<5G通信網が人体に害を及ぼすという偽情報がソーシャルメディア上に蔓延し、米情報・治安当局は基地局破壊などのテロを警戒> きっかけは米南部テネシー州ナッシュビルの中心部で昨年のクリスマスに起きた爆発事件だ。現場は通信大手AT&Tの建物の前。そこに止められていたキャンピングカーが早朝に爆発し、建物の一部が損壊して通信システムが一時ダウンするなど混乱が広がった。 現場には車に乗っていたとみられる男の遺体の一部が散乱していた。そこから男の身元が判明。警察はこの男アンソニー・ワーナーが単独で行った自爆テロとみている。動機は不明だが、第5世代(5G)通信網が人体に害を及ぼすという陰謀論を信じて破壊工作を行った疑いが持たれている。 問題は、事件がこれだけでは終わらないことだ。本誌が独自に入手した米情報・治安当局の内部文書は、全米各地で5G通信網を狙った同様の攻撃が続出する可能性を指摘し、警戒強化を指示している。 米情報当局は以前から陰謀論の信奉者が重要なインフラを攻撃する可能性に神経をとがらせていた。新型コロナウイルス感染者の隔離施設周辺の送電網、医療施設、政府機関の建物、5Gの基地局などが標的になる恐れがある。 5G陰謀論がじわじわ広がり始めたのは、通信各社が全米で5Gインフラの整備に着手し始めた2016年頃から。ソーシャルメディアには5Gに関する偽情報があふれ、今やその影響力は新型コロナウイルス絡みの陰謀論に引けを取らない。 国土安全保障省の複数の報告書を見ると、治安当局は昨年初めから重要施設を標的とする「国産テロ」の最大の元凶として5G陰謀論に注目していたようだ。 先に被害が多発したのはヨーロッパだった。イギリスとオランダでは昨年4月までに反5G絡みとみられる攻撃が200件近く発生。この2国で昨年前半に基地局を狙った攻撃は80件を超え、通信インフラへの放火や作業員への嫌がらせも100件以上あった。 「イスラム国」も便乗か アメリカでは特にテネシー州が反5G活動の温床になっている。ナッシュビルの爆破でFBIがすぐに反5G絡みを疑ったのもそのためだ。FBIの報告書によると、同州メンフィス地域では2019年12月4日に複数の通信用鉄塔が放火され、推定12万ドルの損害が発生。アメリカで5G関連施設が物理的攻撃を受けたのはこれが初めてだ。その後、昨年2月17日までに同州ではさらに4本の鉄塔が破壊され、3、4月にも放火の疑いがある数件の火災が起きた。 陰謀論は5Gが人体に及ぼす害をどう説いているのか。「5Gの電磁波がDNAの化学的結合を切り離すことで免疫系の働きが阻害され、病原体の侵入に伴い細胞から活性酸素が放出される」などと一見もっともらしい非科学的な説明がなされていると、ニューヨーク市消防局は昨年4月に発表している。 ===== ナッシュビルで昨年12月25日に起きた爆発事件も反5G派の犯行と疑われている THADDAEUS MCADAMS/GETTY IMAGES 情報当局の報告書を見ると、5Gの基地局が出す電波が呼吸器系を弱らせ、新型コロナウイルスに感染しやすくなるなどといった説も流布しているようだ。 国土安全保障省は昨年5月、新型コロナウイルス絡みの偽情報に関する報告書で、反5Gのデマや破壊活動の増加と危険性に触れ、警告を発した。それによると「5Gが免疫系を阻害する、5Gの周波数帯を通じてウイルスが広がる」といった「虚偽の言説」がネット上にあふれているという。 国土安全保障省は暗号化されたサイトも含めソーシャルメディア上の動きを監視。新型コロナウイルスに絡めて5G施設への攻撃をあおる投稿が明らかに増えていると指摘する。ツイッターには鉄塔を「燃やして倒せ」というハッシュタグ付きで放火を扇動する投稿があふれているらしい。 国土安全保障省の報告書によれば、暗号化されたサイトでは過激派組織「イスラム国」(IS)の支持者が5Gインフラを破壊せよと呼び掛けるメッセージや動画も見つかっている。ロシア政府系の英語ニュースメディア「RTアメリカ」も、5Gの健康リスクを指摘する動画をYouTubeに投稿している。 昨年5月12日、ニューヨーク市警は「取扱注意」の報告書をまとめ、「5Gに関する陰謀論は......人種的・民族的動機による暴力的過激派、悪意ある反政府主義者、特定のイデオロギーを持たないものの偽情報に影響されやすい人物の間にますます浸透していく恐れがある」と指摘した。 同報告書が引用している研究によれば、ツイッター、フェイスブック、YouTubeなどで、5G技術が新型コロナウイルス感染症を引き起こしたと述べた投稿は、昨年の1月1日~4月20日に100万件を超えたという。 「反ワクチン派と5G陰謀論者はかなり重なっており、一部の5G陰謀論者が新型コロナウイルスのワクチン接種を拒む可能性がある」と、この報告書は指摘している。 これ以降、国土安全保障省の「国土安全保障情報ネットワーク」で共有された5G陰謀論関連の報告書は400点余り。そのほとんどは、「極右系」の人たちの間に陰謀論が広がりつつあることに警告を発している。最も有名な「ストップ5G」という運動は、さまざまなソーシャルメディアで5万人を超すメンバーを擁しているとのことだ。 パニックと暴力を扇動 同省によれば、5G陰謀論は、コロナ否定派、過激派、反ワクチン派が自らの主張への支持を広げたり、社会に混乱を生み出したりする道具としても使われているという。 昨年5月1日、フィラデルフィアの携帯電話基地局で、変圧器の火花により小規模の火災が発生した。するとその3日後、「ブリスリング・バッジャー旅団」と称するアナーキスト(無政府主義者)集団が犯行声明を発し、5Gへの懸念が理由でこの施設を標的にしたと述べた。 ===== しかしFBIによれば、この集団が火災を起こした事実はない。ほかの勢力が通信インフラを攻撃するよう促すことを狙った声明だったと、FBIは結論付けている。 ネオナチ集団の内部向けメッセージにも、コロナ危機を「大々的な心理戦を仕掛ける絶好機」と位置付ける投稿があった。「5Gをめぐるヒステリーの広がり」に乗じてパニックと暴力をたき付けよう、というわけだ。 「新型コロナウイルスの感染拡大と5Gネットワークを結び付ける陰謀論は、通信インフラへの攻撃をけしかけている」と、国土安全保障省の対テロ・ミッションセンターも5月13日付の「内部限定」の報告書で述べている。「感染拡大が続けば、通信関連の作業員への攻撃も増えるだろう」とも、同報告書は指摘した。 しかしその後、BLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動と米大統領選に注目を奪われた結果、反5G運動は一時的に勢いを失った。この時期、大手ソーシャルメディア企業も、5G陰謀論関連の投稿ヘの監視を強めるようになった。 それを受けて、反5G活動家たちは昨年9月頃から、ロシアで開発された匿名性が高いメッセージアプリ「テレグラム」やロシア企業が運営するソーシャルメディア「フコンタクテ」に活動の舞台を移し始めたと、国土安全保障省は指摘する。こうして、反5G勢力による攻撃の脅威が再び高まってきたという。 加えて、ある「取扱注意」の報告書は、「ソーシャルメディアのインフルエンサーやセレブが陰謀論を信じ、フォロワーに広める」傾向にも警鐘を鳴らしている。 国土安全保障省のあるアナリストは、本誌にこう述べている(進行中の調査に関してコメントする権限がないことを理由に匿名を希望)。「反5G運動は非常に強力だ。この勢力が反ワクチン派やトランプ支持派と融合すれば、今後も長い間、頭痛の種になるだろう」 <本誌2021年2月2日号掲載>