<「救世主」と仰ぐトランプが大統領でなくなれば、Qアノンも自然消滅すると思ったら大間違いだと専門家は言う。陰謀論は、共和党支持者の心に深く巣食っているからだ> 根拠なき陰謀論を唱える集団「QAnon(Qアノン)」の支持者たちは長年、ドナルド・トランプ米大統領が自分たちの主張の正しさを証明し、「サタン崇拝の小児性愛者たち」を成敗する日を待ち望んできた。 彼らは、トランプはいずれ来る「最後の審判」へ向けて「ディープステート(アメリカを動かす影の政府)」や(民主党の大物政治家やハリウッドセレブのような)児童性愛者たちを相手に戦っている」と主張する。そして「ザ・ストーム(嵐)」の襲来とともにトランプは世界を救い、悪人たちは報いを受けるという。 だがトランプが大統領選で民主党のジョー・バイデンに敗れた今、彼がこの「ザ・ストーム」を実行し悪魔を崇拝する小児性愛者たちに制裁を加える時間はあと2カ月しか残されてない。 それでもQアノンが主張する過激な陰謀論は、4年前の大統領選の際、ワシントン郊外のピザ店でヒラリー・クリントンが児童買春を行っているという情報が真っ赤なウソと暴かれても揺るがなかった(通称「ピザゲート事件」)。それが今更、トランプの任期終了と共に消えることはなさそうだ。 2017年にインターネット上の掲示板から始まったQアノン運動はその後、各種ソーシャルメディアを通じて拡散され、今や共和党のイデオロギーの一翼を担う存在となっている。彼らの主張は今後、バイデン政権に抵抗する運動に利用されることになるだろうと専門家たちは考えている。 事実に基づかない故の強さ 名誉毀損防止連盟過激主義センターの調査員ベガス・テノルドは、Qアノンの陰謀論がトランプを容易に「超えていく」だろうと指摘する。なぜなら、Qアノンは必要に応じて主張を変えることも厭わないからだ。トランプが大統領選に勝てば、彼と「ディープステート」の戦いがあと4年続くと主張し、バイデンが勝てば、それもまた「(ディープステートの)計画の一部だった」と主張する。「矛盾が多過ぎて、何が起ころうと関係なくなっている」 「Qアノンにとってトランプは拠り所だが、たとえトランプに否定されても、彼らは何か別にしがみつけるものを見つけるだろう」 Qアノンの主な主張は、匿名のネット掲示板「4chan」に「Q」という謎の人物が投稿した暗号のようなメッセージやコードが元になっている。自分は米政府の機密情報にアクセスする権限を持っているという「Q」の主張を人々は受け入れ、その主張を信じた。 だが「Q」は、投稿の中で一度も「サタン崇拝の小児性愛者である著名人」と言ったことはない。これはQアノンの支持者たちが独自に解釈した内容を、あちこちに拡散したものだ。 テノルドは、Qアノンはかくも適応能力が高いため、「最高司令官」のトランプがいなくなっても存在し続けることは可能だと指摘する。 ===== 「Qが2017年に行った最初の主張は、『あすヒラリー・クリントンが逮捕される』というものだった」とテノルドは本誌に語った。「これ以降、Qアノンはさまざまな予言や予想を行ったものの、どれも実現しなかった。それでもQアノンの勢いはまったく衰えていない」 Qアノンはほかにも幾つかの陰謀論を強く主張している。たとえば家具販売サイトのウェイフェアが、高額商品に見せかけて児童の人身売買を行っているとか、ジョン・F・ケネディ・ジュニアは今も生きていて、トランプに代わって選挙活動を行うだろうなどというのもある。 「現実世界がどうであろうと、Qアノンにあまり影響はないようだ」とテノルドはさらに述べた。 Qアノンは支持者たちの緩い集合体で、それぞれが独自の解釈を持っているため、大統領選の結果がQアノンにとって何を意味するかについて、彼らの間にひとつのまとまった合意はない。 トランプ自身が「勝利宣言」をしたことで、当然ながら多くのQアノン支持者は今も、選挙に勝ったのはトランプだと主張している。もっともなかには、トランプの敗北がなんらかの「計画」の一部なのかどうか確信が持てず、自分たちはずっと騙されていたのだと失望している者もいる。 汚染されたアメリカ人の意識 そして多くのQアノン支持者が、「Q」はなぜ大統領選以降、一度も投稿を行っていないのか、大統領選当日の11月3日こそが自分たちの運動の未来を左右する重要な日のはずなのに、なぜ新しい情報を提供しないのかと、苛立ちや混乱を募らせている。「Q」は11月8日にバイデンの勝利が宣言された後も沈黙を守っており、一部の支持者は怒りを表している。 「Q」の投稿は現在(最初の4chanも次の8chanも閉鎖されため)掲示板の「8kun」に投稿されているが、最後の投稿はエイブラハム・リンカーン元大統領のゲティスバーグ演説からの引用を記し、1992年公開の映画『ラスト・オブ・モヒカン』のミュージック・ビデオへのリンクを貼ったもの。最後は「我々は共に勝利する」というお得意のフレーズで締めくくられている。「Q」が沈黙したのは今回が初めてではなく、これまでにも何日も、あるいは何週間も新たな投稿がないことはあった。 また大統領選と同じ日、8kunの管理人であるロン・ワトキンスが、同サイトの管理人を退くと発表。これを受けて、大統領選とワトキンスの引退にはつながりがあるのではないか、という憶測も浮上している。 トランプの退任後、誰がQアノンの「救世主」の役割を受け継ぐのか、それともQアノンがもうトランプを信じなくなるのかは分からない。だがトランプの敗北とともにQアノンの陰謀論もすぐに消えてなくなるだろうという考えは甘いかもしれない。Qアノンはこの3年間で、人々が思うよりはるかに深くアメリカ人の意識に入り込んだからだ。 ===== 「Qアノンがトランプと共にいなくなるとは思わない」と、ライト・ウィング・ウォッチ(市民の社会参加を促す団体「People For American Way」が展開する右派監視プロジェクト)の編集者アデル・M・スタンは本誌に語った。スタンは調査会社ユーガブによる最近の調査を引き合いに出し、「共和党支持者の半数は、小児性愛者の秘密結社があるというQアノンの陰謀論を信じ、これから誕生するのは、小児性愛者が大勢いる違法な政府だと信じている」と言う。「政府に対する信頼を回復するには、長い時間がかかるだろう」 Qアノンの陰謀論の根底にある信念もまた、生き延びるだろう。Qアノンがこの数カ月、ネット上や世界各地での集会で訴えているのが、「セーブ・ザ・チルドレン(子どもたちを救え)」という新たなスローガンだ。Qアノンの提唱する「サタン崇拝の人喰い小児性愛者たち」という過激な主張を知らない人々が、子どもを救おうというこの一見罪のないスローガンに引き寄せられる可能性はある。 そのうえQアノンは今や、怪しげな匿名掲示板上の存在から米議会に進出した。2人のQアノン支持者が連邦下院選で当選したのだ<関連記事参照>。 暴力やテロにも発展しかねない スタンは、Qアノンの台頭とトランプがもたらした風潮は、将来の共和党の姿を形作ることになるかもしれないと言う。 「彼らは共和党内で力を築きつつある」と、スタンは言う。「1970年代後半から1980年代に宗教右派が使った手だ」 「共和党は常に、何かの勢力に支配されてきた。Qアノンもそういう存在になる」 Qアノンの陰謀論が政治の主流になっていけば、暴力やテロに発展するかもしれないとスタンは言う。 「Qアノンは、民主党とハリウッドの幹部すべてを殺せと呼び掛けている。彼らはみんな小児性愛者で子どもを密売している、というのがQアノンの主張だからだ。民主党とハリウッドの幹部というだけでみな、悪魔なのだ」 トランプは、デマがまかり通る地獄のような光景を生み出した。それに暴力的な集団が心酔し、アメリカは混沌のなかに残された、とスタンは言う。唯一の希望は、十分多くのアメリカ人が「いい加減にしろ」と立ち上がるまでバイデンがデマに抵抗してくれることだが。