<批判が許されない王室への改革を求めるデモ隊に明日は来るか?> 学生や若者を中心とした反政府運動が続き、社会不安が高まっているタイで11月24日、ワチラロンコン国王や王室への批判、誹謗を許さない「不敬罪」の適用方針が明らかになった。 最高で禁固15年というタイの厳しい「不敬罪」は「不敬」の適用範囲が必ずしも明確でなく、時の政権や治安当局による「恣意的運用」が人権侵害や言論統制につながるとして人権団体やメディアなどから批判の声が長年上がっていた。 しかしプラユット政権は過去2年間、この「不敬罪」の適用を事実上控えてきた。プラユット首相は「不敬罪適用を一時中断するというのはワチラロンコン国王の配慮である」として国王自身がそうした判断を政府に伝えていたことを明らかにしている。 ところが24日までに治安当局は反政府の集会やデモを主催してきたとして人権派弁護士のアノン・ナンパ氏や活動家パリト・チラワク氏ら少なくとも6人に出頭を要請。不敬罪での訴追が待ち構えているという。BBCなどが25日に伝えた。 憲法改正を国会否決でデモ激化 今年7月から本格化した反政府運動は①プラユット首相の退任②国会の解散③憲法改正④王室改革などを主要な要求として掲げて実施されてきた。 このうち王室改革を可能にする憲法改正に関しては国会が臨時議会を招集して協議を続けてきたが、18日に保守派の反対で否決されたことを受けてデモが再度激化していた。 さらに若者を中心にしたデモ隊は1年の大半をドイツで過ごしている現在のワチラロンコン国王が王室財産の管理や国王権限などの面で「国民無視」を続けている、として「不敬罪」が適用されている頃には考えられない直接的な「国王批判」「王室批判」を大々的に展開。内外のメディアもそれを「歴史の節目」として報道してきた。 国王もタイ滞在、世論に配慮か こうしたタイ世論に配慮したのか、10月に行事参加のためにドイツからタイに帰国したワチラロンコン国王はその後タイ滞在を続けている。 そればかりか王室支持の国民の前に姿を現して直接言葉を交わしたりするなどの「異例」の交流を続けている様子が、これもメディアで大きく取り上げられる事態になった。 11月1日には支持者たちの中に姿を現して「(デモ隊を含めた)全ての人を同様に愛している。タイは歩み寄りの国だ」とタイのマスコミの問いかけに直接応じるなど異例の対応で事態沈静化を図った。 前国王は国民から絶大な支持と信頼 タイでは国王は「批判を許さない絶対的存在」として国民の間には存在しているが、それは2016年10月に死去したプミポン国王までのことだった。 プミポン国王は若いころからタイ各地を歴訪して、膝を地につけて農民や高齢者へ同じ目線で話しかけるなど、まさに「国民と共にある国王」を体現。広くタイ国民から尊敬と支持、信頼を集めていた。 ===== これに対し現国王でプミポン前国王の長男であるワチラロンコン国王は、結婚と離婚を繰り返し愛人も抱え、愛犬に軍の階級を与えたり、上半身の入れ墨がみえる「タンクトップ」姿で1年の大半をドイツで生活するという「国民とはかけ離れた暮らし」ばかりが強調される存在だ。 こうした国王の姿が反政府デモで学生や若者から「王室改革」が要求の1つとして掲げられる大きな要因となっている。 伝家の宝刀、不敬罪の復活 プラユット首相などは「反政府の運動は理解できる面もあるが、王室には触れるな」とデモや集会に警告を与えていたが、「不敬罪」が実質的に約2年間適用されていなかったことから「国王批判」が急速に高まってきたのだった。 BBCなどは今回の「不敬罪復活」の背景には「ワチラロンコン国王による指示」があるとしているが、確認されていない。 プラユット政権は2年前の「不敬罪適用中止」も今回の「不敬罪適用再開」もいずれもワチラロンコン国王の意志によるとしているが、これもある意味「国王の政治的利用」にすぎないのではないか、との批判も一部ではでている。 いずれにしろタイの反政府運動は政府が「不敬罪」という「伝家の宝刀」を抜いたことで新たな局面に入ったことは確実といえるだろう。 不敬罪をめぐる裁判は基本的に非公開とされ、長期刑という厳しい求刑に直面する。こうした事態にデモや集会の主催者や参加者がどこまで対応し、今後の反政府運動がさらに先鋭化して治安部隊との流血の対決という事態にまで発展するのかが最大の焦点になるだろう。 すでに反政府デモは警察部隊と放水・催涙弾による衝突、さらに王室支持派とも小競り合いを繰り返しており、終着点の見えない運動となっている。 最近は「国王・王室への直接的批判」という危険水域にデモ隊参加者などが入ったことが、プラユット政権による「不敬罪復活」に踏み切った最大の要因とみられている。 それだけに反政府運動側が要求の中から「王室改革」を取り下げるかどうかも注目となる。 王室支持派は「反政府デモ参加者はタイ王室の廃止を主張している」と批判するが、反政府デモ隊の学生や若者、主催者らは「タイ王室の廃止など求めていない。あくまでも国民主体の王室改革を求めているだけである」としており、このあたりの「論点整理」も喫緊の課題となってくるだろう。 間違いのないことは、今回の「不敬罪復活」でタイ情勢は一気に混迷の度を深め、社会全体の緊張度がこれまで以上に高まっているということだろう。ますますタイから目が離せなくなってきた。 [執筆者] 大塚智彦(フリージャーナリスト) 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など ===== それでも改革を求める声は止まず 2年ぶりに王室への不敬罪が適用される状況だが、25日もバンコクでは王室改革などを求める市民たちが集まった。 AFP News Agency / YouTube