<数々のKポップアイドルが全米本格進出を成し遂げられなかったなかで、なぜBTSはブレイクできたのか? BTSが新アルバム『BE』で描いたものとは? 本誌「BTSが変えた世界」特集より> 2020年、世界が新型コロナウイルスに襲われ、音楽業界は自粛に沈むなか、急成長を遂げたアーティストがBTSだ。 彼らは韓国にいながら『トゥナイト・ショー』や『MTVビデオ・ミュージック・アワーズ』など世界的なテレビ番組や授賞式に出演し、国連の会議でスピーチをし、6月に開催された生配信ライブでは100カ国以上の75万6000人を超える視聴者を動員し、ギネス記録を更新した。 音楽業界全体では、今も配信ライブや授賞式はコロナの状況を踏まえ、無観客である上に演出が地味目なことが多い。世界ツアーをキャンセルせざるを得なかったBTSは、そのピンチをチャンスに変えた。 比較的早くからコロナの抑え込みに成功していた韓国で新曲のMVを撮影したり、オリジナルコンテンツを収録したり、派手で手の込んだ演出によるパフォーマンス映像をアメリカの番組に提供したり――この「音楽を届ける作業」のクオリティの高さを落とさずにファンの期待に応え続けるプロフェッショナリズムこそが、BTSをコロナ禍のアメリカで目立たせるきっかけの1つになった。そしてその映像がSNSで拡散されたことで、さらに爆発的な注目を集めた。 8月にリリースされた新曲「Dynamite」でも米ビルボードシングルチャートの1位を取るなど、その他多数の記録を残している。アイドルでありアーティストである彼らは間違いなく、世界がいま必要としている唯一無二の存在だ。 彼らがなぜ特別であるかを説明するには、「人気」「売れている」というよりも、「愛されている」という言葉を使うほうが適切だろう。スマートフォンで音楽に無限にアクセスできる大量消費時代にBTSが輝ける鍵は、彼らが決して単純な消費で終わらず、代替不可能な存在として「持続的な信頼」を得ていることにある。 洋楽を模倣した浅いラブソングではなく、音楽的なジャンルを超越しながら自分を愛することの大切さ(「LOVE YOURSELF」シリーズ)や生きる上での哲学的な悩み(「MAP OF THE SOUL」シリーズ)など、その時々で伝えたいメッセージを突き付ける。 さまざまな解釈が生まれる「人間的な深み」のある歌詞を、時に社会問題を、時に文学を元にした世界観に乗せて歌う。 タブー視されがちなメンタルヘルスについても言及し、2018年の国連総会でのスピーチに代表されるように「学び続けること」「声を上げ続けること」の大切さを常に説いている。知れば知るほど深まるその知的な魅力。彼らはARMY(BTSファン)と共に自己の探究を行い、お互いを支え合うことで生活に希望や安心感を与える存在なのだ。 ===== 9月末の米番組『トゥナイト・ショー』では韓服姿で、ソウルの景福宮の前でパフォーマンス NBC-NBCU PHOTO BANK/GETTY IMAGES 数々のKポップアイドルが激しい競争をくぐり抜けてもアメリカへの本格進出がかなわなかったなかで、なぜBTSがブレイクできたのか。その快挙を語る際には、彼らが直面してきた数々の試練も決して忘れてはならない。 BTSが大スターになった現在でもアジア人であることを嘲笑した人種差別的な言葉や、アイドルに対する偏見に基づいた不当な評価はなくならない。西洋・英語圏・白人中心の価値観で音楽やカルチャーを評価してきたことへの違和感が、BTSの台頭によってやっと議論され始めていること自体が快挙でもある。 人種や言語の壁が立ちはだかるなかで、BTSはその芸術性やイノベーション性、そして曲のメッセージやチャリティー活動を通じた社会貢献が世界中で高く評価されている。テレビの司会者やアスリート等、大スターを含む人々のリスペクトを獲得し、英語圏出身や白人でなくとも尊敬されることが可能だと証明した。 かつてはアジアのアイドルが見下されていたような音楽業界において、彼らは大きな変化をもたらしたパイオニアだ。 BTSのブレイクの大きな起爆剤は何と言ってもパフォーマンス。見る人を引き付け感動させるカリスマ性は、歌唱力と驚異的にそろった踊りにとどまらない。個性とお互いへの強い信頼を生かした、息をのむようなアクロバットやドラマチックな「演技」なども特徴的だ。 「ボーカルライン(JIN、JIMIN、V、JUNG KOOK)」「ラップライン(RM、SUGA、J-HOPE)」「ダンスライン(J-HOPE、JIMIN、JUNG KOOK)」とそれぞれの強みを生かすようにパートを分け、曲中の役割を最適なメンバーに振り分け、ダンスのフォーメーションも個性が引き立つようになっている。 ダンスに苦手意識があるメンバーがいても、その「人間的な魅力」が最大限発揮される。メンバー自身が楽曲の制作過程に濃密に関わっているからこそ、パフォーマンスが「歌わされているもの」「踊らされているもの」にはなっていない。音楽とストーリーが一体となって表現され、その音楽に対する熱意と誠意が自然と伝わってくる。 BTSの主軸にあるのが「若者を傷つける社会に対して声を上げ、NOを突き付け、自分を愛することの大切さを伝え続ける」というメッセージ。 具体的には、「作られたエンタメ」の限界をはるかに超える、一人の人間として尊敬できるロールモデルであること、チャリティーなどに対する姿勢から分かるようにメンバーだけでなく制作陣の社会的意識の高さが突出していること、そして一つの形にとらわれることなく、常に流動的に変化し、進化を大切にしていることだ。 いま挙げた3つの価値観やスキルからだけでも、日本のエンタメ業界が学べるようなことはたくさんあるのではないだろうか。 ===== 9月末に米番組『トゥナイト・ショー』に出演したとき、彼らは韓服を着て、自分たちの文化を象徴する宮殿の前でパフォーマンスした。歌ったのは、まさに「自分のやりたいことをやる。自分自身を愛している」というメッセージが込められた曲「IDOL」。 マッチョな欧米価値基準では「負け組の弱者」とされていたアジア人男性が、あえてしなやかさや優雅さを際立たせるヒラヒラとした韓服とスーツを融合させたスタイリングで「自分を愛する」ことを韓国語で歌って踊る姿に、筆者は衝撃を受けた。 同時に、このように数々の壁を乗り越え、新たなエンパワメントの形を彼らは築き続けているのだと、強く実感した。 BTSの特徴は「アーティスト」としてメンバー自らがプロデュースや振り付け、演出、コンテンツの制作に関わり、パーソナルな体験やメッセージを作品に詰め込んでいることだ。メンタルヘルスやジェンダー、若者を取り巻く社会問題などにもオープンに言及し、その個性的なスタンスが共感を呼んでいる。 そんな彼らの魅力を凝縮したのが、11月20日発売の新アルバム『BE(Deluxe Edition)』だ。 企画段階から作詞作曲、ジャケットやミュージックビデオまで、アルバムのあらゆる部分にメンバー自身が携わることで、かつてないほど「BTSらしい作品」に仕上がっている。また、アルバムの作業過程を日常的にSNSやYouTubeで公開し、ファンとの新しい形のコミュニケーションを図り続け、「最初から最後まで自分たちの手で作品を作りたい」という彼らの夢を実現させている。 今年2月にリリースされた4枚目のアルバム『MAP OF THE SOUL:7』と「Dynamite」を経て生まれた『BE』は誠実さと親密さにあふれ、リスナーに寄り添いながら繊細でリアルな物語を伝えている。 8曲を通してレトロポップからフューチャーハウス、ゴスペルやヒップホップまで、音楽的なジャンルを自由に行き来し、まるでパンデミックによって私たちの生活や感情が目まぐるしく変化していった様子を表現しているようだ。 さらにブラストラックスやコスモズミッドナイトなど、R&B・ヒップホップ界で注目株のプロデューサーを起用することで、多様で洗練されたサウンドを実現している。 アルバムの中心的なテーマは「Life Goes On(人生は続く)」。コロナ禍によって無気力さに襲われた世界の中で感じた恐怖や不安といった感情を、ありのままに楽曲やMVに落とし込み、同時に歌詞や手触りの美しいボーカルのハーモニーは「絶望」ではなく「希望」に焦点を当てている。未来への期待を抱きながら歩み続けることの大切さを歌い、一貫してリスナーの手を優しく取って未来へと暖かく導く。 ===== どんなことがあっても「それでも人生は続く」というメッセージを込めたリード曲「Life Goes On」は、耳なじみが良くありながらもエレクトロポップやヒップホップを難なく融合させており、シンプルかつエモーショナルなアルバムの幕開けになっている。 さらに日常の中の小さな幸せを見つける大切さをゴスペル調で歌うネオソウル「Fly To My Room」、憂鬱や不安で気分が落ち込み、「ただもう少し幸せになりたいだけなんだ」「大丈夫だなんて言わないで、大丈夫ではないから」と吐露するVが作詞作曲したバラード「Blue & Grey」と、落ち着いた表情の楽曲が続く。 「Skit」では「Dynamite」がビルボードチャート「ホット100」1位になった瞬間の会話が録音されており、「僕は死ぬまで音楽をやろうと思う」と冗談交じりに言うSUGAの音楽に対する姿勢に胸を打たれる。軽快なレトロファンク「Telepathy」には、離れていてもファンとは常に一緒だというメッセージが込められている。 オールドスクールなヒップホップで原点に回帰しながら最先端の爽やかなファンクを融合した「Dis-ease」では、止まることを恐れてしまう心境をJ-HOPEが「職業病」と表現。「Stay」は、大型フェスで楽しみたいような壮大なフューチャーハウスに「つながり」というテーマを載せたもの。そして最後に、人生を祝福するような甘く弾けるサウンドの「Dynamite」へとつながる。 苦しみや葛藤と向き合い、安心や癒やしを取り戻して心身を解放した上で、明るい世界へと導いてくれるのだ。 不安や孤独、喜びや祝福、複雑に入り込む人間的な感情を色鮮やかに描いた今作。どんなことがあっても、ただそこに存在すること、つまり「Be Yourself」、それだけで十分なのだと語りかけてくれる、まさに2020年に最も必要とされていたものが詰まったアルバムになっている。 (筆者はアメリカ在住。音楽レーベルのコンサルティングやアーティストのエージェントのほか、「Z世代とカルチャー」を主に扱うライターとして活動) <2020年12月1日号「BTSが変えた世界」特集より>