<アメリカのフェアネス(公平性)、イギリス・カナダとの違い、そしてカギとなるのは2026年だという発言も飛び出した。バイデン時代のアメリカはどうなるのか。フォーラム『新しい「アメリカの世紀」?』より(後編)> 「超大国アメリカの没落」など、「アメリカの世紀の終わり」はしばしば議論されてきたが、今後はどうか? 論壇誌「アステイオン」編集委員長の田所昌幸・慶應義塾大学教授と、同編集委員で特集責任者の待鳥聡史・京都大学教授、小濵祥子・北海道大学准教授によるオンラインフォーラム『新しい「アメリカの世紀」?』(主催:サントリー文化財団)を再構成し、掲載する(後編)。 ※前編:「繰り返される衰退論、『アメリカの世紀』はこれからも続くのか」より続く。 ◇ ◇ ◇ 小濵祥子/北海道大学大学院公共政策学連携研究部准教授。1983年生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程を経て、ヴァージニア大学政治学部博士課程修了。博士(国際関係)。専門はアメリカ外交、国際紛争。著書に『ポスト・オバマのアメリカ』(共著、大学教育出版)など。 アメリカのフェアネス ■田所: 話が少し変わりますが、住みやすい国でいうとアメリカはどうでしょうか? ■小濵: アメリカは移民やマイノリティ、留学生でも能力さえあれば認めてもらえるという安心感が私にはあります。人種差別が存在するのは確かながら他国と比較しても、育ちや階級など能力とは関係ないところで競争にそもそも参加できないということは少ないのではないかと......。 田所昌幸/慶應義塾大学法学部教授。1956年生まれ。京都大学法学部卒業。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス留学。京都大学大学院法学研究科博士課程中退。博士(法学)。専門は国際政治学。主な著書に『「アメリカ」を超えたドル』(中央公論新社、サントリー学芸賞)、『越境の政治学』(有斐閣)など多数。論壇誌『アステイオン』編集委員長も務める。 ■田所: 小濵先生のご指摘はかなり適切ですね。ですから、私は競争して負けてしまうのではないかと、アメリカのほうが逆に怖いです(笑)。しかし、イチローであれ誰であれ、ヒットを打ったらヒットであり、ホームランを打ったらホームランだと、そこはアメリカ人は極めてはっきりしています。そこが疲れるところではありますが、競争には勝ちさえすればいいのです。 待鳥聡史/京都大学大学院法学研究科教授。1971年生まれ。京都大学卒業。京都大学大学院法学研究科博士課程退学。博士(法学)。専門は比較政治・アメリカ政治。著書に『財政再建と民主主義』(有斐閣)、『首相政治の制度分析』(千倉書房、サントリー学芸賞)など多数。 ■待鳥: そうですね、アメリカは人の生き血を吸ってというか、世界中の最高の能力や資質を持った人に、最高の成果を出させることで成り立ってるところはありますよね(笑)。しかし、最高の「生き血」を提供してくれた人には最高の処遇を与えるということを約束する国であり、そこがアメリカの「フェアネス(公平性)」です。 ■田所: だからこそ、「アメリカンドリーム」を信じて次から次へと多くの人がやってきて、成功した人たちはアメリカがやはり世界で一番いいと言う。そして成功者が自らアメリカの戦力になっていくという力強さがあります。 イギリスはその点ではやや異なります。イギリス人が言うほどに階級社会ではないと私は思っていますが、やはり地元の人でないと入れないところがあるのは事実です。でも、それはかえって清々しい。つまり中に入ってさえ行かなければ、勝手にやっていてくださいという姿勢です。 イギリスがとても居心地がいいのは、ほっといてくれることです。でも、助けてほしいと頼んだら割と親切に助けてもくれる。そういう意味では、アメリカ人は頼みもしないのに親切にしてくれる人が非常に多いというのが私の偽らざる印象です(笑)。それが人のよさであり同時にフェアで、しっかりやれば確実に認めてくれるという他者への敬意でもあります。そういうアメリカのフェアネスに多くの人が惹かれているのでしょう。 しかし、実際には多くの人が挫折するわけです。競争ですから負けた人たち、特に昔からアメリカにいて負けていった人たちには非常に厳しいのが現実です。それがよく指摘されるラストベルトの人々ですね。 ===== ■田所: ちなみに補足すると、私はアメリカにもイギリスにもカナダにも暮らしたことがありますが、外国人が一番住んでラクなのはカナダです。非常に成功している「マルチエスニック・ソサエティ」だと思います。とても緩いし、競争はあまりしない(笑)。アメリカとイギリスの良いところどりがカナダです。 しかし、世界中がカナダになったら困ります。つまり、「平和ぼけ」という意味では、カナダ人は日本人以上です。理由は非常に簡単で、面倒くさい安全保障上のことは大幅にアメリカにやってもらっているからです。とげとげしい対外関係にほとんどさらされていないので非常に気楽です。先ほど自らのアイデンティティが対外的な脅威に脅かされるという話が出ましたが、カナダ人については自分が何者であるかという点については、危機感が非常に薄い印象を強く受けます。 アメリカの分極化 ■田所: 先ほどラストベルトについて少し言及しましたが、ラストベルトの衰退はもう50年以上前からです。それこそ日本製ラジカセや日本車を壊すなどの暴動も1980年代に起きており、ニュースになっていました。それが今改めてラストベルトがアメリカの衰退の象徴として取り上げられているのは、対中関係が意識されているからなのか、それともトランプ氏がずっと取り上げ続けたことによるものなのか。 よく私たち政治学者は特にアメリカの政治について、分極化や二極化と言いますが、過去のエリートのデータは残っていても、19世紀の有権者がどれほど分極化していたのかというはっきりしたデータはありません。南北戦争のときに世論調査があったわけではないので、そうすると今の分極化というのは、たかだか過去50〜60年と比べているというだけのことかもしれません。「これは初めてだ」と言いますが、実は「みんなが知っている中で初めて」というのが正しいのではないか、と。 ■小濵: 19世紀との比較については確かにそうですね。現在の経済格差や分極化についてのデータにあたってみると、例えば外国生まれの移民人口の数や経済格差は時間を巻き戻すように19世紀の水準に近づいています。今は揺れ戻しの1つの時期ではないかという印象です。 ■田所: なるほど。やはり私が年を取ってしまったのか(笑)、これは以前も起きたことではないかと思いがちなのでしょうね。ただアメリカの場合は先に言及した「ダイナミズム」を活かして、格差や分極化の問題も乗りきったところがありますね。統合と差異化のダイナミズムがずっと続いてきているのがアメリカであるとも見てよいのではないでしょうか。 日本人の目から見ると相当荒っぽいのですが、ダイナミックに問題に立ち向かい、分断を昇華していくエネルギーについて言えば、アメリカはまだ若い国です。政治的にも社会的にもさまざまなイノベーションが起こりうる国、新しいことが生まれる国である、と。 ===== カギは2026年、新しい「アメリカの世紀」へ? ■待鳥: 私も基本的には田所先生に同意です。アメリカはもう駄目だとか衰退論は繰り返されてきました。ですから今回もやはりいつもどおり変わらないと思う気持ちが80%ぐらいあります。しかし、最初の話に戻りますが、どんなに異なっていても統合する大前提がアメリカにはありましたが、これがもしかしたら今回ばかりは壊れているかもしれないという思いが実は20%くらいあります。田所先生はもしかしたら10%くらいかもしれませんが(笑)、私は20%ぐらいは悲観的に考えており、今回は実は危ないかもしれないと思うことがあります。 ■田所: この点について、小濵先生はいかがでしょうか? ■小濵: 私は75%は大丈夫ではないかと思いつつ、25%はもしかしたら? と思っています。 ■田所: より若い世代になるとやはりより悲観的な評価になりますね(笑)。 ■小濵: 私が今後注目したいと思っているのは、アメリカ独立250周年である、2026年です。アメリカは国民意識の淵源を独立や建国、憲法などに求めるしかないので、2026年にはさまざまな記念イベントで再度自らのアイデンティティを確認する作業が出てくるはずです。そこに向けて新しく始まるバイデン政権が4年間でどういうことを積み重ねていけるかということで、そのパーセンテージが変わるのではないかと思っています。 ■田所: なるほど。2026年がカギということですね。では、最後に「アステイオン」93号で特に気になった論考についてうかがえればと思います。 ■小濵: 考えさせられたのは、マーク・リラ氏の論考「液状化社会」です。経済的にも社会的にも液状化した世界の4つのイデオロギーの中で既存の政党の行き詰まり感について、リラ氏ご自身がそれをどう考えたらいいのかというのを模索されてることが非常によくわかりました。特にリラ氏が『リベラル再生宣言』(早川書房、2018年)を書かれた後にリベラル再生を諦めたのか、共和党が新しいイデオロギーを提供できるかが今後の要だと指摘されていることは大変興味深く思いました。今のリベラル側の苦悩について改めて考えさせられました。 ■田所: では、特集責任者の待鳥先生はいかがでしょうか? ■待鳥: 依頼した側としては「どれもすばらしくて評価できません」としか言えないのですが(笑)、個人としては石川敬史氏の「特殊にして普遍的な幻想の超大国」が面白かったです。やはりアメリカ建国期はものすごくダイナミックな時代で、山ほど研究が蓄積されている分野です。それでも研究し続け、しかも何か言えるようになるには非常に手間がかかります。それを日本人が地道に研究し続けるというのは、普通は考えられないことです。その研究を『アステイオン』でご紹介できたということは特集責任者冥利に尽きます。 ===== ■田所: なるほど、ありがとうございます。私からも特集について一言申し添えるとしたら、コロンビア大学教授であるアレクサンダー・スティル氏の「啓蒙の終焉?」についてです。スティルさんは私の長年の友人でもあり、ジャーナリストとしても有力ですぐれた知識人なので、敢えて疑問に思ったことを言ってみたいと思います。 もちろん、スティルさんの論考をお読みいただいた上で皆様にはそれぞれご判断いただきたいと思っていますが、とにかく、今のアメリカのリベラル知識人のトランプ政権に対する受け止め方がよくわかる論考でした。ただトランプ現象への批判や嘆きはよくわかるのですが、トランプに投票した人々への理解なり共感が乏しいのではないか。これではトランプ陣営に勝てないのではないか。彼ほどの優秀な人がどうしてこういう思考回路になってしまったのか? とやや驚いてしまったというのが、私の率直な気持ちです。 また、今回ここで議論したことや「アステイオン」93号の特集「新しい『アメリカの世紀』?」についても後に振り返るような機会を持つことができればと思っています。小濵先生、待鳥先生、本日はどうもありがとうございました。 『アステイオン93』 特集「新しい『アメリカの世紀』?」 公益財団法人サントリー文化財団 アステイオン編集委員会 編 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)