<では、どうするか。バイデンも中国の勢いを封じるため総力を挙げるが、求められるのは対立しつつ協力を仰ぐ高度な二正面作戦。トランプ時代と決定的に異なる対中戦略の3本柱、似て非なる戦術とは?> (本誌「バイデンvs中国」特集より) 史上最高齢でホワイトハウスの主となるジョー・バイデン。彼が米政界きっての外交通であることは周知の事実だが、その指導力が試されるのは中国との関係だ。この御し難い大国と対峙しつつも協力していく持続可能で実効性のある戦略を、果たして描けるだろうか。 言うまでもないが、前任者ドナルド・トランプから引き継ぐ米中関係の現状は奈落の底に向かっている。外交ルートの対話は途絶し、あるのは口汚い非難の応酬だけ。経済面では貿易戦争と技術戦争が激しさを増すばかりで、双方ともデカップリング(経済関係の断絶)が国益にかなうと考えている。軍事面でも互いを最大の脅威と見なし、台湾海峡や南シナ海、朝鮮半島での衝突への備えに余念がない。 前任者トランプの中国政策はあまりに乱暴でお粗末だったが、単純ではあった。何が何でも中国のパワーをそぐ、その一点張りだった。だからデカップリングがアメリカ経済に及ぼす長期的な影響を考慮する必要もなかった。アメリカは偉大だと信じる一国主義者だから、対中政策で同盟国の支持を得るために骨を折ることもなかった。もともと気候変動を否定していたから、その問題で中国と協力する必要もなかった。 中国を国家安全保障上の最大の脅威と見なし、その勢いを封じるためにアメリカの総力を挙げるという点では、民主党のバイデン政権も共和党のトランプ政権と大差ない。だがバイデンは前任者と違って、もっと巧妙かつ持続可能な長期戦略を模索するだろう。 総論的に言えば、その戦略を支える柱は3つあり、いずれもトランプ時代の対中戦略とは決定的に異なるはずだ。 対中戦略の新たな3本柱 第1の柱は、中国を弱体化させるよりもアメリカの経済力・技術力の強化を優先すること。その背景には、経済成長も技術開発も中国のほうが速いため、このままでは流れを変えられないという危機感がある。具体的には国内での教育や医療、製造業や技術部門に対する連邦政府の投資を増やすことになるだろう。 第2は、ヨーロッパやアジアにいる従来からの同盟諸国を糾合して共同戦線を張ること。ハードパワーに関してはアメリカは単独でも中国を圧倒しているが、各国の力を合わせれば中国との新冷戦に勝利できる確率がぐっと高まる。ただし各国の足並みをそろえるには、経済面でも安全保障面でも同盟国との関係を強化し、主要な問題では各国と真摯に協議することが必要になる。 ===== 乱暴だが単純だった前任者トランプ TOM BRENNER-REUTERS 第3は、今の中国が持つグローバルな影響力を考慮して、対決と協力の二正面作戦を採用すること。つまり中国の経済力や技術力、軍事力を弱体化させ、人権侵害を非難する努力を続ける一方で、アメリカの安全と繁栄に不可欠な問題(気候変動への対応や新型コロナウイルス対策、核拡散の防止など)では中国に協力を求めるということだ。 こうした戦略レベルの根本的な変化に加え、バイデン政権の対中政策は(たとえ表面上の目的は同じに見えても)戦術面でトランプ政権のそれとは似て非なるものになる。 トランプは乱暴だったが、バイデンは慎重に、余計な波風を立てずに結果を出そうとするだろう。テキサス州ヒューストンにある中国総領事館の即時閉鎖を命じたり、中国企業が運営する若者に人気のSNSアプリの国内利用を禁止しようとして無用な反発を買ったトランプ政権と違って、バイデン政権は熟慮の上で適切な戦術を選ぶはずだ。 こうした一連の分析を踏まえて予想されるのは、バイデン政権の対中政策がトランプ時代の対決姿勢を踏襲しながらも、主要な分野ではアプローチを変えてくるということだ。しかも、そうした路線修正は政権発足直後から始まりそうだ。 まず期待できるのは、米中間の緊張激化に当座の歯止めがかかることだ。昨年、トランプ政権が中国への制裁措置を乱発したこともあって、これ以上に中国との対立をエスカレートさせる手段は、バイデン政権にはほとんど残されていない。銀行に対する制裁の発動や技術移転規制の強化、さらなる懲罰的関税の導入などの手はあるが、その効果はどれも疑わしく、むしろ世界経済の混乱を招いたり、アメリカ経済に悪影響をもたらす恐れがある。 一方で、バイデンが米中関係の改善に打てる手も限られている。過去1年間にトランプ政権が中国に科した多くの制裁のせいで、バイデンの選択肢がひどく狭められているからだ。追加関税の撤廃や、安全保障上の脅威とされた中国企業への制裁の解除に動けば、共和党からも民主党からも反発を招くだろう。 こんな状況だから、バイデンのアメリカが先に中国側に譲歩するのは難しい。当面は中国政府が先に、関係修復に向けた動きを見せるのを待つしかあるまい。 そうであれば、バイデン政権発足から最初の数カ月間は、トランプ時代ほどに敵意をむき出しにしないけれども米中関係の基調には変化なし、という予測が成り立つ。露骨な懲罰的関税も華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)や半導体大手SMICに対する規制も続くし、香港や新疆ウイグル自治区における人権侵害に対する非難も続くとみていい。 ===== 台湾(写真は蔡英文総統)との距離感は変わる ANN WANG-REUTERS ただし台湾問題については、緊張緩和のシグナルを送る可能性が高い。バイデン政権の国務長官に指名されたアントニー・ブリンケンは昨年7月のブルームバーグとのインタビューで、台湾の民主主義を守るためにバイデンは助力を惜しまないと述べた上で、こう指摘している。「皮肉なもので、こと台湾に関してはアメリカも中国も過去数十年間、実にうまく対処してきたと言える」 外交官らしい微妙な言い回しだが、要するに台湾との関係はトランプ政権以前の状態に戻し、現状維持を最優先するということだろう。既にトランプ政権が台湾に大量の兵器を売却している以上、改めて中国政府の怒りを買うような兵器売却を承認することもないだろう。 いずれにせよ、中国との間で台湾をめぐる新たな軍事紛争を避けたければ、バイデン政権は微妙な綱渡りを続けなければならない。まずは「一つの中国」という伝統的なアメリカ政府の立場に変化はなく、台湾の「独立」は支持しないということを中国に伝え、安心させなければならない。その一方、中国が台湾に対して軍事力を行使すればアメリカは断固として対応するということも、習近平(シー・チンピン)国家主席に明確に伝えなければならない。 バイデン政権発足から数カ月の間に起きる最も重大な変化は、外交的な対話ルートの復活だろう。双方が大物の特使を起用し、気候変動や新型コロナウイルス、核不拡散といった問題を協議することになろう。 言うは易しの外交戦略 他方、以前から同盟関係にある欧州やアジア諸国との連携を強め、アメリカの対中戦略への理解を求めることも必要だ。就任早々に、バイデンがリモート会議で各国首脳と親密な協議をするのは間違いない。 国力の強化、広範な共同戦線の構築、対決と協力の二正面作戦というバイデン政権の基本戦略は、机上では長期的に有望な戦略に思える。だが実行するのは容易ではない。内政面の改革と新規投資によるアメリカの再建という構想には、旧守的な共和党からの反発も予想される。 選挙で負けたとはいえ、一国主義と保護主義と排外主義を掲げるトランプ政治が4年間続いた以上、同盟諸国がアメリカとの関係改善に慎重になるのは必至だ。現にEUは昨年末、アメリカの反対を押し切って中国との包括的投資協定で基本合意している。今や経済面の結び付きに関する限り、アメリカよりも中国とのパイプが太くなっている国は少なくない。 ===== 核拡散防止の問題では協調路線に転じるかもしれない KCNA-REUTERS バイデン政権の対中戦略の成否は、対決と協力の二正面作戦が機能するか否かに懸かっている。面倒な政策課題はひとまず脇に置き、別な政策課題で歩調を合わせればいいのだが、それを実行するのは絶望的なほどに難しい。バイデン政権発足後しばらくは蜜月が続くとしても、その後に安全保障面でも貿易面でも関係が急速に悪化する可能性はある。そうなったらアメリカ側でも中国側でも、是々非々の対応を説く現実主義者の出る幕はなくなる。 だから当面、中国側はバイデン政権の出方を見極めようとするだろう。アメリカ側が協力を求めれば、取りあえず応じる。反米プロパガンダをトーンダウンし、今後数カ月のうちにバイデン政権に外交的な探りを入れ、関係修復への意欲を示すだろう。 トランプ政権の科した経済制裁や中国企業排斥の大部分が政権交代後も続くことは、中国の指導部も承知している。それは計算済みだが、そうした対決姿勢のエスカレートを一時的にでも止めることができれば、中国側の利益となる。 本音を言えば懲罰的関税を全て撤廃させ、新たな貿易協定を締結して長期的に良好な関係を築きたい。それが中国側の望みだが、現状では民主党にも共和党にも根深い反中国感情があること、それを乗り越えるのが至難の業であることを、中国側は理解している。 中国にとって最も望ましいのは、気候変動や新型コロナウイルス対策、さらに核拡散防止などの課題では協力関係を築きつつ、経済や外交、安全保障面での緊張関係を今以上に悪化させないことだ。 米中冷戦を一時停止し、共通の脅威、とりわけ気候変動の問題に対処しながら、直接的な軍事衝突を回避する。皮肉な話だが、少なくともこうした点では両国の短期的な利害が一致している。 バイデンがEUや日本、韓国を含む広範な反中連合の構築に成功した場合、中国側に勝ち目がないことは習近平も理解している。だからこそアメリカと同盟諸国の間にくさびを打ち込みたい。例えば気候変動をめぐる国際的な対話の場では自国の経済力と発言力を武器に日本やEUを抱き込もうとするだろう。 昨年末には15カ国で構成する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉をまとめ、EUとの包括的投資協定でも合意した。アメリカがもくろむ中国の経済的孤立化に対抗する上で大きな成果と言える。 デカップリングの流れは続く アメリカの政界にバイデン流の多国間主義が定着する保証はない。中国側はこの点を強調して、アメリカの同盟国を揺さぶってくるだろう。トランプ主義が消えるわけではないし、オープンな国際秩序を維持する上でアメリカは信頼できるパートナーではない、アメリカに味方して中国の敵になるのは愚かなことだ、と中国の外交官は訴えるだろう。 ===== 新型コロナウイルスや気候変動など共通の脅威については協力を求めたい MARIO TAMA/GETTY IMAGES 中国と付き合う経済的利益と、アメリカに対する信頼の緩やかな崩壊のせいで、アメリカの同盟国の多くは中立的な態度を取り続けたいところだが、適切なバランスを維持するのは難しい。それでも中国と全面的に敵対することは避け、是々非々の姿勢を貫こうとするだろう。 例えば安全保障や人権に関して、アメリカの同盟諸国は明確にバイデンを支持するが、貿易や投資、技術に関しては自国の利益次第でどちらにつくか決めるだろう。また気候変動に関しては、中国とアメリカが国際社会と歩調を合わせるように最大限の努力をするだろう。 バイデンに対抗するために、将来のアメリカの制裁に対する脆弱性を減らすことも中国の優先課題だ。経済面のデカップリングは、中国の力を封じ込めたいアメリカ側が生み出した路線だが、今では中国の指導部も、アメリカの市場と技術への過度な依存をリスクと見なしている。 昨年10月に策定された今後15年間の長期計画を見ると、中国側は内需拡大と自前のサプライチェーン構築を通じた成長戦略を模索している。徐々にアメリカ経済からのデカップリングを進めるつもりでいる。 中国側はアメリカとの対決を、世界の大国としての地位を固めるための長期戦と見なしている。中国にも弱点があることに、習近平は気付いている。しかし時間をかければ勝てるし、勝つための選択肢も増えると信じている。その信念が間違っていると、果たしてバイデンは証明できるだろうか。 <2021年1月26日号「バイデンvs中国」特集より> ===== 【データで見る】米中ハードパワー・ソフトパワー対決 名目GDPで中国がアメリカを猛追。貿易はEU重視に舵を切るも、西側支持はなかなか広がらない。 (チャートはいずれも本誌2021年1月26日号20ページより)