トランプ支持者の米議事堂乱入を見て中国の環球時報は喜びを隠し切れず、中国のネットユーザーは狂喜乱舞している。米中覇権において中国に有利に働いているが、しかしそれでもアメリカ民主主義の修復力を信じたい。 嫌味たっぷりの「環球時報」報道 中国共産党機関紙「人民日報」傘下にある「環球時報」電子版「環球網」は1月7日、「華春瑩、アメリカの"国会占領"に回答:アメリカ人民が一日も早く平和安定と安全を享受することを希望する」という見出しで社評を載せた。 それによれば華春瑩は定例記者会見で以下のように述べている。 (リンク先の彼女の自信に満ち満ちた「ざま―見ろ!」と言わんばかりの勝ち誇った表情をしっかりご覧になりながら、お目通し頂きたい。) ――アメリカ人民が一日も早く平和安定と安全を享受することができるように希望します。皆さん、2019年の香港における修正案に対する風波(抗議運動)に対して、アメリカの一部の人たちがメディアに対して何と言ったか覚えておられますよね?中国のネットユーザーたちも強い関心を以てアメリカのこの騒動を注意深く見ています。なぜなら、この光景は香港での光景と非常に似ているからです。 でも、この同じ光景に対して、なぜか、アメリカの一部の人(=ペロシ下院議長)とメディアは、全く異なる言葉で表現していましたね。どんな言葉を使っていましたっけ? そう、「美しい光景だ」と言っていませんでしたか? そして香港政庁を襲う暴徒を「民主の英雄」と讃えていませんでしたか? さて、このたび、多くのトランプ支持者がホワイトハウス、米議会議事堂に乱入しました。おまけに死者まで出しています。この人たちは「暴徒」ではないんですか? アメリカのメディアはホワイトハウス乱入者を「暴徒」「暴力事件」「テロリスト」「国家の恥辱」と攻め立てていますね。アメリカの一部の人に再び聞きましょう。死者を出しても、アメリカならば、これらの乱入者は「民主の英雄」なのですか? 現象が同じなのに、表現が全く異なるのは興味深いことです。私たちはこの事実を深く見つめなければなりません。コロナ禍で大変な中、私はアメリカ人民の平和安定と安全を祈ります。 ===== 環球網なので、そこに付いているコメントは穏やかなものしか残されてないが、それでも以下のようなものが見られた。 ●アメリカにはしばらくこのまま(乱闘を)続けて欲しい。じっくり眺めて楽しみたいので、(問題が解決しないように)そっとしておこう。 ●ああ、何という「美しい光景」だ! ●ペロシ―も、同じ光景を見ているのだから「ああ美しい光景だ」と言わなきゃダメでしょ? ●200年間アメリカが奉ってきた「民主」って、こういう光景なのね? ●アメリカが乱れれば乱れるほど素晴らしい。 ●「光復米国、時代革命」(筆者注:これは「光復香港、時代革命」をもじったもの) ●この美しい風景は実に素晴らしいね。ずっと演じていてよ。この風景、大好きだよ! 狂喜乱舞する中国のネット 1月7日の中国のネットは、まさに「狂喜乱舞する」と表現しても過言ではないほどの激しい熱狂ぶりだった。アメリカ駐在の中国メディアの動画やアメリカ大手の動画の転載だけでなく、現場にいた在米中国人個人による録画も掲載され、引っきりなしに数多くの現場の状況がネットを賑わした。 動画の画面に中国語で好き放題書き込んでいるというものが多いが、その中の何枚かをご覧に入れたい。写真の下に、画面に書き込まれている主なコメントを和訳して示す。 ●美しい光景 ●これがアメリカ人民の正義行動 ●われわれに民主と自由を見せてくれたアメリカに感謝する。 ●中国は「アメリカを軍事支援する方案」を制定した方が良いかもしれないね。 ●アメリカ人民が国会を占拠する権利を有することを支持する。 ●アメリカって世界中であんなに沢山のビロード革命を支援してきたのに、結局今回は自分の国で起きるビロード革命支援に回ってきたね。 ●見てごらんよ。彼らが最も主張しているのは「自由」だよ。 ●(トランプ)支持者たちに感謝だ。彼らはきっとご飯を食べられないんだね。公平のために戦ってるんだ。(筆者注:飯と範の発音が同じなのでミス変換か) ●民主と自由 ●民主政治 ●美しい国が民主を実現することを支持する ●「国会に侵入してきた目的は何ですか?」(記者)、「さあ、知らない」(乱入者) ●まあ、アメリカの半分ほどの人が(選挙結果)を認めないということを世界に知らしめたという意味では、彼らは成功したんだろうね。 ・・・ これらは膨大に沸き上がってくる画像と動画とコメントのほんの一部に過ぎないが、少なくとも熱狂ぶりがうかがえるだろう。これが中国大陸ネットの状況なのだ。どの国よりも強烈で熱く激しいだろう。 ===== 何といっても中国はトランプ政権から「民主がない」「民主を弾圧している」と非難されて多くの制裁を受けてきたので、「これがアメリカの民主なのね!」と喜ぶのも、わからないではない。 かつて中国では公安関係者が巷での小さな暴動を起こした人に致命傷になるような銃を発砲した場合など「アメリカだったら、足に向けて発砲して逃げられないようにするだけなのに...」と、中国の公安関係者の「非民主性」と「残虐性」を非難し、アメリカに憧れたものだ。中国の若者にとってもアメリは「憧れの民主の砦」だったのだ。 しかし、若いネットユーザーたちもアメリカの「民主」の実態を知ってしまった。 アメリカ民主の修復力 それでもなお、アメリカの民主に対する修復力を信じたい。 何よりも注目したいのはペンス副大統領の対応だ。 ペンスはこれまで最も忠実なトランプ政権の閣僚であったはずだが、それでもこの乱入に関しては毅然として抗議している。日本時間で1月7日に入ってから、乱入者が排除され合同会議が再開されたが、再開に当たってペンスは以下のように述べている。 ――アメリカ議会の歴史において暗黒の日になった。ここで起きた暴力を可能な限り強い言葉で非難する。大きな混乱を引き起こした人たち、あなたたちは勝利しなかった。暴力が勝利することはない。自由こそが勝つ。世界の国々は、われわれの民主主義の回復力と強靭さを目の当たりにするだろう。 トランプはペンスを裏切り者と罵ったが、しかし「民主主義は死なず」という印象を与えた。共和党のブッシュ元大統領も「これは政治が不安定な国の選挙結果で争いが起きたときに起きる現象であって、民主国家の私たちの国(アメリカ)で起きることではない」として強く非難した。 アメリカの民主主義への深い魂は、どんなに人種差別や貧富の格差が生まれようとも、粘り強い修復力を持っている。日本のような借り物の民主主義とは違う。自分で勝ち取った民主だからだ。 G7の中で意思表示をしないのは日本のみ G7の中で今般のアメリカの議事堂乱入に関して非難声明を出していないのは日本だけではないだろうか。 フランスのマクロン大統領は英語でビデオメッセージを出し、「世界で最も歴史のある民主主義の国の一つで、現職大統領の支持者が正当な選挙結果に対して暴力による異議を唱えた。これにより投票という民主主義の普遍的理念が傷ついた」と訴え、イギリスのジョンソン首相は「トランプ大統領が人々に議会に向かうよう促した」と強調して、自由で公正な選挙結果を疑い続けたことが原因だと非難している。 ===== ドイツのメルケル首相は「怒りと悲しみを感じる」と沈痛な面持ちで嘆いた。 イタリアのコンテ首相は「暴力は民主主義の権利と自由の行使とは相容れない」とツイッターに書き込んだ。 カナダのトルドー首相は「カナダ人は 深く心を乱され、悲しんでいる 。アメリカの民主主義は支持されなければならない」と述べ、「暴力は民意を覆すことには成功しない。アメリカの民主主義は支持されなければならない」とツイートした。 さて、日本は――? 日本の民主主義はアメリカから「与えられた」あるいは「強要された」ものであり、それをありがたく頂きはしたが、自ら命を懸けて勝ち取ったものではない。日本には「民主や自由」といった普遍的価値観の土壌が浸み込んでいないのだろうか。政権与党に忖度をするという「美徳」はあっても、民主や自由のために命を懸けることを尊ぶ魂があるとは思いにくい。 だからアメリカの政権与党というか、現大統領に対して「民主が死んだ」として非難するような勇気はないだろう。日本の「民主」自体が、存在しているのか否かさえ、疑問なのだから。 中国のネットに面白いジョークが載っていた。 ――アメリカ人とロシア人が「どっちの国の方が言論の自由があるか」に関して論争していた。アメリカ人が「もちろん我が国に決まっている。アメリカでは大統領の悪口をいくらネットに書いても捕まったりはしない」と言った。するとロシア人が「それは素晴らしいね」と言った。そして「でも、あなたたちアメリカ人はネットで大統領のことを礼賛したりすることができるのか?」聞いた。アメリカ人は黙ってしまった。 今のところ、トランプ大統領のツイートは永久に禁止されているそうだ。 これもアメリカの「自由と民主」の一つかもしれない。一民間企業ではあっても、すでに現在の主要な「メディア」となってしまっているプラットフォームに普遍的価値観による判断を下す力を与えてしまっているという「社会の力」が働いているのだから。 時間はかかるだろうが、アメリカはこうして、混沌の中から何かを生み出していく可能性もある。 ただ何れにせよ、トランプの登場はアメリカの「深い病」を浮き彫りにしてしまった。 民主への修復力は信じたいが、この「病」の根は深い。 米中覇権競争のゆくえに計り知れない陰を落とすことだろう。それを憂う。 ※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。 中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士 1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 ≪この筆者の記事一覧はこちら≫