<新大統領就任を確実にしたバイデンは、オカシオコルテスなど身内の動きにも留保する必要がある。閣僚名簿はどうなるか。現実路線・調整型の前副大統領は内政・外交・経済でどんな一手を繰り出すのか> (本誌「バイデンのアメリカ」特集より・後編) ※前編:バイデン選挙公約実現のカギは、同い年の共和党重鎮ミッチ・マコネル より続く そう、バイデン政権は身内の動きにも留意する必要がある。厄介なのは民主党内の左派勢力だ。今回の選挙が終わった翌日にも、中道派の元上院議員クレア・マカスキルと左派の新星アレクサンドリア・オカシオコルテス(通称AOC)下院議員が火花を散らす「事件」があった。 現在のマカスキルはMSNBCのコメンテーターを務めており、今回の選挙で民主党が下院で議席を減らし、上院でも過半数に届かなかったのは銃規制の強化や人工妊娠中絶の権利擁護、LGBTの権利拡大といった進歩的主張にこだわり過ぎたせいだと論評した。 するとAOCが、すぐさまツイートで反論した。「選挙に負けた人たちが、まるで選挙のプロみたいに説教してる。私たち、そんなの聞きませんから」 バイデン政権の閣僚名簿は 多くのリベラル派の活動家は、自分たちが望む法案を成立させるにも限界があるという現実を理解している。しかしバイデンが新大統領として閣僚などを指名する際には進歩派の人材を何人か選んでほしいと願っている。そして共和党を説得して、上院での承認を獲得してほしいと。 なにしろ閣僚には大きな権限があり、議会を飛び越してさまざまな規制を導入できるからだ。 まず、ひと波乱起きそうなのは財務長官選びだ。進歩派はマサチューセッツ州選出のエリザベス・ウォーレン上院議員を推している。しかしバイデンの側近たちは、ウォーレンが閣僚に転出して上院に空席ができる事態を懸念している。その場合、空席を埋める補欠議員の指名権限は州知事で共和党のチャーリー・ベーカーにあるからだ。 だが同州議会の民主党は、そうしたケースを見据えて布石を打っている。補欠議員を辞任した議員と同じ党から選ぶことを知事に義務付け、160日以内の特別選挙も求める法案だ。提出されれば、この法案は直ちに可決される。 そうなれば、バイデンとしては、不本意ながらも自分を応援してくれた進歩派に対する感謝の印にウォーレンを要職に就けなければならないだろう。恩返しを拒めば、左派の反発を招くのは必至だ。 ウォーレン以外に思い浮かぶ進歩派の有力者と言えば、ステイシー・エイブラムス(司法長官候補)、アトランタ市長のキーシャ・ランス・ボトムズ(住宅都市開発長官候補)らだ。 しかし、おそらく指名されるのは穏健派だろう。ミネソタ州のエイミー・クロブチャー上院議員は司法長官に、インディアナ州サウスベンド前市長のピート・ブティジェッジは国連大使に名が挙がっており、ヒューレット・パッカードの元CEOでカリフォルニア州知事選に共和党から出馬して敗退したメグ・ホイットマンが商務長官に指名される可能性もある。 ===== 閣僚候補とささやかれるステイシー・エイブラムス SHANNON STAPLETON-REUTERS こうした人事をめぐる論争で「バイデンの力量が試される」と言うのは、ノースカロライナ大学の政治学者で政権移行のプロセスに助言する超党派のプロジェクトを主宰するテリー・サリバンだ。 「バイデンが妥協しようとするため、左派勢力はやきもきするだろう。妥協はバイデンの持ち味だ。バイデンが政策を実現するには妥協するしかない」 環境・移民政策も転換へ 大統領が政策を通すには別の方法もある。大統領令だ。近年の大統領全員がそうしてきたように、バイデンは大統領就任後、最初の数日間に大統領令を連発するだろう。トランプの出した大統領令を取り消すための大統領令も必要となる。 その中には、環境問題に関するさまざまな政策が含まれる。新規の石油・ガス掘削事業にメタンガスの排出規制を課す、連邦政府の調達制度に関してはクリーンエネルギーの使用と排ガスゼロ車の購入を優先させる、北極圏国立野生生物保護区をはじめとする連邦政府の所有地を新規の石油・ガス探査の対象から除外する、上場企業に対して工場などでの温室効果ガス排出データの公表を義務付ける、などだ。 新型コロナウイルス対策では、バイデン陣営はWHO(世界保健機関)への復帰、全ての連邦施設でのマスク着用の義務化、国防生産法を発動して医療従事者向けの個人用防護具の量産を要請するなどの大統領令が予想される。 さらに、イスラム諸国からの入国を禁じて物議を醸したトランプの「ムスリム禁止令」を撤廃し、抑圧や迫害から逃れてきた外国人の難民認定申請に関する政府の手続きを迅速化して拡大する大統領令の草案作りも進められていると、政権移行チームの関係者らは明かした。 トランプは大統領に就任して最初の1カ月で難民受け入れ人数の上限を5万人までに設定し、今年に入ってからは近年で最低レベルの1万8000人に制限している。 さらに政権移行チームは、テロを実行する恐れがある人物の搭乗禁止・監視リストに関するシステムを見直して、こうしたリストの作成をより透明化する大統領令について検討し、確認方法の簡便化に取り組んでいくとみられている。 また幼少時に親に連れられて不法入国した「ドリーマー」と呼ばれる人々を以前のように強制送還しない方針に戻す取り組みも行われるはずだ。 バイデンのチームはまた、ウォーレンが1月にオンライン誌「ミディアム」への寄稿で行った提案を検証している。大統領は議会に諮らずとも学生ローンの大部分を帳消しにできるという提案だ。 教育長官に学生への融資権限を与えているのと同じ法律で、その返済義務を帳消しにすることも軽減することもできると、民主党左派は論じている。学生ローンの返済に苦しむ若者たちの救済は経済の再建に直結すると考えるからだ。 ===== バイデン勝利に喜びの声を上げたドイツのメルケル首相 TOBIAS SCHWARZ-REUTERS 共和党は反発するだろう。彼らはバラク・オバマ前大統領の多くの大統領令にも抵抗した。だが民主党は、トランプはオバマよりもさらに大統領令の限界を押し広げたと指摘する。実際、トランプの大統領令には合法性が怪しいものもある。 だがバイデンは、その一部を今後も維持するかもしれない。その1つが、保険会社に対して、既往症のある人が加入する権利の保護を求めた9月の大統領令だ。 連邦最高裁(保守派の判事が過半数を占める)が、11月10日から開始した審理で国民皆保険オバマケアを違憲と判断した場合、バイデンがトランプのこの大統領令を持ち出す可能性はある。「トランプの大統領令を使って主張を展開すれば、共和党としては反対しにくくなる」と、ある政権移行チーム関係者は言う。 「この国が直面する大きな難題に対処するために必要なら、バイデンはあらゆる大統領権限を利用するだろう」と民主党重鎮のダシュルは言う。「彼は法にのっとり、議会と連携して仕事を進めることを好むが、必要に迫られれば独断でも動くかもしれない」 またバイデンは、副大統領として世界各地を回ってきただけでなく、上院外交委員会の委員長を務めた経験もある。外交分野での豊富な経験と、世界の多くの指導者との個人的なつながりは、大統領としての大きな強みになるだろう。 実際、バイデン勝利が報道されるとすぐに、トランプからの頻繁な非難に神経を擦り減らせてきた同盟諸国は喜びの声を上げた。 同盟国の信頼を回復する ドイツのアンゲラ・メルケル首相は「大西洋を越えたわれわれの友情は極めて重要だ」とツイート。NATOのイエンス・ストルテンベルグ事務総長も「バイデンはNATOを強く支持しており、彼と緊密に協力するのが楽しみだ」と投稿した。 政権移行チームの関係者は、公式声明や一部対外支援の復活、トランプ時代の移民規制の撤回を通して、本気で国際社会との関係修復に乗り出す意思を示したい考えだ。 しかしジョージ・W・ブッシュとオバマ、2人の大統領の顧問を務めた経験を持つエリッサ・スロトキンは、バイデンが大統領になっただけでは、トランプ時代の傷を癒やすことはできないと指摘する。 「選挙結果がトランプ主義の明確な否定を意味するわけではない。バイデンが各国政府に対して『アメリカは4年間脱線していたが戻ってきた』と言うだけでは不十分だ」と、現在はミシガン州選出の民主党下院議員であるスロトキンは言う。 ===== 「バイデンが今後、気候変動問題で大胆な提案をした場合、各国の指導者にはこう尋ねる権利がある。『あなたにはどれだけの権限があるのか。アメリカの振り子がまた戻ってしまうことがないと、どうやって私たちを納得させられるのか』と」 それは簡単なことではない。だがリンカーン・プロジェクトのティマーは、トランプ時代の政治的対立に嫌気が差している一部の共和党議員が、特にヨーロッパとの関係修復についてバイデンに協力するだろうと予想している。 「われわれに賛同する多くの人々が外交政策関連の指導者で、何十年もバイデンと共に闘い、彼に協力してきた人々だ」と、彼は言う。 大統領選は接戦を極め、バイデンに票を投じた米史上最多の7800万人超に次いで多い、約7200万人の米国民がトランプ主義を支持した。この事実を受けて、リンカーン・プロジェクトなどの組織は2022年の中間選挙に向け、今後も民主党と非トランプ支持の共和党員を活発に支援していく計画だ。 「最高の議会巧者だったフランクリン・ルーズベルトやリンドン・ジョンソンのような大統領でさえ、最初からの味方は上院でも下院でも3分の1程度で、あとは敵が3分の1、中立が3分の1だった」と言うのは前出の政治学者サリバンだ。 問題は中立の3分の1を味方に引きずり込めるかどうか。それができれば、ねじれ議会でも結果を出せる。だからこそバイデンの豊富な議会経験に期待したいとサリバンは言う。「今の状況こそバイデンの出番にふさわしい。たぶん誰よりも適役だ」 <2020年11月24日号「バイデンのアメリカ」特集より>