<2020年8月19日、86歳でこの世を去った山崎正和。「戦後最後の知識人」などと訃報が報じられたが、「劇作家」が唱えた「社交」、そして「公徳心」という私たちへのメッセージとは何だったのか> あなたが山崎正和の名を初めて見聞きしたのはどこであっただろうか。政府・行政機関の有識者として新聞などメディアを通じて知っている人もいるだろうが、多くの人にとっては「水の東西」『社交する人間』『柔らかい個人主義の誕生』など、大学入試や模試の「現代文」での出合いだったのではないだろうか。 その「現代文の人」は今年8月19日、86歳でこの世を去った。「戦後最後の知識人」「知の巨人」など各メディアで訃報が報じられたが、山崎正和ほどいったい何者であったかを一言でいい表すことが難しい人はいない。 その山崎自身が1986年に創刊した論壇誌「アステイオン」が、『別冊アステイオン それぞれの山崎正和』(CCCメディアハウス)を刊行した。60名を超える執筆者が山崎の業績や思い出を綴っている。 こだわり続けた「劇作家」という肩書き 「劇作家」「文筆家」、政府・行政機関での「提言者」、社会事業の「貢献者」としての山崎を章立てにしているが、一括りにはできない難しさがあったのだろう。その功績が章をオーバーラップしている箇所が多く見受けられる。しかし、特筆に値するのは、劇作家としての山崎を論じた「第1章 創作者」ではないだろうか。 山崎は自分の肩書きを「劇作家」とし、名刺やプロフィールにそう記していた。しかし、1970年半ば以降は論壇の論客として活躍していたため、多くの人にとって「劇作家」はあまりピンとこないのも事実であった。 おそらく今、この記事を読んでいる読者の中で、山崎が劇作家として華々しくデビューしたことを記憶している人はほとんどいないだろう。それもそのはず、1960年代前半の話だからだ。その山崎がなぜ「劇作家」という肩書きにこだわり、「意地」で名乗り続けたかという理由が山崎自身の言葉で綴られた貴重な証言の史料と写真に収められている。 ===== また、山崎のパーソナリティに触れている執筆者も多い。「気さく」「好奇心旺盛」「威張らない」「対等」「礼儀正しい」「非常に謙虚」......。しかし、山崎自身が唱えていた「社交」が適切な距離感をもった付き合いを重んじていたせいか、「厳然とした線が引かれていた」というある種の畏れ多さについて言及する執筆者も少なくない。 しかし、その一方でさほど面識もない若い編集者が病気になったと知っては突然電話をかけ、励ましの手紙を書くというようなウェットな一面も綴られている。山崎正和とはいったいどういう人物だったのか。 ベタベタした人間関係を好まず、人付き合いは都会人そのものであった山崎だが、実際には地域振興にも力を入れ、人をつなぎ次世代を育成する全国各地の取り組みを「サントリー地域文化賞」を通じて称え続けた。そして2014年に表舞台の要職からすべて退いた後の晩年は私財を投じて若手研究者支援を行うなど、次世代に未来を託し続ける「投資家」でもあった。 託された「社交」の精神 本書には晩年の写真も多く収められている。長い闘病と老いによって心なしか小さくなった体で孫ほどの年齢の若い研究者たちに嬉しそうに囲まれる姿は、論壇で颯爽と活躍していた時代を知る者にとっては衝撃かもしれない。 しかし、最後まで健筆であり、『中央公論』7月号の論考「二十一世紀の感染症と文明」では、文明を進歩させるといった現代人の驕りに対しては釘を刺しながらも、この非常時に暴力や暴動を起こさず、また法や罰則によって規制されなくとも自らの行動を律する日本人の「公徳心」を称えた。 故人の思い出話をするために集まることもままならない今年、社交を唱え、人とのつながりを大事にした人物を見送るには、あまりにもタイミングが悪かった。「コロナの中でも、欧米のような分断とポピュリズムに堕すことなく、ぐずぐずと悪くない対応を続ける日本を、もう少し見届け批評していただきたかったと思うのは、私一人であろうか。」(180ページ)と政治学者の五百旗頭真は書いているが、山崎が述べた「公徳心」をもって年末は私たちは静かに自宅で過ごすことになるのだろう。 コロナ問題では、雇用、医療、罹患者への差別など、多くの問題があぶり出された。ともすれば、意見対立が激化し、つながりが途絶え、社会の分断も起こりかねない。そんなときだからこそ「社交」を唱え、成熟した個人のつながりを重んじた「知の巨人」から私たちが託されたことをじっくり思い馳せるための一冊となるはずだ。 『別冊アステイオン それぞれの山崎正和』 公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会 編 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 山崎正和 Masakazu Yamazaki 1934年生まれ。劇作家。京都大学大学院美学美術史学専攻博士課程修了。関西大学教授、大阪大学教授、東亜大学学長などを歴任。1963年『世阿弥』を発表し、岸田国士戯曲賞を受賞。その後も『オイディプス昇天』(戯曲)、『鷗外 闘う家長』『柔らかい個人主義の誕生』『リズムの哲学ノート』(評論)などを発表、受賞多数。文化勲章受章者。2020年8月逝去。 アステイオン 鋭く感じ、柔らかく考える、1986年創刊の論壇誌。公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会が編集。アステイオンとは古代ギリシャ語で「都会的な」「洗練された」という意味を持つ言葉。時代の大きな流れを読み解く議論を掲載する雑誌を年2回発行し、ウェブサイトには不定期にエッセイやレポートを掲載している。 https://www.suntory.co.jp/sfnd/asteion