<トランプ陣営が起こした訴訟はほとんどが敗訴や棄却に終わっているが、大統領選絡みのものだけではない。保守派判事を大量に指名し、裁判を有利に運ぼうという思惑通りに行っていないのはなぜか> ドナルド・トランプ米大統領は再選にノーを突き付けられたことが気に入らないらしく、大統領選に不正があったと主張して譲らない。トランプ陣営は選挙結果に異議を唱えて次々に訴訟を起こしているが、今のところほとんどが敗訴や棄却に終わっている。 トランプは「最高裁まで戦い続ける」と誓ったが、戦いの行方は厳しい。12月8日には連邦最高裁がペンシルベニア州の開票結果に対するトランプ陣営の異議申し立てを退けた。大統領選関連の一連の訴訟で、最高裁が判断を示したのはこれが初めてだ。 実は選挙絡みの敗訴は、法廷におけるトランプの惨憺たる「戦績」のごく一部にすぎない。つい最近、12月1日にもカリフォルニア州連邦地裁の判事が専門職の外国人労働者の締め出しを狙ったトランプ政権の政策を無効とする判断を下したばかりだ。 今秋にはまた、トランプの指名した、チャド・ウルフ国土安全保障長官代行とウィリアム・ペリー・ペンドリー内務省土地管理局長官が発令した規則が、連邦裁判所の判断で無効となった。この2人の就任手続きには違法性があったという理由からだ。 また動画投稿アプリTikTok(ティックトック)の新規ダウンロード禁止についても、首都ワシントンなどの連邦地裁の判断を受けて、商務省は禁止措置を見送らざるを得なくなった。さらにトランプにレイプされそうになったと主張し嘘つき呼ばわりされたライターが起こした名誉毀損の訴訟。司法省は大統領の職務に支障があるとして介入を試みたが、これについてもニューヨークの連邦地裁が介入を認めない判断を下した。 注目すべきは、選挙関連の訴訟でもそれ以外の訴訟でも、リベラル派の判事がトランプに不利な判断を下したとは限らないことだ。彼らの中には保守派もいれば、民主党員も共和党員もいる。一部はトランプが指名した判事だ。 共和党が多数を占める上院はトランプの越権行為に見て見ぬふりを決め込んできた。メディアがいくら批判しても、民主主義の規範を執拗に壊し続けるトランプの暴走は収まらない。そうしたなかで司法が毅然として暴君にノーを突き付ける「最後のとりで」になっている。 「保守の牙城」のはずが トランプが「大統領の権限を甚だしく越えると、裁判所が容赦なく打ちのめしてきた」と、弁護士のマリサ・マレックは言う。マレックは連邦最高裁判事クラレンス・トーマスの下で働いた経験があり、共和党の法務顧問を務めていたが、2016年のトランプの大統領選勝利を受けて辞任した。 ===== 2016年の大統領選を控え、数十人の保守派の法学者が連名で、トランプの法意識の低さを憂え、大統領にふさわしい候補者ではないとする共同書簡を発表した。マレックもこれに署名した1人だ。 彼らの懸念は的中し、トランプは権限逸脱を繰り返し、裁判所を保守の牙城に変えようとした。12月初めの時点で判事に指名し、議会の承認を勝ち取ったのは229人。1年の平均は約57人となり、前任者のバラク・オバマとジョージ・W・ブッシュ(いずれも平均約41人)を大幅に上回る。トランプより指名数が多いのは、やはり1期だけで退陣したジミー・カーター(年平均65人余り)のみだ。 だが保守派の判事が多数となった連邦最高裁ですら、驚くほど多くの事例でトランプの期待を裏切ってきた。トランプがいわゆる「ドリーマー」(幼少時に親と共に入国した不法移民)に対する救済措置を大統領令で廃止しようとすると、連邦最高裁は5対4でこの命令を違法と判断した。連邦最高裁はまた、国勢調査に市民権についての質問を加えるトランプ案も5対4で葬り去った。政府は「重要な決定を正当化できる」まともな説明ができず、その主張は信頼性に欠けたと、保守派とされるジョン・ロバーツ最高裁首席判事は評決に至った理由を述べている。 2017年にトランプに指名されたニール・ゴーサッチ連邦最高裁判事さえ、常に大統領に従うわけではない。2020年6月に最高裁は、LGBTQ(同性愛者など性的少数者)の従業員も1964年に制定された公民権法の下で雇用差別から守られるとする判決を、賛成6、反対3で下した。ゴーサッチは政権の主張と対立する多数意見を書いた。 その1カ月後には、トランプが刑事訴訟手続きで納税など財務記録の提出を拒否していることについて、大統領であるという理由で免責はされないと判断した。賛成した7人の判事の中には、ゴーサッチと、トランプが指名した2人目の最高裁判事ブレット・キャバノーもいた。 「わが国の政府のシステムでは、この法廷が繰り返し述べてきたように、誰も法の上に立つことはない」と、キャバノーは書いている。「この原則は、もちろん、大統領にも適用される」 「保守的な裁判所をつくろうという試みを見てきて、最高裁がトランプに過度に気配りするのではないかと懸念していた」と、2016 年の共同書簡に署名した弁護士のペジュマン・ユセフザディは言う。 この2カ月、裁判所は立て続けにトランプを否定している。彼の陣営が大統領選の結果を覆そうとする数十件の訴訟を全米の判事が政治的な立場を超えて却下しているのだ。 投票日前日の11月2日、テキサス州ハリス郡で実施されたドライブスルー方式の期日前投票をめぐり、約12万7000票が司法の判断を待っていた。ジョージ・W・ブッシュに任命されたテキサス州連邦地裁のアンドルー・ヘーネン判事は、票の無効化を求める共和党側の訴えを退けた。その前日には判事全員が共和党系である同州最高裁が、同様の判断を示している。 ===== ゴーサッチ(左)やキャバノーら保守派もトランプの言いなりではない JONATHAN ERNST-REUTERS 11月23日には民主党系が多数を占めるペンシルベニア州最高裁が、約8000票を無効にしようとしたトランプ陣営の訴訟を1日に5件、棄却。大統領が政権移行プロセスの開始を許可するきっかけにもなったとみられる。 その2日前にペンシルベニア州の連邦地裁は、同州の郵便投票数百万票分を無効にするよう求めたトランプ陣営の訴訟を棄却した。2012年にオバマに任命された共和党員のマシュー・ブラン判事は、投票に不正が蔓延しているという主張は「価値のない推測による非難に基づく不自然な法的主張」で「証拠による裏付けがない」と述べている。 11月27日、ペンシルベニア州の連邦控訴裁は、選挙結果を確定させないように求めたトランプ陣営の訴訟を却下した。トランプに指名されたステファノス・ビバス判事は、不正の告発には「具体的な申し立てと証拠が必要だが、いずれもない」と指摘した。 看板政策を支持する判決 ただし、大統領選の前には、投票プロセスなどいくつかの重要な問題について、裁判所がトランプに大きな勝利をもたらしている。 例えば連邦最高裁は、ウィスコンシン州について、郵便投票の有効期限延長を認めなかった。アラバマ州とテキサス州についても、不在者投票の手続きの簡素化を認めた下級裁判所の決定を差し止めた。 ほかにもいくつかの裁判で、最高裁はトランプに追い風となる判断を出している。メキシコとの「国境の壁」の建設をめぐり、連邦議会が予算を承認しなかったためにトランプが国防予算を流用することを認めた。トランプの財務記録については、下院の調査委員会への開示は一時差し止めとした。イスラム圏の特定の国からの入国規制措置を支持する判決も下している。 法律の専門家がトランプの就任時に危惧したような憲法の危機は、現実には起きていない。しかし、公職の地位を利用して個人的に利益を得ることを禁じている憲法の「報酬条項」にトランプが違反しているとする複数の訴訟で、裁判所が迅速に動かないことに、カリフォルニア大学バークレー校法科大学院のアーウィン・チェメリンスキー学長は警鐘を鳴らし続ける。 チェメリンスキーは市民団体「ワシントンの責任と倫理のための市民(CREW)」の法律チームの1人として、2017年1月の大統領就任式の3日後にトランプを提訴。現在、連邦最高裁で係争中だ。 トランプの訴えはマレックの予想した以上に退けられており、トランプ本人も意外だったはずだという。トランプは2016 年の大統領選期間中、キリスト教福音派の聴衆に「私の判事なら、どんな判断を下すか分かっている」と語った。 トランプは就任後も同様の発言を繰り返し、オバマが指名した連邦判事を政略的と批判した。2018年には政府の難民政策を却下した連邦地裁判事を「オバマ判事」と揶揄。これに対し、最高裁首席判事のロバーツは次のように反論した。「ここにはオバマ判事もトランプ判事もブッシュ判事もクリントン判事もいない。ここにいるのは法廷に現れた人々に平等な権利を遂行するため最善を尽くしている献身的な判事の非凡な集団だ」 ===== トランプ陣営はペンシルベニア州で大量の票を無効にするよう求めたが JEFF SWENSEN/GETTY IMAGES 大統領選関連の訴訟で、ビバス以外にもトランプの指名した判事がトランプ側の訴えを退けている。11月19日にはジョージア州のスティーブン・グリムバーグ連邦地裁判事(2019年にトランプが指名)が、選挙結果認定停止を求めたトランプ陣営の訴えを「確定済みの選挙結果を覆すことは前例がなく、さまざまな悪影響をもたらすだろう」として退けた。 「そのことは三権分立がいかに強固かを浮き彫りにする」とマレックは言う。 政治的配慮はあり得ない ニューヨーク大学法科大学院のリチャード・エプステイン教授によれば、実際に判事の人選をしたのは司法システム内に保守派の法律家を増やすことを目指すシンクタンク、フェデラリスト協会だ。同協会が推薦する候補者をリストアップしていたという。 リストに掲載された候補者は「先入観にとらわれない知的誠実さを持ち、裁判官としての権力の行使を抑制し、私有財産権を重んじ、三権分立を守るべく全力を尽くす人々だった。彼らが政治的配慮をすると思うのは幻想だ。あり得ない」。 もう1つトランプの思惑が外れたのは、政敵のオバマやヒラリー・クリントン、バイデンの息子が司法省に訴追されていないことだ。これも司法の力によるところが大きいと弁護士のユセフザディは指摘する。「トランプ派が彼らを『投獄しろ』と連呼しても実現しないのは、司法省内に『これはおかしい、話にならない』と言える人々がいて、司法長官でさえ行き過ぎだと認識しているからだ」 皮肉にも、トランプの指名した保守派判事が結局は大統領の権限に歯止めをかけることになるだろう。 過去数十年、議会の膠着状態が続くなか、大統領が大統領令や政府機関が発した規則を政策立案に利用しようとするケースが増えている。2016年の共同書簡に署名したネブラスカ大学のガス・ハーウィッツ准教授(法律学)は、トランプが指名した判事たちが先頭に立って、そんな流れを覆そうとするはずだと考えている。彼ら保守派の判事は合衆国憲法を起草当初どおりに解釈し、三権分立の概念を特に重んじるからだ。 エプステインはトランプをめぐる懸念はどれも大げさだとみる。「ドナルド・トランプが裁判所命令に逆らったことがあっただろうか。答えはノーだ。独裁的で知的とは言い切れない面があるのは確かで、裁判で勝ったこともあれば負けたこともあるが、私の見る限り、口は悪いが実際の振る舞いははるかにましだ」 それでもユセフザディはトランプの下で司法制度がダメージを受けたことへの懸念を拭い切れずにいる。トランプは、自分ではフルに利用するだけの才覚がなかったにしても、未来の独裁者候補に法の抜け穴と弱点を示した。 「将来、たとえ司法省が大統領の意思に完全に屈しても、法廷は最後のとりでであり続けると思いたい」とユセフザディは言う。「だが過去4年間にいかに多くの規範が棚上げされてきたことか。それも、どちらかといえば無能な大統領によってだ。トランプよりはるかに一貫性を持って衝動的でない意思決定をする大統領が現れ、アメリカの司法制度を作り替え、攻撃したらと思うとぞっとする」 <2020年12月22日号掲載>