<腹いせや自分の足跡を残すために残る任期を「活用」する大統領は過去にもいた。果たしてトランプの選択肢は?> アメリカ大統領選挙の投票日からさかのぼること半月ほど前。ドナルド・トランプ大統領が出した大統領令に首都ワシントンの官僚たちは目をむいた。140年ほどの歴史のあるアメリカの公務員制度をひっくり返しかねないものだったからだ。 これは新たな職務分類を導入することで、政府機関で働く法律の専門家や科学者をはじめとする、意志決定に関わるポジションの職員の解雇を容易にするというもの。無能にも関わらず現行の規則に守られている職員を排除するのが眼目だというのがホワイトハウスの言い分だ。だが、トランプにとって忠誠心が足りないとか自分の邪魔をしようとしている(と見なした)職員を追い出すさらなる手段になるとの批判は政権の内外から出ている。 ジョー・バイデン陣営からすれば、これは目の前に迫った脅威だ。1月20日の大統領就任式までの2カ月あまりの間に、トランプが政権移行の足をどれほど引っ張ることができるかを示すものだと見られているからだ。 アメリカの歴史を振り返っても、再選されなかった大統領が、自分の足跡を残すため、または自分を倒した次期大統領の足を引っ張ったり、味方に報い敵に報復するために残り任期を「活用」した例は珍しくない。だがトランプは普通の大統領が取るべき行動の枠を超えた(破壊したとも言う)人物であり、ワシントン政界ではとんでもない規模の混乱を引き起こすのではとの懸念の声が聞かれる。 戦争ですら止めるすべはない 冒頭の大統領令は「宣戦布告」に等しいと、バイデン陣営の政権移行チームの関係者は言う。「地獄のような政権移行にしてやれというわけだ」 政権移行をどうやって混乱させようというのだろう。米海軍大学のレベッカ・リスナー教授は言う。「レームダックとなったトランプが次期大統領の足を思い切り引っ張るために取りうる行動はいろいろ考えられる。要するに後でひっくり返すのが非常に難しかったり大変だったりする政策決定を行うわけだ。NATOからの脱退や、イラン問題や中国問題での強引な行動といった可能性もある。戦争を始めようとしても止められない」 専門家に言わせれば、最も差し迫った問題は、トランプが政権移行への協力を拒んだり、各省庁のトップの新政権への協力を禁じたりする可能性だ。「トランプが皆に向かって『連中への協力は最低限にしよう。わざと遅らせるんだ』と言っているのが目に浮かぶ」と、アメリカン・エンタープライズ研究所のノーマン・オーンスティーンは言う。 政権移行は4000ものポストが入れ替わる大事業で、新たなスタッフはできるだけ早く仕事に慣れなければならないから、これは大問題だ。「会社や大学ならば、ある日いきなり幹部が丸ごと入れ替えになって新しいメンバーを迎え入れるような事態は起きないだろう。だがそれをやらなければならないのだ」と、前回の政権移行に労働次官として関わり、ブッシュ政権からオバマ政権への政権移行に関する著書もあるクリストファー・ルーは言う。「敵はその機を狙っている」 ===== トランプが統治の仕事から手を引いてまったく関与しようとしなくなるとか、腹いせから議会のあらゆる決定に拒否権を行使するといった可能性もある。12月11日以降の連邦政府の予算は決まっておらず、トランプの対応次第ではコロナ禍のまっただ中で政府閉鎖という恐ろしい事態もありうると、フェアフィールド大学のゲール・アルバーダ教授(政治学)は言う。 政権が変わってもすぐに取り消せないような決定を行う可能性もある。大統領令や人事、新たな規制の導入など可能性はさまざまで、バイデン陣営はトランプ側の動きを注視している。 「新たに政権に就く側は、政権を去る側が最後に何をするか目を光らせようとするものだ。だがルールもあって、(過去には)政権を去る大統領のやり過ぎを防いできた」と、前述のバイデン陣営の政権移行チーム関係者は言う。「トランプなら、ありとあらゆる大混乱の種を命じてもおかしくない」 移民政策の改善を求める人々の間でも懸念が高まっている。トランプは移民問題での強硬姿勢で支持を集めてきた人物であり、「できるだけたくさんの人を排除する」ために広汎な取り締まり強化を命じる可能性があるというのだ。 悪事の証拠が消される? 「いったん身柄を拘束されてしまうと、釈放させるのは非常に難しい。たとえ当局の側にきちんとした(拘束の)根拠がなかった場合でもだ。バイデン政権が発足してもその影響は一部で残るだろう」と、全米法律家ギルドで移民問題の責任者を務めるシリヌ・シェバヤは言う。 駆け込みで新たな規制や規制緩和が行われる可能性もある。内務省はすでに、アラスカの自然保護区での石油掘削や森林伐採を認める決定を下している。「1月までにトンガス国立森林公園での伐採に向けた動きが加速することは大いにあり得る。そうなればもう後戻りはできない」と、グリーンピースの専門家ティム・ドナビーは言う。 トランプ政権高官が「不祥事に関わる文書や証拠を損壊」する懸念もあると、オーンスティーンは言う。高官らのたちの悪さから言って、可能性はいくらもある。「理論的には書類の損壊を防ぐための法制度は確かに存在する。だがいったん損壊されてしまえばもう取り返しが付かない」 オーンスティーンは、バイデン陣営は強く警戒すべきだと指摘する。「危険をしっかり見すえてこの問題に取り組まなければ、職務怠慢のそしりを免れない」