<麻薬犯罪に対して超法規的殺人など強硬な対策をとるドゥテルテ。その政治手法を批判するメディア関係者に身の危険が──> フィリピンのルソン島パンガシナン州で10日、地元ラジオ局でコメンテーターを務めるジャーナリストが正体不明の男性らによる銃撃を受けて死亡する事件が起きた。 フィリピンではドゥテルテ政権に批判的な記者やジャーナリストが襲撃されたり、殺害されたりする事件や不当逮捕、訴追さらにテレビ局が免許失効に追い込まれるなどマスコミへの逆風が強まっている。 フィリピンの主要メディアが報じたところによると10日午前6時半過ぎ、ルソン島中部イロコス地方パンガシナン州ビリャシスにある自宅をバージリオ・マガネス氏(62)が出たところ、バイクに乗った正体不明の男性2人組から突然銃撃を受けた。 マガネス氏は頭部と体に複数の銃弾を受けほぼ即死状態だったという。2人組はそのままバイクで逃走し、これまで犯人の正体も動機も明らかになっていないと伝えている。 数年前にも襲われていた マガネス氏は地元コミュニティーラジオ局「dwPR」のコメンテーターを務めるとともに週刊誌「ノーザン・ウォッチ」に約11年にわたりコラムを書き続けているベテランのジャーナリストだった。 事件の捜査にあたる地元警察やフィリピン記者組合などによるとマガネス氏は2016年11月8日にもトライシクル(バイクタクシー)に乗って仕事に向かう途中、ダグパン市で正体不明の2人組が乗ったバイクから銃撃を受けて負傷していた。 この時マガネス氏はとっさの機転で死んだふりをして助かったが、襲撃犯は現在まで逮捕されておらず、襲撃された理由もはっきりしなかったという。 ただ現場には犯人が残したメモらしきものがあり、そこには「麻薬売人の真似をするな」と書かれていた。このため麻薬絡みの襲撃ともみられたが、マガネス氏は麻薬とは無関係であり、警察は「捜査を攪乱するものに過ぎない」との見方を示していたという。 反ドゥテルテの論陣が原因か マガネス氏が所属しているフィリピン記者組合はドゥテルテ大統領の麻薬対策、南シナ海問題、コロナウイルス感染防止策、そしてマスコミへの統制などに厳しい論調の記者が主にメンバーとして所属、活動していることから、マガネス氏の日頃の論評活動が事件に関連しているとの見方が強まっている。 ===== フィリピンは表向きは「報道の自由」「表現の自由」が認められた民主主義国家ではあるが、ドゥテルテ大統領が就任した2016年以来、マスコミやジャーナリストへの治安当局の介入、政府による検閲、統制などが実質強化されている。 そして2016年以降、銃撃などで殺害されたマスコミ関係者は今回のマガネス氏で19人目となる。1986年のマルコス独裁政権崩壊までさかのぼると殺害された記者やジャーナリストは実に190人に上っている、とフィリピン記者組合は明らかにしている。 事実、マガネス氏以外にも、5月には東ネグロス州ドゥマゲテ市で地元ラジオ局レポーターが射殺され、9月14日にはルソン島南部ソルソゴン州カビドアンでオンラインニュースのコメンテーターがバイク走行中に襲撃されて死亡していた。 ドゥマゲテ市では4月と2019年12月にもラジオ局関係者が相次いで殺害される事件が起きている。 こうした殺害事件の多くが「正体不明の襲撃犯」による「マスコミ関係者への銃撃」で、「犯行動機の不明」に加えて「犯人の逮捕に至っていない」というのが共通した特徴となっている。 政府も事態重視、というが 今回のマガネス氏殺害事件について、ドゥテルテ大統領は大統領府に「メディア安全対策タスクフォース」を設置。関係者は「真相を明らかにするための捜査を警察と共に行い、必ずや犯人を見つけだして厳正に処罰する」として地元警察にマグネス氏の家族、知人、職場仲間などからの事情聴取を鋭意進めるよう指示したことを明らかにしている。 しかしこれまでもこうした「公式声明」は事件のたびに出されているが、実際に犯人が逮捕されて法の裁きを受けた事例は少ないのが実状だ。 こうした一方で、ドゥテルテ政権は大統領批判の報道を続ける独立系オンラインニュース「ラップラー」のマリア・レッサCEOへの不当逮捕や訴追を繰り返し、また民間テレビ局「ABS-CBN」の放送免許更新を拒否(現在はケーブル放送及びウェブニュースで活動)。政権批判を続けるメディアに強権的姿勢を続けており、フィリピンの「報道の自由」や「表現の自由」は風前の灯となっているといえるだろう。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など ===== 謎の男らに射殺されたジャーナリスト バージリオ・マガネス氏の殺害事件について伝える現地メディア GMA News / YouTube