<激戦州ジョージアの勝利を民主党にもたらしたのは、ステイシー・エイブラムスの地道な投票促進運動だった> 今年のアメリカ大統領選では誰もが、勝敗を決するのは東部ペンシルベニア州だと踏んでいた。あそこの選挙人(20人)を獲得した側が勝者になると。そして予想にたがわず、同州を制した民主党ジョー・バイデンが次期大統領の座をつかんだ。 だが結局のところ、2020年選挙で最重要だったのは、ほとんどの民主党員が捨てていたジョージア州だった、という評価になるかもしれない。もしもそうなったらバイデン政権与党の民主党は、一人の献身的な黒人女性に感謝すべきだろう。 彼女の名はステイシー・エイブラムス。2年前の同州知事選で共和党候補に挑んだが、及ばなかった。それでも彼女はこの2年間、めげずに自分と同じ黒人の声を届けるためにフル回転し、わずか1万2670票の僅差とはいえ、大統領選におけるジョージア州での勝利を民主党にもたらした。1992年のビル・クリントン以来の快挙だった。 それだけではない。上院選ではまだ2議席が決まっておらず、ジョージア州で1月5日に行われる決選投票で結果が出る。そこでも彼女が裏方として重要な役割を果たしている。 「努力して、力を合わせれば何ができるか。私たちはその答えを知った」と、エイブラムスは大統領選の直後に語っている。「ジョージアでも、やれば勝てる。もう一勝負、みんなでやりましょう」 そう言えるのは、エイブラムスがこの州における重要な変化を熟知しているからだ。ジョージア州はずっと共和党の牙城とされてきたが、実は水面下で民主党へのシフトが起きていた。この州では、2012年の大統領選でバラク・オバマが8ポイント差で敗れている。しかし2016年のヒラリー・クリントンは5ポイント差まで縮めていた。 そして2年前の知事選ではエイブラムス自身が、州務長官で共和党のブライアン・ケンプ相手に1ポイント強の差まで詰めた。だが及ばなかった。ケンプが州務長官の地位を利用して前年に、棄権歴の目立つ民主党支持層らの有権者登録を取り消したせいだと、彼女は考えている。 それで彼女は今回、改めて有権者登録を増やす活動に力を注いだ。そのかいあって、11月3日の投票日までにジョージアでは登録有権者が80万人も増えたと伝えられる。しかも、増えた登録有権者の多くはバイデンに票を投じたとみられている。 この勢いが続けば、1月の上院選決選投票でも共和党現職のケリー・ロフラーを民主党新人で黒人のラファエル・ワーノックが、同じく共和党現職のデービッド・パーデューを民主党新人のジョン・オソフが倒せるかもしれない。 投票の権利を守る運動へ もしも運よく民主党が2勝できれば、上院は50対50で与野党同数となり、次期副大統領カマラ・ハリスの最後の1票で民主党は上院を支配できる。あいにくその可能性は低い。だが、ここまでの接戦に持ち込めたのはエイブラムスの努力と、その政治的直感のおかげと言える。 ===== 上は投票した人に配られたステッカー ELIJAH NOUVELAGE/GETTY IMAGES もともと共和党の強い南部で、しかも人口の多いジョージア州で民主党が勝てる可能性を示したこと。これでエイブラムスの株は上がった。現に今年は最後まで副大統領候補の1人として名が挙がっていた。バイデン政権で要職に起用される可能性もあるし、彼女自身が2年後に再び知事選に出馬する可能性もある。どう転ぶかは分からないが、当面、彼女の動きから目が離せない。 実は彼女、ジョージアの出身ではない。1973年にウィスコンシン州マディソンで生まれ、育ったのはミシシッピ州。優秀な成績でスペルマン大学を卒業したが、その頃に失恋し、悔しくてこの先40年の人生プランを表計算ソフトに書き込んだ。まず24歳までにロマンス小説を書いて売れっ子作家になり、30歳では会社を経営して大金持ち、そして35歳でアトランタ市長......。 それから20年余り、エイブラムスは(ほぼ)自分を偽らずに生きてきた。テキサス大学オースティン校に進んで行政学の、エール大学に転じては法学の修士号を取得した。 エール大学の3年目にはセレナ・モンゴメリーというペンネームでロマンス小説を発表。2009年までに同じ筆名で8作品を書き上げた。2018年には自分の政治家人生をまとめた本がベストセラーになった。来年5月には政治サスペンス小説『正義が寝てる間に』を出す予定だ。 2006年にはジョージア州下院議員に当選し、5期10年を務めた。2018年には州知事選の民主党予備選を勝ち抜き、主要政党では初の黒人女性候補となった。そして善戦し、あと一歩でアメリカ初の黒人女性知事になれるところまで行った。 共和党候補のケンプは現役の州務長官だったから、ジョージア州法の規定を巧みに利用して自分に有利な環境を整えていた。当時の州法では、過去3年間に投票歴のない住民を有権者名簿から除外することが可能だった。地元紙の報道によれば、ケンプは2017年7月、職員に命じて有権者名簿を精査させ、30万人以上の有権者登録を取り消している。 知事選後、エイブラムスは「フェア・ファイト2020」なる団体を立ち上げ、有権者登録の回復を求めて州政府を提訴した。2012年以降の投票歴がなく、あるいは州からの問い合わせに返信しなかったせいで除外された州民12万人以上の権利回復を求める訴訟だ。 そして昨年、彼女は2020年の大統領選で民主党がジョージア州を奪還するための作戦プランを党本部に提出した。その冒頭で、彼女は書いた。「(次の選挙で)ジョージア州に全力を注がなければ、戦略的な間違いを犯すことになる」と。 ===== ジョージアでは2018年の中間選挙後の8カ月で、20万人弱が新たに有権者登録をし、その大半が支持政党に民主党を選んでいた。その事実を指摘した上で、彼女は20年の秋までにさらに30万人(うち20万はアフリカ系)の新規登録が見込まれると予想した。トランプに幻滅した大卒の白人も多いだろうと見込んだ。 敵も認めるリーダーシップ だから今までの数字だけで判断しないでくれ、ジョージアはもっとできる。エイブラムスはそう訴えた。人口の3割を占めるアフリカ系の票をもっと掘り起こす「前例のない資金」を投じてくれと。 州知事選の際、エイブラムス陣営は無党派の票は少ないと計算していた。投票総数400万のうち、せいぜい15万くらいだと。しかし今回は違う。トランプが相手なら、新たに相当な数の無党派層を取り込めると見込んでいた。 知事選での善戦は有権者の開拓に資金を惜しまなかった成果であり、その勢いを維持できれば今度こそ勝てる。2年前には諸般の事情で棄権に回った約8万人を、投票所に連れて行ければ勝てる。エイブラムスはそう主張した。そうすれば「民主党は大統領選に勝ち、上院でも連邦下院の第6、第7選挙区でも勝ち、州議会の過半数も取れる」と。 党本部は彼女に下院選への出馬を勧めたが、エイブラムスは辞退し、有権者登録の促進活動に専念した。「予備選に名乗りを上げた主要候補には直接会って、2つのことを伝えた」と、政治ニュースサイトのポリティコに語っている。「1つ、投票抑圧は現実に起きており、そのせいで民主党は負けた。2つ、ジョージアは激戦州であり、ここを重視しないのは致命的なミスになる。幸い、どちらのメッセージも真摯に受け止めてもらえた」 今回、民主党陣営は投票率の大幅な上昇に助けられた。エイブラムスたちの活動だけでなく、運転免許の取得・更新時に有権者登録もできるようにした州の施策も効いた。 こうしたエイブラムスの活動には敵も一目置いている。「ジョージアのためにあなたがしたことはリーダーシップのかがみだ」と、かつて共和党全国委員会の委員長を務めたマイケル・スティールはツイートした。「あなたは国に手本を示した」 この年末も、エイブラムスに休んでいる暇はない。地元紙によれば、共和党保守派の支援団体は1月5日の上院選決選投票に向けて100万ドルを投じる予定だ。妊娠中絶反対派の組織も400万ドルを出すという。 負けてはいられない。エイブラムスは11月7日に、ツイッターでこう呼び掛けた。「ありがとう、ジョージア。私たちは力を合わせて州の未来をいい方向に変えました。でも、まだ仕事は終わっていません」 <本誌2020年12月8日号掲載>