<トランプは自ら支持者を扇動し、前代未聞の事態に発展させた。そしてアメリカ人は、アメリカの民主主義が機能してきたのは、憲法があるからではなく、幸運と国民の良識があったからだという事実に気付かされた> (本誌「トランプは終わらない」特集より) 独立以来244年間、アメリカ人は無邪気に信じてきた。この国の政権交代は4年か8年に1度、平和的に行われるのだと。 それが憲法の定めるところであり、1974年のニクソン辞任を受けて急きょ大統領に昇格したジェラルド・フォードが就任宣誓後に語ったとおり、この国の統治は「人ではなく法」に基づいているのだと。 だが、それも2021年1月6日午後までのこと。現実の見えなくなった現職大統領ドナルド・トランプにあおられた暴徒が連邦議会議事堂に押し寄せ、乱入したあの瞬間に、私たちは気付かされた。 健全なる憲政を守るも壊すも、実はホワイトハウスの主次第なのだという事実に。 憲法があるからアメリカの民主主義が機能してきたのではない。幸運と国民の良識によって、常にしかるべき人物を大統領の座に就けてきたからだ。ジョージ・ワシントン(大統領の任期は2期までという先例を作った)しかり、(ホワイトハウスの初代住人となった)ジョン・アダムズしかり。 ちなみにアダムズは就任直後に書いた妻への手紙で神にすがり、生まれたばかりのアメリカ合衆国の将来を案じて、「正直で賢い者だけがこの屋根の下で統治しますように」と祈っている。 この言葉は後に、ホワイトハウスの暖炉に刻まれることになった。 トランプ以前で最も腐り切った大統領とされるリチャード・ニクソンでさえ、1960年の大統領選で自分に勝ったジョン・F・ケネディの当選を認証する儀式には(現職副大統領として)粛々と臨んだ。 あのときも勝敗は僅差で、ケネディ陣営に不正があったと騒ぐことも可能だったが、ニクソンは票の再集計を求めることなく、これでこそ「わが国の立憲政治の安定」が保たれると述べたのだった。 2000年のアル・ゴア(当時は現職副大統領)もそうだった。一般投票では勝ったが選挙人の獲得数で敗れ、再集計を求める訴えも最高裁で却下されると、「この国を愛するなら、悔しくとも」ジョージ・W・ブッシュの勝利を受け入れるしかないと、支持者に呼び掛けた。 病的なまでのナルシシスト 見てきたとおり、平和的な政権交代を可能にしてきたのは紙に書かれた文言ではない。その文言を守るべき責務を委ねられた人物が、いずれもしかるべき資質の持ち主だったからだ。 長年にわたり善良な人物が選ばれてきたのは幸運だった。例えば南北戦争の直前にエイブラハム・リンカーンが大統領に就任したこと、1930年代の大恐慌と第2次大戦の際にはフランクリン・ルーズベルトが、1960年代のキューバ危機に際してJ・F・ケネディが大統領だったことは、まさに神の恵みと言うしかない。 19世紀ドイツの宰相ビスマルクの言を借りるなら、「神は愚か者と酔っぱらい、そしてアメリカに特別な慈悲を示してきた」。 ===== 選挙結果を受け入れず議事堂になだれ込んだトランプの支持者たち LEV RADIN-PACIFIC PRESS-LIGHTROCKET/GETTY IMAGES しかし、そんな運もいつかは尽きる。アメリカ人は4年前に、病的なまでにナルシシストのトランプを大統領に選んでしまった。この男が大統領として最悪なのは4年前から明らかだったが、その決定的な証拠が1月6日に起きた事態だ。 まともな根拠を示すことなく「不正選挙」を訴えてきたトランプは、副大統領のマイク・ペンスが粛々と選挙結果の承認手続きに着手したまさにそのとき、自らの熱狂的な支持者らに「議事堂へ向かえ」と呼び掛けた。 それまでのアメリカ人は無邪気だった。選挙でトランプに一票を投じた人は7400万人もいた。1月6日の時点でさえ、共和党の少なからぬ議員が選挙結果に異議を唱えていた。しかし誰が、これほどまでの暴挙を予想していただろう。 既にペンスはトランプを見限り、選挙人投票の集計結果に異を唱えないと表明していた。つまり、ジョー・バイデンを次期大統領と認めるということだ。ところが、そこへ数千人の暴徒が議事堂に押し掛けた。窓ガラスを割り、銃を構える警官を押しのけて、議事堂を実質的に占拠した。 連邦議会議事堂の警備に当たる議会警察(USCP)はもとより小編成で、そもそもこんな事態を想定していなかった。議事堂が襲撃されるのは1812年に始まる米英戦争で首都が英軍に占領されて以来のことだから、まあ無理はない。 暴徒はナンシー・ペロシ下院議長(民主党)の執務室や下院の議場にも乱入した。混乱の中で双方に多くの負傷者が出た。現時点では警官1人を含む5人の死亡が確認されている。 大統領による反乱は想定外 始まりはホワイトハウス前で開かれたトランプ支持派による抗議集会だった。このときトランプは支持者に、投票の集計結果に異議を唱える共和党議員を応援するために議事堂まで行けと呼び掛けた。 その後にはツイッターへの投稿で、ペンスには「この国と憲法を守るためになすべきことをする勇気がない」と断じ、支持者をあおり立てた。 議事堂占拠という前代未聞の事態を招いてからも、トランプは「平和的な行動を。暴力はなしだ!」と呼び掛ける一方、あの選挙は盗まれたのであり、勝ったのは自分だという従来の主張を繰り返した。そして暴徒たちには、「諸君を愛している、諸君はすごく特別だ」と呼び掛けていた。 ===== もう、お分かりだろう。憲法を守るのは就任式で「憲法を守る」と宣誓した大統領の役目だが、もしも望むなら、その大統領自身が憲法を破ることもできるのだ。 メリーランド大学のマイケル・グリーンバーガー教授によれば、大統領がトランプ以外の人物であったなら、速やかに州兵が出動し、「誰も議事堂に近づけないように」していたはずだ。 こうなるとトランプは反乱教唆で訴追される恐れがあり、それを避けるために自分自身への恩赦を発令する可能性もある。 一方で2度目の弾劾裁判で罷免される可能性もあり、憲法修正25条(副大統領と閣僚の過半数が大統領は職務遂行不能だと議会に通告した場合、副大統領が職務を代行する)が発動される可能性もある。 共和党内にもトランプを見限る動きがある。上院共和党を率いるミッチ・マコネル院内総務は言ったものだ。「彼らはわが国の民主主義を妨害しようとしたが失敗した。この未遂に終わった反乱は、議会の責務がどれほど私たちの共和国のために重大であるかを思い知らせてくれた」と。 前出のグリーンバーガーも「大統領自身が反乱を扇動するのは想定外だった」と言う。その想定外のことが起きてしまった。 もう、無邪気は許されない。 From Foreign Policy Magazine <2021年1月19日号「トランプは終わらない」特集より> (トランプ自身、また「トランプ現象」はこれで終わりを迎えるのか――。本誌では、連邦議会占拠事件が浮き彫りにした「欠陥」、今後のアメリカに残す「爪痕」について特集を組んでいます)