※前後編の対談記事の前編です。後編【船橋洋一×國井修】コロナ対策を阻む日本の「正解」を求める病は8日掲載予定。 北半球への冬の到来とともに新型コロナウイルスの感染が世界で再拡大している。そんななか、コロナ対策に一石を投じているのが日本のシンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ」(API)が2020年10月にまとめた『新型コロナ対策民間臨時調査会 調査・検証報告書』だ。同報告書は安倍晋三前首相をはじめ当事者への聞き取りなどを通じて日本のコロナ対策を検証し、種々の課題を指摘。デジタル化の推進や危機時に専門家を迅速に登用する「予備役」制度、経済活動の制限のための罰則と補償措置を伴う法整備など対策の必要性を訴えた。 報告書を叩き台に、API理事長の船橋洋一氏と、國井修氏(「グローバルファンド〔世界エイズ・結核・マラリア対策基金〕」戦略投資効果局長)が、日本の危機管理の問題点や今後採るべき方策についてオンラインで語り合った。(収録は2020年12月1日、構成は本誌編集部・澤田知洋)。 ◇ ◇ ◇ <國井>まずは報告書の概要をお願いします。 <船橋>報告書は2020年5月の緊急事態宣言解除後、冬になるともう一度感染の波が来るのでは、という危機感から第1波の取り組みで良かった点やいまいちだった点を聞いて検証し、提言を出そうと作った。 基本的に南アフリカのアパルトヘイト下での抑圧を明らかにした「真実和解委員会」に近い取り組み方だと思う。真実を語ってもらわないと提言ができないので、刑事や民事責任の追求という話ではなく、完全オフレコで構わないので本当のことを言ってください、と政府や行政の方々に話を聞いた。 去年の10月8日に政府に提出し、菅義偉首相からは提言にある「サージキャパシティ」(危機時の人員など対応能力増強)は検討するという言葉をもらった。別の提言である新型コロナ対策の特別措置法に罰則と補償の規定を導入することについても、人権やプライバシーとの兼ね合いもあるが、検討するということだ。 足りないものは10年前に分かっていた <國井>欧米ではシンクタンクの政策提言が盛んだが、日本では極めて少ない。今回の報告書で船橋さんがベスト3だと思う調査結果・提言を挙げて欲しい。 <船橋>1つ目は「備え」。これが全てと言っていいぐらい。備えには危機が起こる前に資材・人員・組織をどうやって作っておくかの「プリペアドネス」、起こった後にどう対応するかの「リスポンス」、起こさないように予防する 「プリベンション」がある。 今回日本が一番残念だったのがプリペアドネスのところ。全国の保健所がいざというときに対応できる能力や、感染症のデータを誰もがタイムリーに使える統合的システム、疫学的知見と病院との協力が足りなかった。また科学的知見の政策への活用や、政治家と科学者の役割分担などの備えや訓練も不足していた。 <國井>私の経験も交えつつ船橋さんの発見を深掘りしてコメントしていきたい。プリペアドネスについては、報告書にもあるように政府が2010年に新型インフルエンザへの対応を総括した感染症対策の方針がすでにあった。それなのにそれが十分に生かされず「備え」が不足していたと指摘されている。 危機管理の国際標準では、最悪の事態、「ワーストケース・シナリオ」をまず想定する。そして災害は毎回違った形で起こるので、シミュレーションしつつ大小の危機も乗り越えてこのシナリオを進化させ続ける。つまり完璧な戦略とプリペアドネスはないが、最悪の事態を避けつつ、危機発生時にはそれを緩和し、対応できるものにどう近づけるかが重要だ。さらに、戦略は成功の10%であって、残りの90%はオペレーション(運用)に懸かっている。だからこそ平時からのカネ・モノ・ヒト・データの備え、運用のシミュレーションと訓練が必要になる。 だが日本では保健所も国立感染症研究所も人材と予算が減らされ、国内の感染症対策関連物資の備蓄も十分でなかった。感染症の追跡情報も都道府県レベルから中央に迅速に報告されなかった。地方に疫学分析ができる人材も少ない。一方で欧米では地方自治体レベルにデータ管理ができる人材を配置して、情報を中央に送っている。これは早急に改善しなければならない。 ===== 「安心」と「安全」のせめぎ合い <船橋>2つ目はリスクコミュニケーションについて。国民の社会・経済生活が根こそぎパンデミックに脅かされたとき、どのように戦略を国民に伝えるのか、つまりリスクをどう評価し、どうコミュニケーションをとるのか、という問題だ。 特に「安心」と「安全」2つの概念が重要になる。2011年の福島第一原発の事故調査をAPIがやったときに明らかになったが、政治側が安心を重視するあまり、「最悪のシナリオを口にするだけで住民に不必要な不安を与える」として真正面からリスクの評価をしようとしないということがあった。 今回も政治家は「ロックダウン」と軽々に口に出してパニックを起こすと、東京都民が地方に逃げてスーパースプレッダー(多人数へと感染を広げる感染者)が大勢生まれる、と警戒していた。しかし科学者としては安全を重視して、きついことも言わざるを得ない。「最悪の場合42万人の犠牲者が出る」と示して国民の行動変容も迫ろうとしていた。 この安心と安全のせめぎ合いが難しい。両方とも必要で、基本的には科学者の言う安全を踏まえず、安心だけでやるのは極めて危ない。安心と安全を一体として捉えることがリスクコミュニケーションの重要なところだと痛感した。 隠すとかえって疑う <國井>まさにその通りだと思う。広報やコミュニケーションは日本の場合、誰でもできると思われがちで、特に官公庁にはそのプロフェッショナルが少ない。欧米では医療ジャーナリストやコミュニケーションの専門家が多く、私が以前働いていた国連児童基金(ユニセフ)もそうした優秀な専門家を世界中から集めていた。今所属しているグローバルファンドでもピューリッツァー賞を受賞した元ニューヨーク・タイムズ記者が広報部長をやっていた。 韓国政府はMERS(中東呼吸器症候群)の流行で失敗してリスクコミュニケーションの担当官を新設した。台湾やシンガポールも専門的知見と政治的判断を融合させた明確なメッセージを首長や責任者が国民に直接伝え、リスクコミュニケーションの巧みさが際立っていた。日本は全体として、平時からコミュニケーション能力が諸外国に比較して劣るといわれるが、特に危機管理におけるその重要性、課題が示された。 重要なのはやはり情報の透明性とメッセージの明確さ。隠してしまうと国民はかえって疑ってしまい、政府は信頼を失う。何が既知で何が未知かを明確に示し、情報を出し切り、現時点でのベターな対策、そのロジックを明快に説明したほうが安心につながる。安心と安全のギャップをファクトとデータとロジックで埋めて、わかりやすく国民に説明することが重要で、それには感染症やリスクコミュニケーションの専門家との連携が重要だ。 途上国からも学ぶ必要 <船橋>3つめはテクノロジー。2019年12月に中国の武漢で新型コロナが確認された直後にはカナダのスタートアップ、ブルードットがビッグデータ解析で世界への感染拡大を予測して警告を発していた。こういう時代に、日本はデジタル・トランスフォーメーションとイノベーションの力を使えなかった。 さらに言うと、MERSやSARS(重症急性呼吸器症候群)のときの経験をアジアの近隣諸国から学ぶことも抜かっていた。中国や韓国などから学ぶリテラシーが日本は不足していると思う。この種のリテラシーギャップはこれからますます問題になってくるだろう。 <國井>コロナ禍ではまさに日本のテクノロジーが世界と比べて遅れているのを見せつけたかたちになった。周知のように現場は電話とファックスで対応していたし、永田町と霞が関のIT化の遅れもよく言われることだ。例えば今回日本は感染者や接触者の情報管理のため、「トップダウン」で新たなシステムを導入してしまった。報告書にもあるように、現場の負担や関連システムとの連係などを考慮せず開発したため混乱を招いた。かえって情報把握が遅れたとも聞いている。 最近はGAFAなどのIT企業もそうだが、まず簡単なベータ版を作ってサービスを動かし、ユーザーの意見を取り入れつつ進化させていく。そういった潮流を理解している人が企画・担当しなければならない。私の所属組織では発展途上国50カ国以上で保健医療情報システムの導入・拡大を支援しているが、高度で特殊なものは導入しない。用いるのは、簡易で操作しやすく、他のシステムとも連係できるオープンソースのシステムだ。 最近はアフリカのマサイ族もスマホを使うし、私が働いていたソマリアでも電子マネーを使っている。むしろ発展途上国のほうが既存のシステム、インフラがない分、デジタル・トランスフォーメーションは早いかもしれない。日本では既存のシステムが邪魔する部分はあるが、インドや台湾、韓国などでもデジタル・トランスフォーメーションは進んでおり諸外国からも学ぶ必要がある。 ※対談後編(8日掲載予定)に続く:【船橋洋一×國井修】コロナ対策を阻む日本の「正解」を求める病