<アジアのみならず世界の覇権を目指す中国にとって、アメリカの衰退を加速させる「破壊王」はむしろ好都合。本誌「米大統領選2020 アメリカの一番長い日」特集より> 米国家情報長官室は今年8月、中国が「ドナルド・トランプ大統領の再選を望んでいない」という公式見解を発表した。 確かに中国の指導者は、トランプの最近の攻撃性から一時避難したいと思っているかもしれない。しかし一方で、トランプがアメリカの力を弱め、その衰退を加速させているとも考えている。より重要なのは後者の見立てで、中国政府はアジアのみならず世界でも、米政府に挑戦する姿勢を強めている。 中国の指導者は常に、アメリカの力を検証し、評価し直してきた。冷戦の終結以降、中国の基本戦略として「多極性」「国際的な勢力均衡」などの概念が語られてきたが、これらは米中の相対的なパワーバランスを示す婉曲表現でもある。アメリカの力に対する中国の認識が変われば、基本的に中国の戦略も変わる。 過去30年に2回、こうした戦略の転換が起きている。1回目は天安門事件の後。ソビエト連邦の崩壊により、中国は冷戦下で擬似同盟関係にあったアメリカを、強力でイデオロギー上の脅威になる敵国と見なすようになった。これに応じて鄧小平や江沢民(チアン・ツォーミン)らは、「韜光養晦(才能を隠して、内に力を蓄える)」を掲げた。 この戦略転換の狙いは、地域におけるアメリカの影響力をひそかに鈍らせることだった。非対称的な軍事力を駆使して、より強大な軍事力を阻止する。通商協定を締結して、経済的な強制力を抑制する。地域機関に参加して、アメリカ主導のルール設定と同盟構築を阻止する、というわけだ。 2回目の戦略転換は、その20年後に始まった。中国は、2008年の世界金融危機でアメリカが弱体化したと確信。胡錦濤(フー・チンタオ)は鄧時代の戦略を修正し、「積極的に何かを成し遂げる」ことを強調するようになった。 その狙いは、地域秩序の構築だった。中国は地域に介入するための戦力投射能力(国外に軍隊を派遣、展開する能力)を公然と追求しつつ、一帯一路構想と経済外交を通じて他国に影響力を及ぼし、国際機関を構築して地域のルールを定めた。 そして今、3回目の戦略転換が進んでいる。始まりは4年前。イギリスの国民投票でEU離脱が支持され、トランプが米大統領に選ばれた年だ。 世界でもとりわけ強力な民主主義国家が、自ら構築に貢献した国際秩序から離脱していくことに、中国政府は衝撃を受けた。ただ、国家主義の復活を後押しして中国の再生を促進するという意味で「トランプ政権とブレグジットは素晴らしいパフォーマンスを披露」したと、中国共産党中央党校の陳積敏(チェン・チーミン)はみる。 「100年に1度の大変化」 その後程なく、アメリカの力について中国共産党が好んで使う婉曲表現は、トランプ時代がアメリカの相対的な衰退に寄与するだけでなく、衰退を加速させているという見方を物語るようになった。 ===== 加えて、2017年1月にトランプが大統領に就任する直前に、中国の国家戦略の指針となる新しいフレーズが登場した。すなわち、世界は「100年に1度の大きな変化」を経験している──清代の屈辱を覆して、習近平(シー・チンピン)国家主席の時代に中国の地位が上昇すると主張し始めたのだ。 この包括的な言葉は、習の主要な演説や公式文書で、さらには中国の戦略家や学者によって、幾度となく誇らしげに使われている。外交政策の演説に関する党幹部向けの公式文書には、次のようにある。 「欧米の政権は(世界を)支配しているように見えるが、世界情勢に介入する意欲と能力は低下している。アメリカは、世界の安全保障と公共財の提供者であることをもはや望んでおらず、代わりに一方的で国家主義的でさえある対外政策を追求している」 習は2018年に対外政策の会合で次のように述べた。「中国は近代以降、最高の発展期にあり、世界は100年に1度の大きな変化の段階を迎え、これら2つの流れは同時に組み合わされ、相互に影響し合っている」 この時期、中国の著名な外交政策の専門家はさらに大胆な発言をしていた。「100年に1度の大きな変化」の「大きな変化」とは、中国とアメリカのパワーバランスの変化だと論じていたのだ。 南京大学国際関係研究院の朱鋒(チュー・フォン)院長は、欧米諸国はポピュリズムに屈し「西が衰退して東が台頭する」時代になったと宣言。清華大学の外交政策専門家、閻学通(イェン・シュエトン)は「トランプが米主導の同盟システムを破壊した」おかげで「冷戦終結以降、中国にとって最高の戦略的な好機」が訪れたと論じた。「世界秩序は単一の超大国と複数の大国から、2つの超大国と複数の大国という形に変わりつつある」と豪語したのは中国人民大学国際関係学院の金燦栄(チン・ツァンロン)副院長だ。 このように中国のアメリカに対する評価は新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)が起きる前から変化していた。そしてこのときもまた、こうした変化が中国に戦略の転換を促した。トランプの大統領就任後の1年間に習は一連の重要な演説で「韜光養晦」の時代は過去のものとなり、今や中国は「世界の舞台の中心」に進もうとしていると宣言した。 この3回目の戦略転換は野心的な「膨張」戦略と呼んでいい。自国の影響が及ぶ範囲をアジアにとどめず、アメリカが打ち立てた世界秩序を根底から揺さぶる戦略だ。 トランプの大統領就任後、習は繰り返し「グローバルな統治システムの改革を率いる」意欲を見せつけ、世界が直面する危機に「中国の解決策」を提供すると誓った。 習政権はまた、戦略転換の一環として中国軍を世界中に拠点を持つグローバルな軍隊に育てる計画を推進。国際金融の米ドル支配を揺さぶるデジタル通貨の発行を準備し、国際機関で発言力を高め、第4次産業革命では欧米勢と互角の勝負をすると気を吐いている。これらは全て凋落するアメリカに代わって世界のリーダーとなるための計画だ。 ===== (左から)毛沢東、鄧小平、江沢民、胡錦濤、習近平と歴代の指導者は時流を読み、外交政策をその都度変化させてきた THOMAS PETER-REUTERS だが「100年に1度の大きな変化」にはリスクが付きまとう。 習はアメリカの凋落を確信しているが、その一方で沈みゆくアメリカが必死に中国を抑え込もうとする事態を恐れてもいる。アメリカの「包囲、対決、脅し」を警告する習の演説や中国政府の公式文書にはそうした不安がにじみ出ている。中国のトランプに対する評価にもそれがうかがえる。トランプは長期的には中国にとって望ましい存在だが、短期的にはリスクをもたらす、というのだ。 「中国の望むアメリカ」にノーを 中央党校のある教授が言うように、中国にとってはアメリカが「節度ある態度で自国の没落を受け入れ、有終の美を飾る」ことが望ましい。そうなる保証はないが、中国の多くの専門家は、アメリカには中国の台頭を遅らせることはできても、阻止することはできないとみている。 パンデミックのさなかでのトランプ政権のドタバタ劇を目にして、中国は今まで以上にアメリカの時代は終わったとの確信を深めた。国家安全省のシンクタンク中国現代国際関係研究院の袁鵬(ユアン・ポン)院長は、米政府のお粗末なコロナ対応が「アメリカのソフトおよびハードパワーを損ない、アメリカの影響力は大幅に低下した」と論じている。 結果的に自信を付けた中国は、今まで以上に居丈高に「アジアの盟主」を気取るようになった。香港に対する抑圧的な政策が批判を浴びようが、けんか腰の「戦狼外交」が悪評を買おうが、意に介さないありさまだ。 だがそれは「根拠のない自信」かもしれない。今の中国は難題山積だ。急激な人口減少に対処し、経済成長が鈍化する「中所得国の罠」を回避しなければならない。強気外交のツケも無視できない。そうしたなかで根拠のない自信が意図的につくられている面もある。メディアは無批判に党の方針を伝えるし、専門家の解説もそれに沿ったもので客観的な分析というよりプロパガンダに近い。 それでも根拠の有無はともかく、過剰な自信が膨張戦略を生み出したのは事実だ。今や習政権は危険を承知で大胆な賭けに出ようとしている。 中国のトランプに対する見方は複雑だが、その背後にあるロジックを見ると、アメリカの次期政権が取るべき対応はそう複雑ではない。中国にとって好都合なのは、内向きで分断された沈みゆく超大国アメリカだ。だとすれば次期政権が真っ先に取り組むべきは、そうではないアメリカの姿を見せつけることだろう。 From Foreign Policy Magazine <2020年11月17日号「米大統領選2020 アメリカの一番長い日」特集より>