<トランプを恩赦すべきか、説明責任を追及すべきか。そしてトランプ派をどう扱うか。バイデンはウォーターゲート事件後以上に難しい舵取りを迫られている> (本誌「バイデン 2つの選択」特集より) ドナルド・トランプ前大統領の説明責任という重大な問題について判断を下すのは誰しもが難儀するだろう。大統領に就任したジョー・バイデンならなおさらだ。沈黙が続くのも無理はない。 78歳で民主党古参のバイデンは、厳格なアプローチより団結と和解を説くほうが性に合うようだ。1月6日の連邦議会議事堂への襲撃を受けて正義を求める声が高まるなか、バイデンはトランプ弾劾を公然とは(側近によれば私的にも)支持せず、上院に有罪評決を迫ってもいない。 襲撃の扇動、州高官に対する選挙結果の改ざん圧力などの容疑で刑事捜査を行うか否かの判断は、司法省と司法長官に指名したメリック・ガーランド連邦高裁判事に任せる構えだ。一方、ウォーターゲート事件の際のような恩赦で今回の「長い国家的悪夢」を終わらせることも考えていないという。 とはいえ、国内の深い分裂とトランプの説明責任追及を求める圧力の高まりにどう対処するか、バイデンはこれ以上だんまりを決め込むわけにもいかないだろう。 「倫理的な指導者として、トランプがしてきたことを倫理的に拒絶するのが、バイデンの仕事」だと、バイデンの選挙広告を手掛けたメディアコンサルタントのクリフ・シェクターは言う。「アメリカ人の善良な部分に訴えるだけでなく、トランプのようなやり方はしないと示すのだ。トランプがアメリカに与えたダメージについて明言する必要がある」 その上でバイデンは、一見止めようのない勢力(トランプ支持者)と動かし難いもの(トランプに対する処分を求める民主党議員)の間に入り、双方を導いていかなければならない。 バイデンは「癒やし」か「正義」かの二者択一を拒み、自身は思いやりのある老政治家として和解に集中、容疑と裁判の証拠集めについてはガーランドと検察に任せると、側近らはみている。 バイデンは1月14日に新型コロナ関連の1兆9000億ドルの追加経済対策案を発表。自身のアプローチについてこう強調した。 「団結は非現実的な夢ではない。私たちが一つの国として共に成し遂げなければならないことへの現実的な一歩だ」 そのために、新大統領は主導権を握れること(自身が提案するイニシアチブについて広く発信するなど)に重点を置くべきだと、バイデン陣営内の関係者らは指摘する。法案の根拠とメリットを、トランプ支持者と民主党の支持基盤双方の関心を引くような形で提示することが不可欠だという。 「トランプが2024年の大統領選に出馬可能かどうか、ツイートか何かで騒ぎ立てられるかどうかについて、バイデンにできることはない」とガーランドの指名承認を目指す政権移行チーム関係者は言う。 トランプが上院での弾劾裁判で有罪になれば再出馬は不可能だが、それには共和党議員のうち少なくとも17人が賛成する必要があり、決めるのは彼らだとバイデンは考えているという。(編集部注:1月26日、上院はトランプを弾劾裁判で裁くことは「違憲」だとして退ける決議案を反対多数で否決したが、反対に回った共和党議員は5人に留まり、弾劾裁判で17人が賛成する可能性は低くなった)。 「彼にできるのは、トランプ支持者の生活が良くなれば怒りが和らぐと期待して、彼らの不満に向き合う政治課題を強調することだ」 ===== トランプの弾劾条項に署名するナンシー・ペロシ下院議長(2021年1月13日) LEAH MILLIS-REUTERS ウォーターゲートを教訓に その政治課題の大半──追加景気刺激策としての給付金、雇用創出のための大規模なインフラ支出、石炭・鉄鋼業界の労働者にグリーンエネルギー関連企業で必要なスキルを習得させる研修プログラムの構築予算など──は白人労働者階級の多くをトランプ支持に走らせた不安を和らげられるはずだと、バイデン派はみている。 トランプ支持者が広めた、ありもしない「選挙不正」をめぐって2020年の大統領選を再調査する計画はない。 だからといって、バイデンがアメリカ社会の亀裂、特に人種をめぐる亀裂を無視するというわけではない。何らかの成算はあるだろうが、バイデン自身はごくさりげなく触れるにとどめるだろうと、別の側近は言う。 「しかるべき合図、トランプ派に対して彼らの統治者でもありたいというメッセージを送るだろうが、その一方では、白人至上主義を非難し再び脇に追いやる取り組みを支持するはずだ」 だが、そう簡単にはいかないかもしれない。脱急進化を研究しているメリーランド大学のアリー・クルグランスキー教授(心理学)は、バイデンをはじめ民主党幹部はトランプ支持者を辱めたり侮辱したりしないようにするべきだと考えている。 「過激な言葉遣いをトーンダウンし、あらゆる復讐心を軽減することが先決」だとクルグランスキーは言う。「そのためには『選挙が盗まれた』とする人々をはじめトランプに投票した有権者を悪者扱いしないこと。彼らの反感を買えば、再び取り込むことが難しくなる。これまでも党派を超えて協力してきたバイデンなら、資質がありそうだ」 では、恩赦は与えるべきかどうか。 バイデンが直面する問題に唯一似ているのは「長い国家的悪夢」、すなわちウォーターゲート事件だと、大統領史に詳しいテキサス大学のシャノン・オブライエン助教は言う。 リチャード・ニクソン大統領が民主党全国委員会本部侵入事件の隠蔽工作に関与したことが露見。1974年、辞任したニクソンに代わって大統領に就任したジェラルド・フォードは、ニクソンが在任中に犯した連邦法上の犯罪全てに恩赦を与えた。 その直後のギャラップ社の世論調査では国民の53%が恩赦に反対。この恩赦が1976年の大統領選でフォードが民主党のジミー・カーターに敗れた一因だと識者は長年考えてきた。しかし1986年には一転して、フォードは国の前進のために正しいことをしたと考える国民が54%に上った。 事件当時デラウェア州選出の新人上院議員だったバイデンは「彼なりにこれを歴史の教訓とし、フォードが買った反感、恩赦を決断して生じた不信と冷笑主義を避ける選択をするだろう」と、オブライエンは言う。 実際、バイデンは既に恩赦の可能性を排除している。昨年5月、トランプの在任中の財務不正などで捜査の可能性が取りざたされるなか、恩赦の可能性を問われて、バイデンは「一切干渉しない」と答えた。 「司法長官は大統領の弁護士ではない。国民の弁護士だ。司法省がこれほど悪用されるのは前例がない」 ===== 伝家の宝刀にならないワケ 議事堂の襲撃以降、バイデンがトランプに恩赦を与えるかどうか真剣に論じる専門家はほとんどいなくなったが、ジェームズ・コミー元FBI長官は数少ない例外の1人だ。 トランプが再び弾劾訴追された翌日、コミーは英BBCに、トランプの恩赦は「国を癒やす一環として」「少なくとも検討はするべき」だと語った。これに対しソーシャルメディアでは激しい反発が起こり、さながらバイデンがコミーの助言を受け入れた場合の予告編となった。 バイデンがトランプを恩赦することがなさそうな理由は、さらに2つある。 まず、連邦最高裁の判例によると、トランプが恩赦を受けるためには、自身の法的責任を受け入れなければならないと考えられる。そして、恩赦の範囲は連邦レベルの犯罪容疑に限られる。 トランプは大統領時代および就任前の数え切れないスキャンダルのいずれについても、いかなる責任も認めていない。さらに、連邦レベルの追及から解放されても、州や市のレベルで問われる責任は対象外だ。トランプはビジネスや税務申告に関する問題で、ニューヨーク州や市当局の調査を受けている。 また、トランプは1月2日にジョージア州務長官に電話をかけ、大統領選で同州の結果を覆すために必要な票数を具体的に挙げて、票を「見つける」ように求めた。その行為の合法性について調べるかどうか、同州フルトン郡の地方検事が検討している。 「バイデンが恩赦の対象を広げ、トランプがそれを受け入れた上であらゆる責任を否定し、バイデンを悩ませ続けるのはあり得ない」と、米デューケーン大学のケン・ゴームリー学長は言う。 憲法学者のゴームリーは、フォード元大統領にニクソンへの恩赦についてインタビューしたことがある。「民主党支持者を確実に怒らせる劇的な手段を、バイデンが取る利点は何もない」 恩赦の有無にかかわらず、トランプが「ニューヨークで抱える問題を考えれば、人生の残りは法廷で過ごすことになるだろう」と、米クレアモント・マッケンナ大学のジョン・ピットニー政治学教授は言う。 彼は今回の大統領選で初めて民主党に投票した。「民主党陣営の野心的な検察官は誰もが、彼を捕まえる方法を何かしら見つけようとするだろう」 もっとも、トランプが法の泥沼で身動きが取れなくなったとしても、バイデンがトランプ主義者をどのように扱うかという、より大きな問題の解決にはつながらないだろう。この国の根深い分断と激しい感情を考えれば、バイデンが彼らを取り込むという筋書きは現実的ではない。 ===== 弾劾がトランプを英雄にする アクシオス社とイプソス社が実施した世論調査によると、議事堂が襲撃された後も共和党支持者の約半数が、さらに「トランプ共和党員」を自任する人の96%が、トランプは党をよりよくしたと信じている。そして彼らの半分以上が、2024年の再出馬を望んでいる。 「今後4年間は、あまり変化はないだろう」と、反トランプの共和党員らが結成した政治団体「リンカーン・プロジェクト」のアドバイザー、ジェフ・ティンマーは言う。 「トランプ支持者は今も党内の組織を支配し、カネを牛耳っている。トランプは自由の身として、影の大統領を名乗るだろう。再出馬を公言するかどうかにかかわらず、2024年の命運は彼の手の中にある」 1月6日の襲撃の後に、トランプをついに否定した共和党議員もいるが、大きな違いはないとティンマーは言う。多くの人が大統領の振る舞いを非難したが、最終的に弾劾に賛成した共和党下院議員は10人だけだった。 その1人で共和党下院ナンバー3のリズ・チェイニー議員に対し、党内で役職の辞任を求める圧力が高まっている。 「共和党内のエスタブリッシュメントが突然、自らの優位を主張しだすことはないだろう」と、ティンマーは言う。「彼らは支配的ではない。力をそがれている。共和党は当面、トランプが望むような形になるだろう」 効果的な変化は、共和党の外部からではなく内部から生じる必要があると、米バンダービルト大学のロバート・タリッセ教授(哲学)は言う。 「国を癒やし、政治の深い亀裂を修復する責任が、全てバイデンとその政権にあるかのような考え方はできない。真の腐敗は共和党の中で起きている。共和党員は、行動を起こして自分たちの役割を認識しなければならない」 だからこそ、非営利団体「南部貧困法律センター」のマーガレット・ホアン会長兼CEOらは、バイデンがトランプ支持者に歩み寄り過ぎるのではなく、人種間の平等などの経済的・社会的義務について包括的なアジェンダを推進しながら、「和解の少し先に進む」ことを期待している。 バイデンが自分に反対したアメリカ人に手を差し伸べる一方で、自分を選んだアメリカ人のことを忘れないでほしい、と。 トランプやトランプ政権関係者の捜査について、バイデンはガーランド新司法長官に干渉しないだろう。ただし、白人至上主義者の監視については、トランプ政権の司法省は優先順位を下げていたが、バイデンは監視の強化を望んでいる。この問題に近い複数の人物はそう語る。 メリーランド大学のクルグランスキーは、そうした対処は必要だが、下手にやれば分断をあおりかねないと懸念する。 トランプのメッセージにすがりついた白人は、社会の劇的な変化──雇用を消滅させる新しいテクノロジー、進む多民族化、ジェンダーや性的指向を取り巻く社会道徳の変化──が「自分たちの重要性と威厳と敬意を奪っていく」ことを恐れていた。トランプのメッセージを受け入れる機は熟していたのだ。 「大統領を弾劾して罷免したり、退任後に訴追したりすることで、意図せぬ結果が起こることを考慮しなければならない。苦しみを増大させ、トランプが主導してきたポピュリズム運動を強固なものにし、一本化するかもしれない」と、クルグランスキーは警告する。 「トランプを英雄として、殉教者として、永遠に記憶されるアイコンのように見なす人も出てくるだろう。彼の苦難が、戦い続けるためのスローガンになる」 <2021年2月2日号「バイデン2つの戦略」特集より>