<送還に消極的なベトナム側に、インドネシア当局も苛立ち隠せず> インドネシアスマトラ島北部、シンガポールに隣接するリアウ諸島州・ビンタン島の州都タンジュンピナンにある不法操業外国人漁民の収容施設にベトナム人漁民約200人が拘留されているが、折からの新型コロナウイルスの感染拡大などで母国への送還が滞り、拘留が長期化していることが分かった。米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」系のネットメディア「ブナ―ル・ニュース」が特報の形で12月15日に伝えた。 拘留中のベトナム人漁民の送還を在ジャカルタのベトナム大使館と交渉しているインドネシア海洋水産省は、拘留漁民の送還費用の負担問題のほか、新型コロナウイルス感染防止の観点から交渉が遅々として進んでいない現状に苛立ちをみせているという。 報道によるとタンジュンピナンの拘留施設には現在225人のベトナム人漁民が収容されているという。このうち船長クラスの26人は海洋関連法違反の容疑者として認定されているものの、残る199人は単なる一般漁民で容疑者としては取り扱われておらず、手続きが完了次第ベトナムへ送還するのは法的には問題なく可能な状態だ。 ネックは費用、経路そしてコロナ感染 ところがベトナム大使館は自国漁民の送還に必要な費用負担に消極的なうえに、コロナ禍によるインドネシアとベトナムを結ぶ直行の航空便が原則として停止されていること、さらに最も懸念している問題として「コロナ感染の危険性」を挙げて手続きや必要書類の発給を渋っている、とインドネシア海洋水産省の担当者はみている。 ベトナムは12月16日の時点で新型コロナウイルスの感染1405人・死者35人と、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国内でも極めて少なく、コロナ感染防止対策がそれなりに効果をあげている、とされている。 一方のインドネシアは同日までに感染者63万6154、死者1万9248人とASEAN域内で最悪を記録し続けている。 こうしたコロナ感染の状況からベトナム当局が自国民とはいえインドネシアから大人数が一度に帰国することがコロナ感染拡大防止という観点から大いに懸念材料と認識していることが返還交渉の遅れに関係している、と海洋水産省ではみている。 タンジュンピナンの拘留施設で帰国を足止めされているベトナム人は短い漁民で3カ月、長い漁民だと3年間も帰国できずにいるという。収容漁民の代表はブナ―ル・ニュースの取材に対して「ベトナム政府に我々の送還手続きの迅速な開始を要請してほしい。誰もが家族との再開を切望している」と話した。 大半のベトナム人漁民は零細漁民で「子供や家族の生活を支える収入が途絶えて生活困難に陥っている」と窮状を訴えている。 ===== 収容施設の待遇も問題、と主張 さらに一部の収容漁民はタンジュンピナンの収容施設の劣悪な環境への不満も漏らしているという。「食事環境がひどく、古い米や生の米を食べざるを得ない状況が続いている。まともな食事は食堂で食べられるが代金を支払う必要があり、そんな現金は誰も所持していない」としている。 しかしこうした不満には海洋水産省の担当者が「そうした訴えは事実に反している。我々は人道的な処遇をしており、収容漁民の健康問題には特に配慮している」と反論。収容施設の待遇には人権上も問題はないとしている。 中国漁船は巧妙化、拿捕大半がベトナム 海洋水産省によると2020年に南シナ海南端などの海域でインドネシアの海洋権益が及ぶ排他的経済水域(EEZ)やインドネシア領海周辺などで不法に操業していてインドネシア当局に拿捕された外国漁船で最も多いのがベトナム漁船だという。 かつては中国漁船やマレーシア漁船、タイ漁船などもひんぱんに不法操業で拿捕され、見せしめとして乗員を陸上に移送した後で違法操業漁船を海上で爆破するというパフォーマンがニュースとなったこともあった。 しかしこうしたインドネシア政府の「強硬策」も担当大臣が交代したこともあり最近はかつてほどは実施されなくなっている。 また中国漁船は準軍事組織とされる武装した海警局船舶と行動を共にするなど巧妙化。結果として零細漁民によるベトナム小型漁船が拿捕されることが増加しているという。 漁民問題を国際社会に発信、送還促進へ 海洋水産省では引き続きベトナム大使館を通じてベトナム政府に非容疑者である199人のベトナム人漁民の送還手続きの迅速化を求めていく方針という。 一方、収容されている漁民代表らは「SNSなどを通じて我々が置かれている現状を広く周知することで関係各方面によるベトナム政府への働きかけが広がることを期待するとともに、一日も早い帰国を実現してほしい」として国際社会に問題提起することを計画していると「ブナ―ル・ニュース」は伝えている。 [執筆者] 大塚智彦(フリージャーナリスト) 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など