<従来の平均寿命は必ずしも高齢者の生活の質を反映していないという理由から健康寿命という指標が使われ始めたが、障害のある人の生きにくさを助長する危険性などにも留意すべきだ> *この記事は、ニッセイ基礎研究所レポート(2020年12月8日付)からの転載です。 人口の高齢化が進む中、「健康寿命」を伸ばす必要性が論じられている。健康寿命とは一般的に「医療・介護が必要のない状態」を指しており、平均寿命だけでは、高齢者の生活・健康状態や生活の質(QOL)を把握しにくいため、こうした指標が用いられるようになった。 しかし、健康寿命の延伸政策には様々な批判も付きまとう。本稿では、健康寿命の延伸が注目される背景を探るとともに、そのマイナス面も指摘する。 健康寿命とは何か 健康寿命には様々な定義、計算方法が存在するが、政府が公表している定義では「日常生活に制限のない期間の平均」としており、一般的に「医療・介護が必要のない状態」と言える。 平均寿命と健康寿命の差は図表の通りであり、男性で7~8年、女性で12~14年の差が生まれていることが分かる。 こうした健康寿命が注目されるようになったのは、厚生省(当時)が2000年に決定した「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」で健康寿命の延伸をうたった辺りにさかのぼる。近年では2019年に閣議決定された骨太方針で「人生100年時代」を見据えた対応策として健康寿命の延伸を掲げつつ、その意義として、▽個人のQOLを向上し、将来不安を解消、健康寿命を延ばし、健康に働く人を増やすことで、社会保障の「担い手」を拡大、▽社会保障制度の持続可能性確保──といった点を挙げた。 さらに、毎年6月頃に閣議決定されている過去の骨太方針では、「健康関連分野における多様な潜在需要を顕在化」(2014年)といった文言が入っており、ヘルスケア関連産業の育成という意図も込められていた。 厚生労働省が2019年に定めた「健康寿命延伸プラン」でも、2016 年で男性72.14 年、女性74.79 年とされる健康寿命を2040年までに男女ともに3年以上引き上げる目標を掲げつつ、2025年までの施策について工程表が示された。 健康寿命政策の疑問点 しかし、健康寿命延伸政策には疑問点もある。まず、健康づくりがマクロの医療費抑制に繋がることを実証した研究が少ない点である。例えば、医療の実証研究が蓄積されているアメリカでは、健康の改善だけでなく、費用抑制効果もある医療行為は少ないとされている*1。 第2に、「健康」になることを強調し過ぎるマイナス面である。例えば、健康寿命延伸の目的として、「費用抑制」を前面に掲げると、病気や障害のある人が「費用が掛かる人」と見なされてしまい、生きにくさを感じる危険性である。 ──────────────── *1 津川友介(2020)『世界一わかりやすい「医療政策」の教科書』医学書院。 ===== 第3に、健康づくりを国が強調し過ぎるマイナス面であり、「健康は義務ではない。権利です。健康は義務だという考え方はナチズムと通じる」という批判批判が出ている*2。ここで言う「ナチズム」は少し唐突かつ不穏な印象を受けるが、生まれて欲しい人や長生きして欲しい人を人為的に選別する「優生思想」と言い換えてもいいだろう*3。優生思想は戦間期に国内外で注目された考え方であり、日本を含めて世界各国で当時、障害者の断種政策などが実施された。 優生思想は現在、否定されているが、国民に対する強制力を持つ政府が健康寿命の延伸を言い過ぎると、不健康な人が社会から排除されるリスクを伴う。こうした優生思想的な側面は健康寿命のマイナス面として認識する必要がある。 おわりに 心身ともに「健康」に長生きしたいという願望は自然な感情であり、情報提供や場づくりなどを通じて健康増進に関する国民の選択肢を広げることは意義深い。 ただ、難病患者や重度障害者などが生きにくさを感じるなど、健康づくり政策のマイナス面に配慮する必要がある。 なお、弊社HP「ジェロントロジーを学ぼうコーナー」でも「健康寿命」を幅広く捉え、要介護状態の高齢者が自己決定できる環境づくりなども取り上げている。 ──────────────── *2 2019年1月27日『BuzzFeed News』、日本福祉大学名誉教授の二木立氏インタビュー。 *3 米本昌平ほか編著(2000)『優生学と人間社会』講談社現代新書。 ※「障害」を「障がい」とするケースもあるが、本稿の表記は法令に沿った。 [執筆者] 三原 岳 ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任