<米政府が企てる国外退去措置に対抗するため雇われた私はジョンとヨーコの名前も知らなかった> まだベトナム戦争が続いていた1970年代初頭、米国政府は「反戦セレブ」のジョン・レノンとヨーコ・オノを追い払おうと画策していた。 しかし当時ニューヨークに滞在していた2人は敏腕弁護士リオン・ワイルズを雇って訴訟で対抗し、勝利した。この判例は今も生きていて多くの移民を救っている。以下ではジョンとヨーコに初めて会った日の詳細をワイルズ自身が語る。 * 法科大学院で一緒だったアラン・カーンから電話が入ったのは1972年1月14日だ。 「リオン、君に新しいクライアントを紹介させてくれ。すごい大物だぞ。ただし、こっちから出向かなきゃいけない。誰だと思う? ジョン・レノンとヨーコ・オノだ。入管法に強い弁護士を探してるので、君を推薦した」 「うれしいね。いつ、どこに出向けばいいんだ?」と私は応じた。 数時間後、私がアップル・レコードの超モダンな社屋に着くと、満面の笑みを浮かべたアランが待っていた。 「リオン、この2人に会えるなら何でもするって弁護士は山ほどいるんだ。私のボスに会ってもらう前に、ざっと事情を説明しよう」 「その前に聞いておきたいんだが、その2人、いったい誰なんだ?」 私が言うと、アランは口をあんぐり開けた。 「ウソだろ、本当に知らないのか?」 私は気まずい気持ちで肩をすくめた。 「知らない」 「分かった、そのことは伏せておこう」と彼は声を潜めた。「あの業界の人間の常として、2人はでかいエゴの持ち主だ。ジョンは、たぶん史上最高の偉大なミュージシャン。ヨーコは彼の妻。彼女もアーティストだが、作品は誰も理解できない。でも彼らのことは誰もが知っている」 それから私たちは運転手付きの黒いキャデラックに乗り込み、30分ほどでグリニッチビレッジにある2人の宿舎に着いた。先導役はアランのボスでジョンのマネジャーでもあるアレン・クライン。ドア越しに来訪者を確認しようとする若者を押しのけ、さっさと中に入った。 私たちはキッチンのテーブルに座り、アランが2人の在留資格に関する書類を広げた。私がじっくり目を通す間もなく、奥の部屋のドアが開いて黒ずくめのきゃしゃなアジア人女性が入ってきた。黒いロングヘアで、大きい目は表情豊かだ。その女性は私と握手し、アランにほほ笑みかけたが、マネジャーのクラインには顔も向けなかった。クラインも知らん顔をしている。 ===== 反戦派のジョンとヨーコは米国政府に嫌われていた 「ジョンはすぐに来ます」とヨーコは言った。 「先に、いくつかの点をお知らせしますね。問題は、彼にドラッグ絡みの有罪歴があることです。でも彼は頻繁にアメリカに来る必要がある。仕事の契約とか、レコードや印税とかの話があるから......。それから私たちには娘がいます。私が前の結婚で儲けた子で、キョーコといいます。娘の父は『有名人のジョンとヨーコ』に娘を奪われると思い込んでいて、話にならない。ずっと私たちを避けていたので、ヨーロッパ中を探し回りました」 ヨーコはずっと私の顔を見つめていた。私が彼女の境遇に同情しているかどうか、確かめるためだ。 ジョンは怒った主婦のように 夫の在留資格や自分の悩みに関わる法的問題に、ヨーコは精通していた。 「私たちは米国政府の政策、とりわけベトナム戦争には批判的なので、政権から煙たがられています。滞在延長の申請が却下されたら、私たちは困ってしまう」彼女は前かがみになり、懇願するように手を差し出した。「いざとなれば、彼らは私のパフォーマンスを口実にするかもしれない。私がやるのはコンセプチュアルアートで、やり方が普通じゃない。ここのフィルハーモニックを聴きに行って、そのとき座席で立ち上がって、楽団を指揮したんです。お金はもらってないし、たいていの人はパフォーマンスと認めないでしょうけど、これは私にしかできないアートなんです」 自分はジョンの妻である以前に1人の芸術家だと、ヨーコは言いたかったのだろう。アランはしきりにうなずいていたが、彼のボスのクラインはまるで無関心で、相変わらず彼女を見ようともしない。 すると奥の部屋から、茶色の髪をほとんど肩まで垂らした細身の若者が姿を現した。ジョン・レノンだ。その笑顔は気さくで尊大さのかけらもなく、私に握手を求めてきた。 「あなたが入管法に強い弁護士さんですね、こんにちは」それから、来客に何も出していない亭主に腹を立てた主婦のように、「お茶を入れますね」と言った。彼はキッチンに行き、やかんを火にかけ、戻ってきて私に尋ねた。「私たち、ずっとここにいられますか、キョーコが見つかるまで?」 そこでクラインが口を挟んだ。ジョンがアメリカに来るときはいつも自分が代理人を務めてきた、議会にも働き掛け、彼のマリフアナ所持の有罪歴が問題にならないようにしてきたんだ......。 ===== 聞いているヨーコは今にも爆発しそうだった。 礼儀として、私は自分の意見を言う前に質問した。「その有罪というのは、裁判で争った結果で?」 「いや、でも弁護士に有罪を認めたほうがいいと言われた」とジョン。 「本当に罪はあった?」 ジョンは言った。「いや、全く無罪だ。もちろん、ハシシやその他のドラッグに手を出したことがないとは言わない。でも当時は警察の手入れがあると警告されていた。ロンドン警視庁の麻薬捜査班がロックミュージシャンたちに目を付けていて、私もその1人だった。既にミック(ミック・ジャガーのことだと後になって知った)やジョージ(・ハリスン)は逮捕されていたしね」 ジョンが続けた。「当時のアパートは別のミュージシャン数人から受け継いだんだ。あの頃の私たちはドラッグなんてやっていない。マクロビオティック(自然食健康法)の生活をしていたからね。ドラッグがあったら困るので隅々まで掃除したくらいだ」 私は身を乗り出した。「それでも弁護士は有罪を認めろと?」 「ま、いろいろ事情があって。ヨーコは、いわゆる敵国人だし」。ジョンは鼻にしわを寄せ、イギリスの役人の口ぶりをまねて「敵国人」と発音し、にやりとした。「それに、たいした影響はないと言われたから。前科もないし、形ばかりの罰金を払えば終わりだと。だから言われたとおり有罪を認めた。弁護士に任せればいい、はずでしょ?」 「そのとき何を所持していたのですか?」。私は判決資料をめくりながら尋ねた。「マリフアナ?」 「いや、ハシシです」 「私の無知を許していただきたい。私はあなたのことも知らないし、マリフアナとハシシの違いも分からない。それらは同じものですか?」 「ハシシはマリフアナよりずっと上です!」とジョンは言い、教師が黒板に板書をするふりをした。「いいですか。ハシシとハッパ──ハッパはマリフアナのことです──は同じ植物から作られますが、ハシシのほうがはるかに強力。お遊びのドラッグじゃないんです」 ===== ふとひらめいて、私は尋ねた。「お二人はこの国に永住したい?」 ジョンとヨーコは肩を落とした。「したくても無理でしょ」とジョンが答えた。「弁護士さんならお分かりですよね?」 全ての情報を聞くまでは何も言いたくなかったが、このとき既に勝利への戦略が浮かんでいた。 「それで、先生」とジョンが言った。「2人の貧乏アーティストにどんなアドバイスを?」 ヨーコは椅子に座り、ジョンは身を乗り出した。 「娘さんを見つけ、法廷で親権を認めさせるために何カ月か滞在を延ばせばいいのなら、それは簡単です」と私は答えた。「ジョンの犯歴を問題にしないという従来の判断を延長させるのも難しくない。数カ月でいいなら、ここにいるアランが確実に在留資格を延長してくれます。彼が作成した書類を見ましたが、私にもあれ以上の書類は作れません」 ジョンとヨーコは沈黙した。数カ月以上の滞在を望んでいるのは明らかだった。「しかしながら」と私は続けた。「永住を希望されるなら、別の提案があります」 妻があきれた「土産話」 私は移民関連の法令集を取り出して該当箇所を開き、大きな声で読み上げた。「麻薬またはマリフアナの所持に関する法令に違反し、有罪判決を受けた者」はアメリカ合衆国から追放できる......。 「法律の文言は、全て厳格に解釈されるべきです。この法律の場合、『またはマリフアナ』という文言はカリフォルニアでの2件の判例を受けて追加されました。マリフアナ所持で有罪判決を受けた被告が、マリフアナは『麻薬』ではないと主張して控訴し、法廷がそれを認めた事例です。マリフアナは麻薬じゃなく、幻覚剤とされてますからね」 「そうであれば、こうも言えます。(麻薬でもマリフアナでもない)ハシシ所持を理由とする犯歴は、当該人物をアメリカから永遠に締め出す根拠にはならないと」 聞いていたアランと彼のボスが目の色を変えた。 ===== ジョンとヨーコの弁護を引き受けたワイルズ 「もう一点、有能な刑事弁護士がなぜ有罪の供述を勧めたのか、私には理解できない。そんな有罪判決の正当性は、わが国の司法制度では認められない可能性がある。そこにいくらかの希望があるのではないかと私は思う」 ヨーコが身を乗り出して、「そういう議論、どこでどう持ち出すの?」と聞いてきた。 「チェスみたいなものですから、手順というものがあります。まずは永住権を申請していただきます」と言って私は法令集をめくり、ある一節を指さした。「芸術と科学の分野において傑出した人物」に関する特例を述べた箇所だ。 説明を聞くにつれて、ヨーコの顔が明るくなっていくのが分かった。ジョンは椅子に身を沈めてお茶を飲み干した。どちらも満足そうだ。無言で視線を交わしてから私のほうを向き、ヨーコが言った。「力を貸してください。ご自宅の電話番号を教えていただけます?」 グリニッチビレッジでタクシーを拾い、クイーンズ区の自宅に戻る車中で、私は今日の長い議論を整理してみた。そして思った。これで妻にいい土産話ができたぞ。 「それで、わざわざ出向いていかなきゃならない『大物』って誰だったの?」。帰宅して寝室に向かう私に妻が声を掛けた。 「ああ......」。私は必死で記憶を巻き戻した。「たしか、ジャック・レモンとヨーコ・モトだ」 妻が私をにらんだ。「待って。それってジョン・レノンとヨーコ・オノじゃないの?」 「ああ、そうかな」 「いやだ、リオンったら! あなた、別世界に住んでるの? 本当に誰だか知らなかったの? ジョンとヨーコ! あの2人、世界中の誰よりも有名なのよ」 言うまでもないが、それから私はこの新しいクライアントについてたくさん学ぶことになった。 <2020年12月15日号掲載> ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます12月15日号(12月8日発売)は「ジョンのレガシー」特集。悲劇の死から40年。「20世紀のアイコン」が残した音楽・言葉・思想。[独自]暗殺直前インタビュー収録