<『ルポ トランプ王国』で話題の金成隆一氏は、アメリカ社会は「真ん中」が抜け落ちたようだとする。「真ん中」の2つ目は「パブリックの軽視」だ。論壇誌「アステイオン」93号は「新しい『アメリカの世紀』?」特集。同特集の論考「真ん中が抜け落ちた国で」を3回に分けて全文転載する(本記事は第2回)> ※第1回:労組に入らず、教会に通わない──真ん中が抜け落ちたアメリカから続く 真ん中が抜けたメディア メディアも、他者と出会える場としての中間集団と捉えることができないだろうか。メディアが多様な視点を伝えていれば、人々は自分と異なる考え方と接する機会を得られる。ところが、党派色の強い番組が多いケーブルニュースが影響力を強める現代アメリカでは、そうした機能が落ちているのではないだろうか。 最近はケーブルニュースの存在感が強い。ピュー・リサーチ・センターが2016年大統領選に関して「最も役立った情報源」を調べたところ、ケーブルニュース(24%)と答えた人が最多だった。 ケーブルニュースとは、衛星放送の24時間ニュース専門チャンネルで、CNN、MSNBC、FOXニュースの三つが存在感を示している。政治的な立場をはっきりさせた番組が多いことが特徴だ。事実を伝える「報道」より、視点や解釈を交える「意見」が目立つ。2012年の調査では、ケーブルニュースの全放映時間に占める、意見の割合は63%で、報道の割合(37%)を上回っていた。CNNは「報道54%、意見46%」で報道が上回っていたが、FOXニュースは「報道45%、意見55%」、MSNBCに至っては「報道15%、意見85%」だったという。 CNNとMSNBCはリベラル寄りで、トランプ政権を批判的に扱う番組が多い。一方、FOXニュースは保守的で、人気番組でトランプ政権を擁護してきた。 かつては「三大ネットワーク」と呼ばれる地上波3局(ABC、CBS、NBC)が存在感を放ち、看板アンカーが、その日に起きたことを夜に伝える「イブニングニュース」は、幅広い層から信頼を集めていた。中でも「CBSイブニングニュース」のアンカー、クロンカイトは「アメリカで最も信頼される人物」とも称され、彼が「さらなる介入は大失敗になる」とベトナム戦争を批判した際には、当時の大統領ジョンソンが「クロンカイトの支持を失ったことは、大多数の国民を失ったようなものだ」と発言したとされている(前嶋和弘「危機に瀕するアメリカのメディア」、『現代アメリカ政治とメディア』所収、東洋経済新報社、2019年)。当時の三大ネットワークには、党派に左右されない「真ん中」メディアとして機能していた様子がうかがえる。しかし、1980年代以降にケーブルテレビが相次いで誕生して以降、三大ネットワークの影響力は低下し、「真ん中」としての機能も落ちたと言えそうだ。 この傾向は2019年の最新調査にもくっきりと出た。ニュースの主要な情報源にFOXニュースを挙げた人のうち、自身の党派認識を「共和党支持者か共和党寄り」と答えたのが計93%だった。一方、リベラル色の強いMSNBCを主要な情報源とした人に同じことを聞くと、「民主党支持者か民主党寄り」は95%だった。真逆である。日本でもよく知られているニューヨーク・タイムズやCNN、NPRを主要な情報源とした人にも、民主党寄りの傾向が色濃く出ている。 「アステイオン」93号97ページより ===== 共和党トランプの支持者と、民主党クリントンの支持者が異なるメディアから情報を得ていた可能性が高い。生活空間だけでなく、メディア空間も二分されており、ここでも「真ん中」が抜け落ちている。 主要メディアがトランプの問題点をいくら報じても、トランプ支持者はそもそも見ていないため伝わらない。トランプ批判の決定打になりそうなスクープが放たれ、私も「支持層も動揺するか」と思い、現地に入ると、誰も気にしていない、そもそも知らない、ということが繰り返された。逆にリベラル側にも「トランプたたき」がウリの政治番組に夢中になる人が少なくない。報道機関の「真ん中」がなくなることの影響は計り知れない。 最近は、リベラルなMSNBCやCNNと、保守的なFOXニュースが、互いの報道ぶりを切り取って番組内で紹介し、「プロパガンダだ」などと非難しあう事態が頻発している。分断は深まるばかりだろう。 偏った情報、なぜ信じるのか? もう一つ気になるのは、一部のメディアが流す偏った情報やデマを信じるトランプ支持者が少なくないことだ。例えば、「民主党は過激な社会主義者」「民主党が政府を肥大化させ、あなたの銃を奪いに来る」といった情報だ。 しかし、地元で民主党員の知人や政治家を具体的に知っていれば、歪んだ情報を見抜くことは簡単なはずだ。民主党員にも(社会争点で)保守的な人は少なくないし、週末に猟に行く銃の愛好家もいる。異なる考えを持つ仲間がいれば、何か偏ったことを言ってしまっても、修正の機会をくれるだろう。 やはり、中間団体の機能が弱まり日常に「他者が不在」なこと、党派色の強いメディアに接していることが背景にあるのかもしれない。かつての社会的な紐帯が弱まり、浮遊する個人が、ケーブルテレビやSNS、ラジオ番組で直接入ってくる偏った情報に流されるイメージが浮かぶ。 パブリックの軽視、ぼろぼろインフラ 二つ目の「パブリックの軽視」の話に移りたい。 アメリカで驚かされるのは、公共インフラの整備が後回しになっていることだ。地方を車で走っていて気をつけなければならないのが道路の陥没だ。よけないとパンクしそうなほどの衝撃を受ける。ニューヨーク市内の地下鉄駅はゴミだらけ、ネズミだらけ。都市間を結ぶ高速鉄道には、トイレが未整備でホーム中にアンモニア臭が充満している駅もある。 多くの人が使うはずのインフラが整備されないことは私にはナゾのままなので、本稿では取材経験のある公教育に触れたい。2018年に教員デモを取材すると、にわかには信じられない証言が集まった。デモはウェストバージニア州で始まり、ケンタッキーやアリゾナなどへ飛び火した。私はオクラホマ州を訪ねた。 ===== 「勤務校は教室の雨漏りがひどい。生徒がぬれないよう机の配置を変える。でも小学生の娘の教材を見たら、世界地図にまだソ連があった。小学校の財政も大変だ、と妙に納得した」「年収は3万4千ドル。家族を養えないので土日に計16時間、小売店で働く」(高校の英語教諭ロドニー・ウェバリング、37歳) 「昇給は10年なし。土曜日は食料品店の試食コーナーで働いている。授業で使うコピー用紙、鉛筆、クレヨンなどは自腹で購入。家賃を節約するため母と同居中。『家賃500ドル以内の部屋を』と神に祈り続けたら、450ドルの部屋が見つかった。定職に就いているのだし、わがままじゃないでしょう?」(小学校教員ティファニー・クリステン、52歳) デモには生徒の姿も。一般的にアメリカでは教科書は学校の備品だ。それが古すぎると、高校2年のノア・スイート(17)は怒っていた。「私の教科書によると、ビル・クリントンがアメリカ大統領で、(2001年の)同時多発テロは起きていない。冥王星は惑星のままです」。生まれる前の1990年代の教科書を使っている。別の生徒は、学校に人数分の教科書がないため、試験前はスマホで必要なページを撮影し、それを指先で拡大しながら勉強していると惨状を訴えた。 デモが起きていた州は、教員給与が全米平均を下回っていた。背景には、2008年の金融危機から立ち直れていないことがある。公教育は大半が州政府と地元自治体の予算によっているが、金融危機で税収が落ち込み、学校予算が犠牲になった。その後、経済は回復したが、生徒一人当たり州予算(2015年時点)は、29州で08年水準に戻っていない。アリゾナ州の落ち込みは36%減と最大で、オクラホマ州も15%減。両州は所得税、法人税の減税を進め、財政をさらに悪化させていた。 現地報道によると、オクラホマ州では辞める教員が後を絶たず、緊急の教員免許発行数が急増。約2割の学校は週4日制に移行した。アリゾナ州ではフィリピンからの「出稼ぎ教員」が教えているという。 一方、ニューヨーク郊外の裕福な自治体の公立校は私学よりも施設が充実している。アメリカでは固定資産税が教育予算を支えるため、地価の差がそのまま大きな格差となって教育現場に出る。 ===== 成功者の離脱、公共投資の衰退 公共インフラの惨状を前に思い出したのは、経済学者ロバート・ライシュが『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ』(中谷巌訳、ダイヤモンド社、1991年)で示した「成功者の離脱」という現象だ。 彼は、グローバル経済下の職種区分は、工場やデータ入力などの「生産サービス」、飲食店や介護などの「対人サービス」、データや言語などのやりとりで問題を解決する「シンボル分析的サービス」に3分類できるとした上で、「生産サービス」は海外移転と機械化に、「対人サービス」は機械化と移民との競争にさらされ、両者を乗せた船は「沈みつつある」とした。一方、世界で働く法律家やコンサルタントたち「シンボリック・アナリスト」の「大船は急速に浮上しつつ」あると分析した。21世紀はおおむねその通りになった。 重要なのは、ライシュが描いた、この先だろう。グローバル化した世界では、シンボリック・アナリストが支配的になり、沈む船に乗った労働者との所得格差を広げる。社会としては、新時代に合わせた再教育や職業訓練の費用をシンボリック・アナリストに負担してもらいたいが、ここで彼らが応じるか? ライシュは「連帯感なしには、最富裕層の寛大さは生まれてこない」(346―347頁)と見通しを示した。 こうして成功者の「離脱」が始まる。警備員を雇ったゲーテッド住宅で暮らせば、外の世界の治安はあまり気にならなくなる。子どもを私学に通わせれば、公立校の整備への関心は薄くなる。会員制の医療やジムでサービスを受けられるなら、公的医療への出費は無駄に見えるかもしれない。「(成功者たちが)大多数の民衆から秘かに離脱して、同種の人間だけが住む『飛び地(エンクレーヴ)』を形成しつつある。そこでは、自分たちの所得を恵まれない人々に再分配する必要がない」(368―369頁)というのだ。ライシュが「公共投資の衰退」を指摘したのは30年も前だが、先述した公教育の窮状などを眺めれば、今も続いていると思わざるを得ない。 ※続きは12月30日に公開予定です。 金成隆一(Ryuichi Kanari) 1976年生まれ。慶應義塾大学法学部卒、2000年朝日新聞社入社。大阪社会部、ハーバード大学日米関係プログラム研究員、ニューヨーク特派員、東京経済部を経て現職。第21回坂田記念ジャーナリズム賞、2018年度ボーン上田記念賞を受賞。著書に『ルポ トランプ王国』『ルポ トランプ王国2』(いずれも岩波新書、第36回大平正芳記念賞特別賞)など 当記事は「アステイオン93」からの転載記事です。 『アステイオン93』 特集「新しい『アメリカの世紀』?」 公益財団法人サントリー文化財団 アステイオン編集委員会 編 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)