<人間とゴリラの最大の違いは言葉を話すかどうかだが、言葉を話さないからこそゴリラは表情やしぐさで相手に正直な気持ちを伝える> 2020年は、コロナウイルスの流行により、3密、ソーシャル・ディスタンス、リモートワークの普及など、人間関係に大きな変化があった年となった。他者との間に距離ができたことを「居心地がいい」と感じた人もいれば、「寂しい」と感じた人もいただろう。 人間は、どうしても他者との関係にストレスを抱えがちだ。そうはいっても、1人で生きていくこともできない。どうすれば、他者と心地いい関係をつくっていくことができるのだろうか。 新刊『恋するサル 類人猿の社会で愛情について考えた』(CCCメディアハウス)では、ゴリラやチンパンジーなどの類人猿が、コミュニティーのなかでどうやって他者と心地よく共存しているのか。その様子を紹介している。著者は、上野動物園などで37年間ゴリラやチンパンジーなどの大型類人猿の飼育員を務め、現在も多方面にわたって、類人猿の保護、啓蒙活動に携わる黒鳥英俊氏だ。 黒鳥氏によると、男女の愛、親子の愛など、彼らが他者に見せる深い愛情には見習いたいことがたくさんあるという。 寂しがり屋のブルブルは、心の病 見た目は迫力があるゴリラだが、実はとても繊細な心を持つ生き物だと黒鳥氏は言う。 上野動物園で飼育されていたゴリラのブルブル(オス)は寂しがり屋だ。幼いころのブルブルは、他のゴリラをいじめてしまうため、飼育員がブルブルを別の部屋に入れることにした。そうすると、「みんなと一緒にいたい!」とでも言うように、泣き続けていたそうだ。 やがて、大人になったブルブルは、ムブル(メス)と2頭で暮らすようになる。しかし、ムブルの痛風が悪化し、長期入院を繰り返すようになると、ブルブルは深く傷ついてしまったようだ。1頭だけになってしまったブルブルは、糞を投げたり、自分の体毛を抜いたりと、ストレスを受けた時に見られる行動をするようになった。 そんなブルブルのために、19インチのカラーテレビが設置されることになった。ドイツのフランクフルト動物園にも、自分の毛をむしるようになったゴリラがいた。その治療としてテレビを見せたところ、効果をあげたというのだ。そこでフランクフルト動物園に連絡をとって詳しく教えてもらい、上野動物園でもテレビを導入したのだ。 ブルブルに見せた番組は、「野生の驚異シリーズ」と「野生の王国シリーズ」だ。世界各地の野生動物の生態を見せる番組である。 すると、ブルブルは想像以上に画面のなかの動物にしばらく関心を示した、と当時の中川飼育課長(のちの園長)は言っていた。チンパンジーやライオンがクローズアップされると、画面に手を伸ばしたり、大声を上げるなどの反応を示した。 やがて、ブルブルは自分の毛を抜くのをやめ、元どおり姿に戻ったという。 ===== ビジュに学ぶ、モテのヒント イギリスのハウレッツ野生動物公園から、上野動物園にゴリラのビジュ(オス)がやってきた。群れ育ちで繁殖経験もある10歳の若者だ。飼育下でゴリラを繁殖することは世界的な課題だった。ビジュに対する期待も高まったと黒鳥氏は言っている。 ビジュに対する期待はメスのゴリラたちも同じだったようだ。自信に満ち、堂々としているビジュの様子を見るメスたちの目が、明らかに今までのオスに対するものとは違ったという。 最初は、リラコ(メス)、ゲンキ(メス)、ビジュの3頭で同居となった。しかし、リラコがケガをしたため、ゲンキとビジュの2頭だけで暮らすことに。その間に2頭は急接近をし、交尾に至ったのだ。その後も毎月、ゲンキが発情するたびに交尾をする。発情中のゲンキはビジュにべったりで、ビジュが休んでいても、気を引くために腕を引っ張り、砂をかけるなどして起こしてしまうほどだったという。やがて、リラコが復帰し、ローラ(メス)も加わった。しかし、なかなか赤ちゃんはできなかった。 そこに加わったのが、別の動物園から来たモモコ(メス)である。来たばかりなのに先輩のメスたちにもまったく物怖じしないモモコの行動に、黒鳥氏はとても心配したという。 しかし、黒鳥氏の心配をよそに、モモコは、群れに入ってたったの2日で、ビジュと交尾をしたのだ。 そんな新入りのモモコの態度が面白くないのが、メスの序列1位だったリラコである。モモコとビジュの交尾がはじまると、リラコは間に入ったり、モモコの足を引っ張ったりして邪魔してしまう。しかし、当のモモコは、全く意に介さずに、交尾を続ける。 ビジュはというと、モモコの発情が終わると、今度はリラコと積極的に交尾をするのだ。メス同士が修羅場になっても、群れがバラバラにならなかったのは、ビジュの力だったと黒鳥氏は言っている。 臆病なトト(メス)が群れに加わったときも、ビジュの力が際立った。なかなか放飼場に出てこないトトに草をプレゼントし、じっと外で待ってやさしく誘い出していたのだ。ビジュはトトとも交尾し、トトも群れのなかに安心していられるようになった。 黒鳥氏によると、群れを率いるオスゴリラに必要なのは、マメさだという。メスたちにトラブルが起きたとき、すぐに間に入って落ち着かせる技術や、どのメスも平等に扱う態度により、オスはメスたちの信頼を得ることができるのだ。リーダーは力を振りかざすだけでなく、調整する能力が大事なのである。 言葉がないから、わかり合える 時にはゴリラは嘘をつく。 寒い冬の雨の日に、 外に出る時間になったら、ローラが急に頭を抱え「ウーッ」と苦しそうにしたという。調子が悪いのかと思い、外に出さずに見えない隣室のモニターで 様子を見ていると、何もなかったように部屋の中で遊んでいる。そこで、また外に出そうとすると、苦しそうに仮病を使ったそうだ。 その一方で、ゴリラと飼育員の関係性は、病気やケガの治療で試めされると黒鳥氏は言っている。飼育員は、薬を飲ませたり、採血や麻酔をかけたりとゴリラたちが嫌がることをしなければいけないからだ。 麻酔をかけるときは、絶食をさせて吹き矢で麻酔を打つことになる。吹き矢を当てられると「痛いからもう止めてくれ」と言わんばかりに、吹き矢を返しに来るゴリラやチンパンジーもいるという。信頼しているからこそのリアクションだと黒鳥氏は言う。 ===== 人間とゴリラの最大に違いは、「言葉を話すかどうか」だ。人間同士のコミュニケーションでは、言葉が重視される。そのため、言葉のすれ違いで誤解が生まれてしまうこともある。一方でゴリラは、視線、表情、しぐさ、発声などでコミュニケーションをとる。自分の正直な気持ちを相手に伝えることは、言葉を持つ人間相手の方がかえって難しいのではないかと黒鳥氏は思うことがあるという。 人間同士のコミュニケーションはときに複雑で、わかりづらい。言葉があるから、問題を後回しすることもできるし、問題を回避することもできる。しかし、言葉がないゴリラは、その瞬間がすべてなのだ。常に真摯にゴリラに向き合い、解決していかなければならない。そうしないとゴリラから信頼してもらえないのである。そのことを黒鳥氏は次のように言っている。 言葉がないから、向き合います。言葉がないから、ごまかしが利かないのです。(116ページ) ゴリラは繊細な心を持っている。だからこそ、誠実に向き合えば、互いに気持ちを通じ合わせることができるのだという。 友だち、同僚、親子、恋人、夫婦――さまざまな人間関係に行き詰まりを感じたとき、類人猿たちの愛情物語がヒントをくれるかもしれない。言葉がないからこそ、まっすぐ素直に伝わるコミュニケーションがそこにはあるのだ。 『恋するサル 類人猿の社会で愛情について考えた』 黒鳥英俊 著 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)