受けて首相を辞任した穏健党のフレデリック・ラインフェルト党首に、右派の票を失ったことを悔やんでいるかと尋ねた。彼はリベラルとして移動の自由を信じてきたので、今さらその考えを放棄する気はなかったと答えた。 グローバル化のプラス面を歓迎する開放的な反差別主義者──そんなスウェーデン人の自画像は、結局のところこの国の社会的同調性を反映した虚像だったようだ。 一方、スウェーデン民主党は、自国をイスラム法が武力で維持される進入禁止区域が無数にある地獄のような国だと主張した。彼らもまた、自分たちのプロパガンダを信じ、多数の右派外国人の共感を得た。 おそらく振り子は再び揺れるはずだ。10年後の左派は、全てがシンプルで、あるべき姿を体現する国としてスウェーデンを称賛するだろう。 はっきりしていることが1つあるとすれば、この国は筆者が愛するスウェーデン──風変わりで時に愉快で、うぬぼれの強い僻地として記憶されることはないだろう。この国は人々のリアルな生活の場としてではなく、未来への指針となる海図としてのイメージが強過ぎる。残された問題は、左右両派がこの海図にどんな未来への航海を書き込むかだ。 From Foreign Policy Magazine <2020年11月10日号掲載>