<中国だけではない、民主党新政権の外交課題。ロシア、イラン、イラク、欧州、サウジ、北朝鮮......。いまだかつてない内憂外患を抱えつつ、一気呵成な政策転換を目指す> (本誌「バイデン 2つの選択」特集より) 4年前、ホワイトハウスにやって来たドナルド・トランプは最初の100日間で前任者バラク・オバマの政治的遺産を片っ端から粉砕し、逆転させ、「アメリカ第一主義」なるものを打ち出して、先人たちが何十年もかけて超党派で築き上げたアメリカ外交の基本合意をかなぐり捨てたのだった。 今度はそれを、もう一度ひっくり返す番だ。新任のジョー・バイデン大統領は最初の100日間でトランプ時代の主要な政策を破棄し、アメリカが直面するさまざまな安全保障上の脅威に対処すると固く誓っている。 新型コロナウイルス感染症の対策しかり、途方もなく高まってしまった中国との緊張しかり、核兵器を持つ寸前まで来ているイランとの関係しかりだ。 オバマ政権で国防長官を務め、当時副大統領だったバイデンと親交があり、今回の政権移行チームにも加わっていたチャック・ヘーゲルによると、バイデン政権はアメリカの外交的利益と諸外国との関係について、すぐにも戦略的な見直しに着手することになる。 「そこでバイデン政権の外交政策の方向が示されるはずだ」とヘーゲルは言う。「もちろん微調整は必要になるが、まずは羅針盤で北極星を見定め(アメリカの立ち位置を見極め)ることだ。この間のアメリカ外交は進むべき方向を見失っていた。個別の取引をいくら積み重ねても、それだけでは外交にならない」 果たしてバイデンとカマラ・ハリス副大統領のアメリカはどこへ向かうのか。主要な外交上の課題を以下にまとめてみた。 中国の矛先はアメリカでなく台湾に向かう可能性も(習近平国家主席) JASON LEE-REUTERS 1.駆け引きを要する中国 対中強硬姿勢は続くものと予想される。ただし無用な挑発は控え、同盟諸国との協調に目配りする。 まず注意を要するのは、中国が自国の領土と見なす台湾との関係だ。トランプ政権は先に、アメリカと台湾の外交・軍事当局者間の接触制限を解除すると決めた。中国政府はこれに、どう対応するだろう。 「誰も言及したがらないが、こうした動きを中国側が座視するとは考えにくい」と言うのは、ウッドロー・ウィルソン国際研究センターで米中関係を研究しているルイ・チョン。ただしアメリカに対して何かをするより、台湾に対する圧力を強める可能性が高いとみる。 バイデン政権にとっては、香港での民主派弾圧にどう対応するかも大きな課題の1つとなる。香港では今年に入って、何十人もの民主派議員や活動家が逮捕されている。 バイデンはトランプの対中貿易戦争を引き継ぎ、追加関税をすぐには撤廃しないと昨年12月にニューヨーク・タイムズ紙に述べた。また新政権では「中間層のための外交政策」を展開し、知的財産権の侵害からアメリカの雇用と産業を守ると訴えてきた。 バイデン政権の対中政策を形作る人物はカート・キャンベル。ホワイトハウスでインド・太平洋問題の調整役を担う予定だ。 ===== ロシアのプーチン大統領にも米政府は強硬姿勢を崩さない MIKHAIL KLIMENTYEV-SPUTNIK-KREMLIN-REUTERS 2.疎遠な核大国ロシア トランプ自身はロシアのプーチン大統領に親近感を抱いていたが、その政権内にはロシアの孤立化を狙う強硬派が多かった。アメリカを含む諸外国の選挙への介入、偽情報の拡散、ウクライナでの戦争などでロシア政府が果たす役割を問題視し、経済制裁を強化してきた。 バイデン政権では経験豊かなロシア専門家が要職に就き、引き続き断固とした姿勢を打ち出すと予想される。 2月5日にはロシアとの新戦略兵器削減条約(新START)が期限を迎える。新STARTは世界の二大核武装国を縛る核軍縮条約の最後のとりでだ。バイデンもロシア側も既に、その期限延長に前向きな姿勢を示している。 ほかに、少なくとも12の米連邦機関に対するロシアからのハッキング、ノルドストリーム2(ロシアとドイツを結ぶ天然ガスのパイプラインで、アメリカの抵抗むなしく完成に近づいている)、ロシアの反政権指導者アレクセイ・ナワリヌイの身柄拘束などの問題もある。 イランのロウハニ大統領とは交渉再開か BRENDAN MCDERMID-REUTERS 3.イランとの協議再開 トランプはオバマ政権時代に締結されたイランとの核合意を離脱する公約を貫いたが、バイデンも負けじとイラン外交の再開を明言してきた。 だが、核合意は今や形骸化し、イランが核兵器開発に向けて着々と準備を進めるなかで、オバマ政権時代の状態に戻すには核合意を復活するだけでは済まないだろう。 バイデンは昨年9月、「イラン政府には外交再開につながり得る道を示す。イランが核合意を遵守するようになれば、アメリカは継続交渉の出発点として核合意に復帰する」と述べたが、イランは現在、核合意で定めた低濃縮ウラン貯蔵量の上限の12倍を超えた量を保有しており、交渉の場では有利な立場にいる。 バイデンが国家安全保障担当の大統領補佐官に起用したジェイク・サリバンは、新政権はトランプがイランとその代理勢力に科した制裁措置の一部を撤回する可能性があることを示唆している。バイデンとしては核合意への復帰をちらつかせて、共和党政権が重視してきたイランの弾道ミサイル能力増強を阻止する手段としたいところだ。 一部の元政府高官は、バイデンはトランプ政権時代の制裁を利用してイラン政府との交渉には厳しい姿勢で臨むだろうとの見方を示している。 4.イラクからは手を引く? バイデン政権のイラクとアフガニスタンにおける行動計画は、中東からの米軍撤退を目指したトランプの政策を延長したものになるだろう。 トランプやオバマと同じく、バイデンも「終わりなき戦争」を終わらせると約束し、この20年で膨らんだ中東における駐留米軍の規模縮小に言及している。 だが約束するのは簡単だが、実際に戦争を終結させるのは難しい。バイデンは昨年9月、「軍の規模削減については賛成だが、問題がある。テロ(と過激派組織「イスラム国」〔IS〕)については今なお警戒が必要だ」と述べた。 トランプ政権は、ISが掌握していた地域を奪還し、同組織に大打撃を与えたことでは手柄を誇っていいかもしれないが、バイデン政権に残された中東はいまだ不安定だ。 ===== シリアのバシャル・アサド大統領はロシアとイランの後ろ盾を得て今なお権力を保ち、アメリカはISの掃討作戦で活躍したクルド人勢力の戦闘員を支援し続けていることでトルコと緊張状態にある。 バイデンが大統領に就任する直前、クリストファー・ミラー国防長官代行(当時)はアフガニスタンの旧支配勢力タリバンによる攻撃が急増しているにもかかわらず、アフガニスタンとイラクの駐留米軍をそれぞれ2500人規模に削減したと発表した。ミラーは、現地の状況が許せば、5月までに兵の数をゼロにする可能性もあるとしていた。 N ATOの国旗を掲げるドイツ兵 INTS KALNINS-REUTERS 5.欧州諸国とは関係改善へ 4年間トランプにいたぶられてきた欧州諸国とアメリカとの関係改善は、ある意味では楽なはずだ。「バイデンはヨーロッパに顔を出すだけでいい」と、欧州議会でエストニア代表を務める同国の元外相、マリナ・カリユランドは指摘する。 バイデンは、今も尾を引く欧州諸国との摩擦への対処を迫られる。当然、トランプのように強引な手法は取らない。しかしNATO加盟諸国に対して防衛費の増額を求める姿勢は受け継がれるだろう。 一方で、ドイツの駐留米軍の3分の1に当たる人数を削減するというトランプの方針は直ちに撤回される可能性もある。 1月6日に首都ワシントンの議事堂を襲った暴徒に比べれば、ヨーロッパ各国にいる極右過激派などは恐れるに足りないと、バイデンは思っているかもしれない。 だがトランプ時代を見てしまったヨーロッパ諸国は、アメリカへの警戒感を強めている。今後もアメリカの外交力や軍事力、経済力に対する依存度を減らす道を歩み続けるだろう。 ネタニヤフ首相とムハンマド皇太子 MIKHAIL KLIMENTYEV-SPUTNIK-KREMLIN-REUTERS (RIGHT), RONEN ZVULUN-POOL-REUTERS (LEFT) 6.サウジ関係は見直し トランプ政権は、共和党議員をはじめとする米議会の猛烈な反対を押し切ってサウジアラビアを全面的に支持し、イエメン内戦に介入するサウジ側へのアメリカの軍事支援を停止しようとする議会の動きにも抵抗した。 さらにトランプは(サウジ王家に批判的なジャーナリストの)ジャマル・カショギがサウジの工作員らに殺害された一件で自国の情報機関の進言を無視し、サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子の責任を問うこともしなかった。 バイデン政権が示す針路はトランプとは明らかに違う。バイデンは昨年10月、「政権を握った暁にはサウジとの関係を見直し、アメリカの魂を売って武器を販売したり原油を購入したりすることは絶対にしない」と語っている。 また政権移行チームに近い多くの専門家らは、バイデンがイエメン内戦における親サウジ勢力への米軍の支援を終わらせ、サウジと隣接するアラブ首長国連邦に武器を大々的に販売している現状に歯止めをかけるのではないかとみている。 ただしサウジアラビアの地政学的な重要性を考えれば、バイデンが同国との関係を大幅に縮小するとは考えにくい。 ===== 7.イスラエルには距離感 トランプ政権下、イスラエルはアメリカ外交政策のより大きな焦点になった。トランプはパレスチナ人への援助を削減し、アメリカ大使館をエルサレムに移転したが、いずれもトランプ政権がイスラエルと緊密に連携していることを示している。 トランプ政権はまた、イスラエルとアラブ4カ国(アラブ首長国連邦、バーレーン、スーダン、モロッコ)の国交正常化を仲介した。トランプ政権はこれを中東政策における偉大な成果と位置付けている。 バイデン政権は、より中立な立場を取る可能性が高い。 トランプの路線変更を批判していたバイデンは、エルサレムへの大使館移転を「近視眼的で軽薄な行為」と呼んだが、選挙キャンペーン中、彼は大使館はそのままエルサレムに置くと述べた。 また、トランプの下で削減されていたパレスチナ自治区のヨルダン川西岸とガザへのアメリカの援助と開発資金を復活させることを約束した。 バイデンは「2国家共存」を支持すると繰り返し述べている。しかしパレスチナ国家の未来は暗い。1月14日、トランプはアメリカ中央軍の管轄下にイスラエルを含めるよう命じた。これは親イスラエル派が長年主張してきた動きだ。 また1月11日にはイスラエルが、占領下のヨルダン川西岸に新たに800戸の入植者住宅を建設する計画を発表した。バイデン政権への危険な牽制球だ。 8.北朝鮮に打つ手なし トランプと金正恩(キム・ジョンウン)の華々しい首脳会談にもかかわらず、北朝鮮は新型の潜水艦発射型弾道ミサイルらしきものを軍事パレードで見せつけ、バイデン政権を挑発している。 ヘリテージ財団上級研究員で元CIA工作員のブルース・クリングナーは「通常、北朝鮮は韓国やアメリカの新政権が発足すると、最初の数カ月間は彼らを『犬のように調教する』ため、何かしら行動する」と語る。 朝鮮労働党第8回大会での演説では、新兵器開発の野心的な計画が明かされ、アメリカの政権交代で北朝鮮が行動を変えることはないとの意思を示した。 COP25に出席したグテレス国連事務総長 SERGIO PEREZ-REUTERS 9.気候変動には積極関与 政策において最も大きなUターンの1つは、気候変動をめぐるものだろう。トランプは、科学的証拠があり、実際壊滅的な自然災害が発生しているにもかかわらず、長い間気候変動の影響を軽視してきた。 彼は2015年のパリ協定からアメリカを脱退させ、アメリカ国内の環境規制を後退させた。 対するバイデンは気候変動を「現代の実存的な脅威」と呼ぶ。そしてジョン・ケリー元国務長官を気候変動問題担当の大統領特使に起用し、就任初日にはパリ協定に復帰するための大統領令に署名している。 ===== 10.パンデミック終焉に向けて バイデンは、11月の大統領選挙で勝利が確実になると、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)に対応するため、すぐに専門家対策チームを立ち上げた。そして就任初日にWHO(世界保健機関)脱退手続きを取り下げる大統領令に署名した。 バイデンはさらに、パンデミック危機への対応で1兆9000億ドルという大規模な追加経済対策を発表した。 また大統領直属の国家安全保障会議には世界の医療安全保障を統括する部門を復活させる意向とされる。トランプ政権下でリストラ対象だった部署で、新たなトップは前政権の感染症対策に批判的だった人物だ。 From Foreign Policy Magazine <2021年2月2日号「バイデン 2つの選択」特集より>