<ゾウと人間の衝突による双方の犠牲者は年々増加するばかり> 日本で獣害と言えば、クマ、イノシシ、シカだろうが、スリランカでは、ゾウと人間との共生をめぐる問題が年々大きく膨らんできている。 インド洋に浮かぶ小島のスリランカ。多くの魅力が存在する国だが、海で最大の動物であるシロナガスクジラと、陸で最大の動物のゾウを一カ所で見られる珍しい場所でもある。 現在スリランカには約7000頭のゾウが生息している。1万2000頭ほどだった20世紀初頭と比べると6割にまで減少している。ゾウの主たる死因は農民による射殺や毒殺である。 アフリカゾウの場合は、オス,メスの両方に付いている牙が目当ての密猟者によって殺されることが大きな問題だが、その点スリランカゾウの場合は7~8%しか牙がなく、個体数の激減はむしろ人間によるゾウの生息地である森の開拓に起因する。生息地を失ったゾウが食料や水を求めて人間が住む地域に出没することに伴う両者間の軋轢に加え、ごみの投棄場でプラスチックゴミを摂取することで多くのゾウが死亡している。 2010年以降、年平均240頭が人間によって殺されているが、2018年には360頭、2019年には405頭とその数は右肩上がりとなっており、スリランカはついに人間によってゾウが殺される数で世界1位となった。逆にゾウによって毎年殺される人間の数も比例して増えている。2018年96人だった死者が2019年には121人になっており、世界で2番目に多い(インドが1位)。両者間には憎しみに基づく報復の連鎖も確実に生まれている。 ただ今年に入って新型コロナウイルスに伴うロックダウンの期間があった関係でゾウと人間の衝突が減ったことで、この間、前年比ではゾウの死亡が40%程度減少。しかし、現在はいわば一時的な休戦状態であり、コロナが落ちついた暁には再び人間とゾウの生死をかけた戦いが再燃する運命にある。 神聖で崇拝の対象 もちろん、スリランカ政府はこの状況をただ黙って眺めていたわけではない。人間とゾウとの衝突を軽減するため、人間の生活圏とゾウを住み分けするための柵の設置や大掛かりなゾウの追い込みなどの策を講じてきた。民間レベルでも日常において人とゾウとの遭遇を避けた安全な通学などを確保のために「ゾウに優しいバス」なども導入した。 プラスチックゴミ摂取による死亡をなくすために、それまで自由に出入り可能だったゴミ投棄場の周りに堀を作るなどゾウを寄せ付けないための対策も進めている。むろん、ゾウの死因のみを意識している訳ではないが、今年の8月にはほとんどのプラスチック製品の輸入禁止、2021年1月からは使い捨てプラスチックを禁止する法律が施行される。 もっともスリランカではゾウ殺しは死刑(まだ執行されたケースはない)となっており、さらにはこの国で仏教が最大の宗教であり、釈迦は白象の姿で母胎に入ったという伝説や、2番目に人口の多いヒンズー教においてもゾウの頭を持つガネーシャ神がいるなど、スリランカ人にとってゾウは敵対というよりむしろその真逆で、神聖であり崇拝の対象であり、「国の宝」とまで言われることもある。 紀元前から連なる歴史、神話や宗教的に限らず、文化的にも政治にもゾウと人間の分かち難い関係を保ちたい反面、現状のこじれを改善する良案がいまだ見つかっていない。 ===== それどころか、今年に入ってスリランカ政府が発表した対策に、国内外で大きな衝撃が走った。国の野生生物保護省は、人間とゾウとの軋轢が激しい地域において地元民による防御組織の形成を決定。規模は2500人で組織員に2000丁の散弾銃を支給するという。 銃の提供はゾウの追い出しを目的としているが、既に毒物や爆発物などさまざまな手段でゾウを殺す事例が年々増しているこんなさなかに、銃の供給によって拍車が掛かるのではないかと生物保護団体を中心に反発の声が上がっている。さらには銃の氾濫に伴う二次被害の懸念も指摘されているが、少なくとも現時点で政府決定に変更は見られない。 スリランカはゾウとの共生において優等生として歩んできた歴史は長い。今では景色が変わってきているものの、筆者が子どものころ、今から40年ほど前のスリランカの日常生活において、遠目に見る野生の象はもちろん、街中をゾウが練り歩く姿は極々自然の光景であった。お寺や富裕層を中心にゾウが飼われることは珍しくなかった。1日300キロを食べ、その8割を排泄するいわば燃費の悪いこの生き物を飼えるのは余裕の証であり、ステータスでもあった。 世界最大級のゾウの孤児院 むろん、今に至ってゾウは力仕事で経済を、お祭りの主役となり文化を支える存在でもある。世界文化遺産でもある古都キャンディにおいては世界で唯一無二の、鮮やかに飾られたゾウ200~300頭と、民族衣装を身に纏った踊り子が街中を練り歩くペラヘラ祭りが8月に開催され、スリランカ観光業を牽引している。 世界最大級のゾウの孤児院もスリランカにあり、1975年に建てられたこの施設は怪我をしたゾウや親のいない子ゾウなどを中心に飼育している。その数は100頭近くに及び、親を失った子ゾウを保護し、野生に戻すことを目指す世界でたった1つだけの施設でもある。この孤児院も観光資源としての付加価値が増すばかりである。 繰り返しになるがスリランカにとって人間とゾウの関係は切り離すことができない。かつては国章にゾウが模倣された歴史すらあり、現在では二大政党の1つのシンボルでもある。陸上の一番の力持ちであるゾウと力で向き合う方向へ舵を切った国の政策は、単なる生物保護を超えて、この国のアイデンティティーを自ら否定することにもなりかねない。共に生きるしなやかな知恵を世界に示してくれることを期待をしたい。 【筆者:にしゃんた】 セイロン(現スリランカ)生まれ。高校生の時に初めて日本を訪れ、その後に再来日して立命館大学を卒業。日本国籍を取得。現在は大学で教壇に立ち、テレビ・ラジオへの出演、執筆などのほか各地でダイバーシティ スピーカー(多様性の語り部)としても活躍している。