<『ルポ トランプ王国』で話題の金成隆一氏は、豊富な有権者取材の経験から、アメリカ社会は「真ん中」が抜け落ちたようだとする。そしてその「真ん中」には3つの意味があるという。論壇誌「アステイオン」93号は「新しい『アメリカの世紀』?」特集。同特集の論考「真ん中が抜け落ちた国で」を3回に分けて全文転載する(本記事は第1回)> 私は2014年から4年半ほど、ニューヨークを拠点に各地を取材して歩いた。2015年11月以降はトランプ支持者を中心に有権者の取材に力を入れ、トランプ政権の発足後も定点観測を続けている。 2016年の大統領選期間は中西部ラストベルトを主に回った。その後は郊外や深南部のバイブルベルトなどにも取材網を広げた。トランプを支持した白人ナショナリストから、左派政権を願う民主社会主義者まで、幅広い取材者リストができあがった。 様々な声を聞いたが、二人の言葉を紹介したい。 「私は(たばこも酒も入る)労働者階級のパーティーを楽しめる最後の左派かもしれない」(2018年8月17日取材)。ジャーナリスト、バーバラ・エーレンライクの言葉だ。モンタナ州の炭鉱一家の出身。代表作に低賃金労働者の現実を自らウェイトレスや清掃員として働きながら記録した『ニッケル・アンド・ダイムド』(曽田和子訳、東洋経済新報社、2006年)がある。その言葉は、左派にエリート主義が強まり、左派であるのに労働者階級と会話すらできなくなっているとの文脈で出た。 二人目は、ペンシルベニア州の山奥のバーで居合わせた青年トロイの言葉。普段はニューヨークの学生だが、帰省中だった。「減税を支持するか? と聞かれれば、答えはイエスだ。すると『おまえは共和党だ』と言われる。でも同時にゲイの権利とか、全ての人種が公平に生きられる社会の実現とか、社会正義のためにも闘いたい。すると今度は『おまえは民主党だ』と言われる。(略)二つの『心の狭い』人々に挟まれて、ちくしょう! という気分だよ」(2018年12月26日取材) アメリカ社会は「真ん中」が抜け落ちてしまったようだ。本稿では、この「真ん中」という言葉に三つの意味を込めたい。一つ目は、個人と国家の間にあり、異質な他者と出会える場としての「中間団体(集団)」という意味。具体的には、ラストベルトのトランプ支持層にとっての教会や職場、労働組合、メディアの機能などを考え、《他者の不在》を指摘する。 二つ目は誰もがアクセスできる「パブリック」という意味。公共交通や公教育システムに十分な資金が回っていない。そんな《パブリックの不在(軽視)》を指摘する。 三つ目は、異なる意見があっても、最後はそれぞれが妥協し、「真ん中の意見」を探るという意味。今のアメリカでは、1990年ごろから言われる「文化戦争」が激化し、妥協はもはや不可能の域に達しているように見える。そんな《妥協の不在》を指摘したい。(*「抜け落ちた真ん中」には「縮むミドルクラス」もあるが、すでに多く語られてきたので本稿では触れない) ===== 他者の不在 私が継続取材しているトランプ支持者には、労働者階級の白人が多い。すでに引退している人も少なくない。気になってきたのは、彼らが異なる意見に接する機会が少ないことだ。外でビールやコーヒーを楽しむときも、似たような世代、職業の白人が集まる。自宅に戻っても、トランプに好意的なテレビ番組ばかり見ている。車の運転時は、過激な主張を流す、さらに偏ったトークラジオ番組を聴いている。 不思議なことに、同行した飲み屋でもトランプ支持者が8〜9割だ。選挙結果によれば、民主党支持層も4割超いるはずなのに、である。出張中の私は、トランプ支持者の「バブル(泡)」の中にいるのだ。 彼らの暮らしは、かつてはどうだったのだろう、と考えてみる。日中は製鉄所や自動車工場で働き、労働組合の会合に参加し、週末は教会に通っていた。選挙前になると、政党支部にも顔を出した。これらの場所では、自分と異なる世代、職業、政治への考え方を持つ人々と出会う機会があったはずだ。 職場、組合、教会、政党、地域活動。こうした集まりは、個人と国家の間にある「中間団体」と呼ばれている。伝統や慣習から解放される中で、個人がバラバラに孤立せずに社会を形成する上で、中間集団の機能は注目されてきた。1831年に渡米観察したフランスの思想家トクヴィルが「感嘆」したのも、アメリカ人が様々な目的で、大なり小なり、自発的に団体を形成することだった。地位が平等化される民主制で、孤立しそうな個人をつなぐ役割に着目したのだ。(トクヴィル『アメリカの民主政治(下)』186―208頁、井伊玄太郎訳、講談社、1987年) 「個人と国家の間にあるアソシエーションこそが国家権力の肥大化を抑止し、個人の自由を守る」「私的領域と公的領域、あるいは個人と共同体。そういう相反する方向性が緊張関係をはらみながら、何故かアメリカ人は両立させてきた。実はそこに中間集団の存在があった」(佐藤慶幸、「ボランタリー・セクターと社会システムの変革」、『公共哲学7 中間集団が開く公共性』所収、東京大学出版会、2002年)との指摘も参考になる。 本稿では、こうした中間団体について、異質な他者と遭遇し、自らの考え方を修正する機会になる場という役割を強調したい。今のアメリカでは、このような「他者との遭遇」の欠如が重要な意味を持つのではないかと感じるからだ。トランプ支持の白人高齢者を取材していて感じるのは「他者の不在」である。(*「他者の不在」は、リベラル側にも起きていると考えているが、私が取材できているのがトランプ支持者なので、こちらを取り上げる) ===== 他者と出会える場としての教会 中西部の1950年代の暮らしぶりを知るのに参考になる本にロバート・D・パットナムの『われらの子ども』(柴内康文訳、創元社、2017年)がある。彼の故郷オハイオ州ポートクリントンは人口6500人。当時、「肉体労働者の子どもも専門職の子どもも似たような家から集まって、意識しない形で学校や地域、ボーイスカウトや教会のグループで混じり合っていた」という。具体例として、労働者階級の子、ドンが登場する。街の中でも貧しい地域で暮らし、家には車もテレビもなかった。ドンの両親には大学の進学方法など「見当もつかなかった」が、教会との結びつきが支えになって大学に進んだ。牧師が出願手続きの方法や学資援助の申請などを教えてくれたのだ。 教会が、単に信仰の場ではなく、自分や家族とは異なる知見を持った「他者」と知り合える場であることが伝わるエピソードだ。本書には、地域社会の大人が子どもたちを「われらの子ども」として扱い、階層間の移動を後押ししていた様子などが描かれている。 これらは中西部の教会に特有の機能ではないだろう。私は高校時代に留学生としてテキサス州で暮らした際、ホストファミリーに連れられて週2日を南部バプティスト教会で過ごした。ホストファザーは朝に新聞配達を、日中はゴルフのインストラクターで生計を立てていた。労働者階級の白人家庭だった。教会に行けば、様々な職業の大人と接する機会があった。警察官、下水施設の管理人、医者、弁護士、高校教諭。私にも教会は高校と同様に、私的空間(家庭)を越えて他者と定期的に会える場だった。 私が取材するトランプ支持者も、聞かれれば「キリスト教徒」と答える。しかし、教会に通っている様子はない。3年ほど週末を中心にラストベルトに通ったが、教会に行ったのは、「孫の洗礼を見に来ないか」とその家族に誘われた1回だけ。支持者とは何度も食事を共にしたが、食事前のお祈りに遭遇したこともない。酒も浴びるほどに飲む。(南部州では取材先と食事するたびに「お祈りしてもよいですか?」と尋ねられ、酒も飲まなかった) キリスト教徒は減っている。ピュー・リサーチ・センターによると、自分をキリスト教徒と認識している人の割合は2009年の77%から2019年(2018年からの継続調査)の65%に減った。自らを「無神論者」「不可知論者」などと回答した人の割合は同期間に17%から26%に増えた。定期的に教会に通う人の割合も落ちている。「毎月少なくとも1〜2回は礼拝」と答えた人の割合は、2009年は52%で、「時々しか参加しない」と「全く参加しない」の計47%より多かった。ところが2019年には、前者が45%に減り、後者は計54%に増え、逆転した。 世代間の違いも大きい。1928〜45年に生まれた世代では、キリスト教徒と自己認識している人の割合が84%だが、若くなるごとに76%(1946〜64年)、67%(65〜80年)と低下し、1981〜96年に生まれた若者では49%にとどまる。アメリカは他の先進国に比べれば、いまも宗教的な国だが、最近のトレンドとしては、世俗化が進んでいる。 他者に遭遇できる場としての教会の役割も落ちているのではないだろうか(図1)。 「アステイオン」93号94ページより ===== 組合活動は思い出に あまり口の良くない労働者たちも、現役時代の労働組合については悪く言わない。闘争的なストライキを懐かしむ人もいる。製造業や製鉄業が栄えた中西部では組合活動が盛んで、労働条件に満足できないと、白人も黒人も、若者も高齢者も一丸となって経営陣と対峙していた。 「時給3ドル25セントの昇給を求めた1995年のストライキでは、外部から来る代替の労働者に『スト破り(scabs)』と罵声を浴びせながら石を投げつけた。ライフル銃で奴らの車のタイヤや冷却器を狙う者もいた。ピッツバーグの組合本部できちんと各製鉄所の利潤を調べ、『昇給できるはずだ』と(数字で)要求を突きつけた。当時の組合は労働者を守った。だから(組合が支持する)民主党をずっと支持してきた」(製鉄所で働いた白人の男性)という具合だ。 そんな組合の組織率は低下している。労働統計局によれば、2019年の賃金労働者の組織率はわずか10.3%で、比較可能な最古の統計の1983年の20.1%から半減した。産業構造がサービス業にシフトしたことに加え、労組加入を従業員に強制するのを禁じる「労働権」を定める州が増え、労組が組合費を集めることが困難になったことなどが背景にある。労組が組織率を回復する見通しはなさそうだ。 労働者にとって組合活動は暮らしの一部だった。組合員としては民主党支持を打ち出すものの、銃所持の権利や妊娠中絶をめぐっては保守的な組合員も多く、雇用や賃金といった日々の議題だけでなく、政治を巡っても様々な議論が起きたという。やはり他者と遭遇する場になっていたことがうかがわれる。 ※続きは12月29日に公開予定です。 金成隆一(Ryuichi Kanari) 1976年生まれ。慶應義塾大学法学部卒、2000年朝日新聞社入社。大阪社会部、ハーバード大学日米関係プログラム研究員、ニューヨーク特派員、東京経済部を経て現職。第21回坂田記念ジャーナリズム賞、2018年度ボーン上田記念賞を受賞。著書に『ルポ トランプ王国』『ルポ トランプ王国2』(いずれも岩波新書、第36回大平正芳記念賞特別賞)など 当記事は「アステイオン93」からの転載記事です。 『アステイオン93』 特集「新しい『アメリカの世紀』?」 公益財団法人サントリー文化財団 アステイオン編集委員会 編 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)