<年末のスイスで起きたイギリス人スキー客めぐる混乱は、今後世界各国でも起きるのか?> 自己隔離 正確な数の把握は難しい スイス南部ヴァレー州は名峰マッターホルンのふもとのスキーリゾート地ツェルマットをはじめ、各地でスキーが楽しめる。同州の西側にあるスキーリゾート地ベルビエ(ヴェルビエ)では、イギリスからの観光客約200人が、新型コロナウイルス感染予防措置の10日間の自己隔離を守らず姿を消していたことがクリスマス直後にわかり、スイスはもとより、日本やヨーロッパ諸国でも大きく報じられ注目が集まった。 ベルビエは、スキーツーリズムの新時代の発展を促進しようと2013年から始まったワールド・スキー・アワードで、2019年、スイスのベストスキーリゾートに選ばれたほど評判が高い。 スイス放送協会によると、ヴァレー州は新型コロナウイルス変異種のために、同州に滞在中および同州をすでに去ったイギリスと南アフリカからの観光客を特定しようとしているが、その数を正確に推定することは困難だという。 スイス政府は変異種の感染拡大を防ぐため、12月14日以降にイギリスと南アフリカからスイスに入国した人(スイス国籍保持者も含む)に外出せず、他人との接触を避ける10日間の自己隔離を義務付けた。これは自宅や滞在施設にこもるだけでなく、スイス入国後にスイス当局への報告も伴う。自己隔離をしない人に対しては罰金を課す場合がある。 この措置がスイスで公に発表されたのは12月21日。発表の1週間前の入国に戻ってカウントし即刻自己隔離を強いられたため、驚いたイギリス人観光客は多かったはずだ。同時に、21日をもって両国からの観光客の入国は禁止となった。 州内で、取り締まりは実施していた ヴァレー州のジャン-ベルナルド・モワ健康振興会長によると、12月14日以降に州全体で特定されたイギリスからの観光客は863人、南アフリカからの観光客は13人、計876人だった(前出スイス放送協会)。863人のうち291人はスイス連邦内務省保健局から得たリストを利用し、残る585人は各観光局や自治体からの情報だという。 しかしモワ会長にとって、この863人は一部の数に過ぎない。収集したデータでは、イギリスと南アフリカ両国からの観光客は、たとえばツェルマットには125人、ベルビエには114人だったという。だが実際にはそれ以上いたことは明らかで、当局に自己報告しなかったり、取り締まった時にチェックできなかった漏れがあるとみられる。 とはいえ、モワ会長いわく、ヴァレー州は初めからイギリス人の追跡を非常に真剣に行ってきて、同健康振興会が州内で150回取り締まったことは州警察へ報告済みだった。 ===== 自己隔離に温情があった? ベルビエに関しては、一夜にして約200人が行方をくらましたと多くの媒体が報じた。ベルビエ当局は、その報道に反論するかのように、クリスマス前の時点で自己隔離の義務があったイギリスからの観光客は420人で、ただちに(一夜に)去ったのは50人だと主張する。 残りの370人のうち、12月27日の時点でベルビエにいたのは10人ほどだったことから、一夜にかどうかはわからないが短期間に多数がいなくなったのは確かだ。行方をくらました人の中には自己隔離が終了した人もいたと報じられている。 スイス当局はスイスにいた2カ国からの観光客に、自己隔離措置についてSMSで連絡した。新年最初の日曜新聞ゾンターグスツァイトゥングによると、そこには「遅くとも21日24時までに自己隔離を始める必要がある」と書かれていたといい、同紙の取材に対し、政府担当者はルールが決まってすぐに発効になったため、隔離開始までに多少の余裕を与えなくてはならなかったと話している。 同紙はまた、ベルビエの複数のホテルにおいて、宿泊していたイギリス人たちが、在スイス英国大使館から21日中にスイスを出国するようアドバイスがあったと話していたと伝えている。大使館側は同紙に対し、自己隔離に入らなくてはならないと明確に指示したと言っている。 スイスは24日から、イギリスと南アフリカへの帰国者のために航空便を用意した。その告知には、現在、自己隔離中の人は特別に保護する、つまり、感染リスクを最小限に抑えるため連邦と各州が空港まで送るサービスを用意して他人との接触を避けるとある。当局には確かめていないが、隔離中の人も飛行機に乗ってよかったのだったら、ヨーロッパの多くの人が1年で最も大切にしているクリスマスを帰国して過ごしてもらおうと配慮したように思える。 電車で去ったイギリス人も 措置発表後、イギリス人たちの様子はどうだったのだろう。スイスを発った人の声が公になっている。英紙インディペンデントには、自己隔離が始まる前に去ったイギリス人の様子が描かれている。ヴァレー州に近いスキーリゾート地に家を持ち、年に3、4回滞在するという元外交官のアンディ・ウィグモア氏が、21日にスイスを発ち23日にイギリスに到着した自身と家族の「逃走劇」について語っている。 氏は、妻と2人の子どもとスイスに数日前に来たばかりの時点で、10日間の自己隔離措置が22日0時から始まると知らされた。スイス人の友人から隔離開始前にスイスから出国したらとアドバイスをもらい、電車でイギリスに戻ることを即決。スイスからパリへ行き、パリから英仏海峡トンネルを走る鉄道ユーロスターでロンドンに到着した。 ウィグモア氏は「私たちは何も悪いことをしていません」と同紙に語っている。彼と家族がスイス入りしたときは何の規制もなかったし、旅行の前後にイギリスで検査をして全員陰性の結果だったし、措置が開始する前にスイスを離れたからだ。ウィグモア氏は英大衆紙デイリー・メールの取材も受けている。帰路の間、スイス当局からいまどこにいるかと4、5回連絡を受け、氏はイギリスに戻ってから報告したという。 ===== また、ひやひやしながら逃げた家族もいる。3人の10代の子ども連れの家族は、12月20日にイギリスを発ち、スイスに着いて間もなくして自己隔離の知らせを受けた。いったんは仕方がないと食料を買い込んで隔離を始めたもののどう考えても無理だと感じ、25日にホテルを発つことにした。警察が取り締まっていたが、ホテルのスタッフに頼んで駅まで連れて行ってもらったという。家族全員でマスクをし、イギリス人だと悟られないようひと言も話さなかった。父親はスキーには目がないとはいえ罰金を請求されたらと思うと怖く、しばらくスイス旅行はしないそうだ(スイスの大衆紙ブリック)。 残って自己隔離したイギリス人も 一方、しっかり10日間自己隔離した人もいる。20代のイギリス人男性は、滞在していたベルビエのホテルから自己隔離の知らせを受け、28日までのホテルでの隔離に従った。男性は、再び都市封鎖を実施したロンドンを離れてひと休みしようと、現在も2度目の都市封鎖をしていないスイスに初めてスキー休暇に来た。 旅程が変わるリスクがあるのは承知していた。イギリスに予定より早く帰国することになるか、もしくはスイスにいることを強いられて、でもスキーはできると考えていたという。国籍を理由に自己隔離させられるとは思ってもいなかったそうだ。父親にはリスクを冒した結果だと言われ、もちろんその通りだと思うし、変異種に関するスイスの対策は当然だとは思いつつ、不公平感はあると話した。滞在延長の費用は自腹となった。 措置が差別的だったと感じた人はほかにもいる。観光キャンペーンでスイス旅行を勧められたというイギリス人グループは、ツェルマットの5つ星ホテルに泊まり、スキーを数日楽しんだときにSMSで知らせを受け、自己隔離となった。せっかくの休暇を台無しにされたうえ、隔離が終わってチェックアウトしたときにまだ部屋にいるようにとレセプションのスタッフに怒鳴られ、侮辱されたと感じたそうだ(前出ブリック)。 イギリス人は、ベルビエを含むヴァレー州のスキーリゾート地にとっては嬉しいお得意様だ。セカンドハウスをもっていたり、数カ月アパートを借りる人もいる。子どもを連れてきて、滞在中インターナショナルスクールに通わせる人もいるという。日刊紙ターゲス・アンツァイガーは、12月の初め、ベルビエには11月からすでにフランス人とイギリス人観光客が目立っていたと報じていた。 観光地としてはやはり客を迎え入れたいが、感染予防措置がいつ強化されるかは予想できない。まだしばらくは、日本のGo To トラベル事業のように、何かあったら混乱を招くのは避けられないだろう。 [執筆者] 岩澤里美 スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com ===== イギリス人スキー客、スイスで自己隔離中に逃走? 混乱した自己隔離劇を伝える報道 Reuters / YouTube