<次期大統領の最優先課題は経済の立て直しだが、そのためにどんな行動を起こすべきか──9人の著名エコノミストに「大統領に最も助言したいこと」を聞いた。本誌「米大統領選2020 アメリカの一番長い日」特集より> アメリカ人の目下の関心事は経済。10月初旬の世論調査会社ギャラップの調査では、大統領選の投票先を決める重要な要素は「経済」と答えたのは登録有権者の9割近く。テロや新型コロナウイルス、人種問題などを上回った。 全米の失業率は4月の14.7%より下がったが、9月の数字で7.9%と依然高い。失われた雇用は約3000万。深刻な影響を受けているのが中小企業の多い業界だ。口コミ情報サイトのイエルプの調査では、今年コロナの感染拡大で休業した飲食店3万2109軒のうち、1万9590軒(61%)は閉店した。 低迷する経済の立て直しに次期大統領は何をすべきか。著名な経済専門家9人に「経済について大統領に最も助言したいこと」を聞いた。 ◇ ◇ ◇ ためらわずに3兆ドルの景気刺激を ■マーク・ザンディ(ムーディーズ・アナリティックス主任エコノミスト) 2008年秋にアメリカから始まった世界金融危機の教訓を忘れるな。そう力説するのは格付け会社ムーディーズのマーク・ザンディ。あのときは流動性の枯渇で市場が金欠に陥ったのに連邦政府が金を出し惜しみ、結果として必要以上に景気の下落・停滞が長引いて、それだけダメージも大きかった。「おかげで完全雇用(失業率4%以下)まで戻すのに10年もかかった」と、ザンディは言う。「もう同じ過ちを繰り返すわけにはいかない」 だから次期大統領は、取りあえず財政赤字も債務残高も忘れて市場に公的資金を投入し、思い切った景気刺激をやるべきだ。そう信じるザンディが期待するのは、現職ドナルド・トランプの続投ではなく民主党のジョー・バイデンが率いる政権の誕生。公共事業で景気を下支えするのは民主党の伝統だから、老朽化したインフラの更新や学校教育の充実に重点投資するのをためらわないとみる。 具体的な金額は? 本気で景気と完全雇用の早期回復を望むなら、少なくとも3兆ドルの投資が必要だとザンディは言う。議会民主党の当初案(3兆4000億ドル)よりは少ないが、今の共和党案(1兆6000億ドル)や民主党案(2兆2000億ドル)よりずっと多い。 有給の育児休暇を制度化して「 賢く消費する」女性を支援すべき ■サリー・クラウチェク(女性のための投資会社「エレベスト」のCEO) アメリカ女性の4人に1人はコロナ危機のせいで仕事のダウンシフト(働く時間の短縮や、給料は下がっても楽な仕事への転職など)を検討し、または仕事をやめようと考えている──マッキンゼーの最近の報告にはそうある。これが本当なら彼女たちにとって不幸なことだし、国全体の生産性を維持する上でも由々しき事態だ。流れを変えるには有給の育児休暇を制度化し、雇用主に義務付けることが必要だと論じるのはサリー・クラウチェク。ウォール街のベテランで、今は女性向けのオンライン投資会社を経営している。 「今までの私たちは考え違いをして、出産休暇や育児休暇を(会社にとっての)コストと見なしてきたが、本当は投資であり、最初の年から帳尻が合うはずだ」とクラウチェクは言う。 「女性は総人口の半分を占める。この巨大なターゲットにもっとお金を持たせれば、すごいことが起きる。経済は成長し、世の中はもっと平等になる。家計は楽になり、非営利団体も楽になる。女性のほうが自分の富を分け与えるのに積極的だから」とクラウチェクは言い、「アメリカのGDPを大幅に引き上げたいなら、まずは女性に目を向けるべき」だと提言する。 そもそも女性の消費は、一般に男性よりも生産的だ。クラウチェクによれば、「男性は余った金を酒や遊びにつぎ込みたがるけれど、女性は家族の未来のために投資する」からだ。 ===== R&D投資で科学技術大国の復活を目指す ■ジョナサン・グルーバー(マサチューセッツ工科大学教授、経済学) 次期大統領には、第2次大戦後のアメリカを偉大にした歴代大統領を見習ってほしい──そう言うのは、オバマ政権による医療保険制度改革の骨格作りに参加したジョナサン・グルーバーだ。「アメリカ政府は戦後の数十年にわたり、公的なR&D(研究開発)予算をGDPの2%にまで増やし、科学教育に大規模な投資を行った。その成果がさまざまな先端技術であり、世界史上最も偉大な中間層の創出だった」 しかし、その後のR&D関連予算は他の先進諸国を下回ってきた。「結果として経済成長のペースは落ち、今では技術開発でも雇用の創出でも競合諸国に後れを取っている」と、グルーバーは言う。「それでもR&D予算をGDPの0.5%にまで増やし、一方で科学教育の拡充に総力を挙げれば、400万の良質な雇用が生まれ、アメリカは再び世界の技術革新の推進力になれる」 ただし政府の資金は、既にハイテク産業の集積している東西の沿岸部諸州に偏ってはいけない。なぜなら「次なる技術革新のハブとなるに足るスキルや高等教育機関があり、しかるべき生活の質を提供できる場所は国内に100以上もある」からだ。「政府資金の分配に当たっては、そうした場所を競わせるべきだ」と、グルーバーは言う。 失業者にもせめて最低賃金並みの給付を ■ロンダ・ボンシェイシャープ(「女性による科学・平等・人種研究所」創設者、経済学者) わずかな失業給付で生活を維持するのに四苦八苦している世帯や、学校を出ても働き口のない子供を抱えて困っている家庭には何らかの救済措置が必要だ。人権派の活動家ロンダ・ボンシェイシャープはそう訴える。 例えば、わが子が成人に達しても、職がなければ26歳までは扶養家族として扱える制度。一度は就職したけれど失業して家に戻ってきた子や、まだ大学在学中の(あるいは卒業したけれど就職できない)子を26歳までは扶養家族と認め、景気対策で税控除の対象が広がった場合には、その恩恵を受けられるようにするような仕組みだ。 公的な失業給付も手厚くし、最低でも週に290ドル(連邦政府の定める最低賃金で1週間フルに働いた場合の賃金に相当)を給付すべきだと提案している。CNBCの報道によれば、現状では21の州で失業給付金が時給7.25ドル(連邦政府の定める最低賃金)に届いていない。だからボンシェイシャープは現実的な対策として、連邦政府の定める最低賃金にはこだわらず、その人が失業以前に稼いでいた金額と住んでいる州で定められた失業給付金額の中間値に相当する現金を給付するよう提案している。 さらにボンシェイシャープは、新型コロナウイルス対策に関連する費用(密集を避けるためのオフィスの改装費など)の捻出に困る小規模企業への積極的な助成も求めている。 ===== KILITO CHAN-MOMENT/GETTY IMAGES 先のことを考えるよりコロナ対策に全力を挙げる ■オリビア・ミッチェル(ペンシルベニア大学ビジネススクール教授、公共政策学) 経済危機の処方箋より、いま必要なのは公衆衛生上の危機を終わらせる対策だ。そう考えるオリビア・ミッチェルは年金問題の専門家。年金制度の設計には長期的な視点が不可欠だが、次期大統領にはまず「今そこにある危機」に集中してほしい、そして「新型コロナウイルスの感染拡大を今すぐ止める」ことを最優先にしてほしいと、彼女は言う。 具体的には、ウイルス検査と感染経路の追跡を大規模かつ徹底的に行い、自主隔離やマスク着用の推奨を継続し、ワクチンの開発に取り組む科学者に余計な圧力をかけず、一方でワクチンを全ての国民に届けるシステムを確立することだ。 そうすれば「経済活動再開への道が開ける」と、ミッチェルは言う。ただし「その先、来年あたりには追加的な景気刺激策が必要になるだろう」と予測している。 導入すべきは景気の自動安定装置 ■ジャスティン・ウォルファーズ(ミシガン大学教授、公共政策・経済学) 次期大統領が真っ先にやるべきことは、いま経済的に苦しんでいる家庭に少しでも多くの現金を渡すこと。多くのエコノミストと同様、ジャスティン・ウォルファーズもそう考える。ただし別の助言もある。危機に際しては迅速な対応が求められるのに、政治が介入すると、どうしても決断が遅くなる。だから思い切って、必要な決定の一部から人間の介入を排除してはどうかというのだ。 選挙で勝つにはこれが必要だとか、感染したのが大統領自身だから隔離の日数を短縮するとか、この10月にもさまざまな混乱があり、そのたびに別の景気刺激策が現れては消えた。「政治の機能不全のいい例だ。財政出動の必要性は少しも変わっていないのに、政治の都合で政策が変わる」と、ウォルファーズは嘆く。これでは困るから、「経済があるレベルまで悪化したら一定の景気刺激策を発動すると、前もって決めておけばいい」。 つまり、経済の状態に応じて自動的に公的資金の供給を増やし、あるいは税負担を軽くしたりする景気の「自動安定装置」を導入することだ。これがあれば、「人災」による経済的困窮を減らすことができる。 21世紀にふさわしい経済版「権利章典」を ■ウィリアム・ダリティ(デューク大学教授、経済学、政治学) ウィリアム・ダリティが次期大統領に望むのは、今の景気後退で最も打撃を受けており、かつ景気回復過程で置き去りにされがちな低・中所得層の救済だ。 階級制度や人種の違いが富の創出や所得分配に及ぼす影響を考える「階層の経済学」の先駆者であるダリティに言わせれば、いま必要なのは「経済版の権利章典」。なぜなら「新型コロナウイルスの危機が始まる以前にこれができていれば、経済的なダメージを大幅に減らすことができたはずだ」と考えるからだ。 経済版「権利章典」の実現には、さまざまな法律の制定が必要となる。例えば、民間部門で仕事が見つからない人には政府部門でしかるべき雇用を提供し、生活に必要な収入を保証すること。オバマ政権の医療保険改革を一歩進め、高齢者だけでなく国民の全てが安心して病院に行けるシステムの確立も欠かせない。 そして既存の民間銀行には相手にされず、高利の悪質な貸金業者に頼らざるを得ない低所得層に手を差し伸べるため、良心的な公営の融資制度を創設する必要もあると、ダリティは考えている。 ===== JUNG GETTY-MOMENT/GETTY IMAGES 学生ローンの債務を一部帳消しにする ■フェナバ・アド(エコノミスト、ウィスコンシン大学マディソン校准教授) アメリカでは約4400万人が学生ローンを借りており、その負債総額は1兆6000億ドルを超えている。だからウィスコンシン大学のフェナバ・アドは、次期大統領には彼らの救済に本腰を入れてほしいと考える。調べてみると、借入額は少ないのに返済に窮している人が少なからずいる。例えば学位を取得できずに退学し、結果として満足な仕事に就けない人たちだ。 「家族を困らせるわけにはいかないから、みんな借金の返済よりも日々の暮らしに必要な出費を優先せざるを得ない」と、アドは言う。コロナ禍を受けて、連邦政府は学生ローンの返済猶予を今年末まで認めている。返済不能な状況にある債務者には返済プランの見直しに応じるという金融機関もあるが、いずれも一時的な対策にすぎず、問題の抜本的な解決にはつながらない。 だから、とアドは考える。次期大統領には一歩踏み込んで、少なくとも債務の一部を帳消しにする措置を講じてほしい。法的なハードルが高いのなら、かつて民主党の一部議員が提案したように、超法規的な措置として学生1人当たり最大5万ドルの債務を免除する大統領令を出してほしい。それも無理なら、とアドは言う。「せめて新型コロナウイルスに有効なワクチンが広く使えるようになるまで、学生ローンの返済猶予を延長し、家計を支えるための現金給付を続けるべきだ」 最優先事項は雇用の創出インフラ補修をためらうな ■ベス・アン・ボビノ(スタンダード&プアーズ米国担当主任エコノミスト) 今春のピーク時に比べれば、失業率はだいぶ下がってきた。しかしベス・アン・ボビノに言わせると、まだ不十分。昨年の水準には程遠く、このまま雇用の改善が続くとも思えない。「不況の底へまっしぐらではないが、今も失業率は高止まりしていて、景気の回復力も弱い。30〜35%の確率で再び景気後退に陥る可能性がある」とボビノは言う。「次期大統領は、この厳しい現実を見据えて対策を打ち出さなくてはならない」 最優先事項は雇用の創出であり、そのための公的支出をためらわないことだと、ボビノは考える。その場合、雇用創出効果が最も高いのは公共事業であり、国内の老朽化した橋やトンネル、幹線道路、空港などの修理・建て替えを思い切って進めるべきだと訴える。 インフラ関連の事業に「2兆1000億ドルを投資すれば、2024年には230万以上の雇用が生まれる」と、ボビノは言う。1人当たりの年収は2400ドル増え、今後10年間でGDPには5兆7000億ドルが加わる。景気後退による損失額の10倍だ。これは浪費ではない。この国と、そこで働く人々への手堅い投資だ」 <2020年11月17日号「米大統領選2020 アメリカの一番長い日」特集より>