<アメリカニズムの精神にのっとり、第二次大戦後の経済成長もあって、民間の力で皆保険にしていくべきだという論調が強くなったが、その後、景気の低迷で無保険者が増えていく。しかし医師会は皆保険に抵抗した。論壇誌「アステイオン」93号は「新しい『アメリカの世紀』?」特集。同特集の論考「アメリカニズムと医療保険制度」を3回に分けて全文転載する(本記事は第2回)> ※第1回:「国民皆保険」導入を拒んだのは「アメリカニズム」だった より続く ニューディール期、第二次世界大戦期の挫折――全体主義の否定 労働者の4分の1以上が失業したという大恐慌は、アメリカの政治文化や政治制度に大きな影響を与えた。それまでは州レベルで不況対策を行なうべきだとしてきたものが、連邦政府に解決策を求める声が強まっていった。それまで自由の概念は政府権力からの自由を求める消極的自由が伝統であったが、それに加え、個人の本当の自由を保障するためには連邦政府の関与が必要だという積極的自由の概念が現れた。 フランクリン・ローズヴェルト大統領は、産業の生産統制を実施し、公共事業を起こすなどして雇用を創出し、労働時間を短縮し最低賃金を定めるなどの対応策を実施した。その中で、社会保障制度の拡充も重要政策となった。1935年には、高齢者年金、失業保険、児童扶養扶助などが含まれた社会保障法が成立した。しかしここに医療保険は含まれなかった。ローズヴェルトの政治判断だった。 多くの研究者たちはアメリカ医師会の反対をその理由として挙げる。医師は地域の名士であることが多く、患者のみならず地域社会への影響力もあった。それに加え、アメリカ医師会は各州に強固な組織を持っており、議員に政治的圧力をかけやすかった。しかし、アメリカ医師会が強力な影響力を持つに至った要因として見逃してはならないのは、そのレトリックである。 アメリカ医師会はローズヴェルト政権の医療保険政策案を「社会主義的医療(socialized medicine)」として絶対反対の姿勢を取った。アメリカの伝統的価値とは相入れない危険な思想に基づいた政策であると世論に訴えたのである。ローズヴェルトは社会保障法の早期の成立を優先し、医療保険をそこから除外することを選んだ。 間もなく第二次世界大戦というさらなる国家危機が訪れた。この戦争は未曾有の戦時動員をもたらした。いわゆる総力戦の中では、国家の全ての人的・物的資源が戦争のために動員され、社会的階層に関係なく全ての人々に平等に犠牲を払うことを求める。したがって、総力戦においては富の再分配を伴う政策が行われる。さらに、アメリカ市民の健康をめぐる政策が国防政策の一部になった。市民の健康は、軍隊、軍需産業、そして銃後の支えを強化するために重要になった。その中で皆保険の成立を含む医療制度改革の必要性が唱えられた。 アメリカにおいて、第二次世界大戦は医療に対する国家の関与を大幅に拡大させたが、その程度は日本やイギリスと比べて限定的だった。それはアメリカが戦った戦争は、前大戦と同様アメリカの伝統的価値を守るというイデオロギー的色彩が強かったからである。ローズヴェルトは1940年、アメリカは「民主主義の兵器廠」になると訴えて以降、繰り返し世界の自由や民主主義を守るために戦うことを強調した。 ===== この中で、アメリカ医師会は政府からの独立をある程度まで維持し、これを機に公的医療保険を導入しようとする改革派に抵抗した。連邦政府も全体主義との戦いを進める中で、戦時動員政策をアメリカ医師会の反対を押し切って強引に進めることはできなかった。皆保険導入を目指す改革派は再び敗れたが、戦後にもう一度攻勢に転じる機会が訪れた。 民間保険の拡大――共産主義の否定 総力戦では、戦争に勝利するためにより普遍主義的な社会政策が実施される。そして戦後には、多くの人が払った犠牲に報いるために福祉国家の拡大が図られることになる。イギリスでは1942年に社会保障の拡大を主張したベヴァリッジ・プランが、戦後アトリー労働党政権によって実現された。その中でも国営医療である国民保健サービスの設立は象徴的な存在であった。アメリカでも戦後同様なプログラムを実現しようとする動きが見られた。 総力戦ではアメリカの医療制度の欠陥が可視化され、特に医療アクセスを改善する必要性が認識された。特に徴兵検査で多くの若者が不合格になったことは大きな問題となった。トルーマン大統領は戦後すぐにこの問題に取り組む姿勢を明らかにした。1945年11月には、医療問題に特化した議会演説を史上初めて行なった。 しかしアメリカの戦後は、他の国の戦後とは政治状況が異なっていた。ニューディール期と第二次世界大戦期を通じて、連邦政府の経済への介入が拡大し、社会保障法など政治的に受容されたものもあった。しかし戦後の世論は「平常への復帰」を支持した。すなわち、アメリカの伝統的価値に反して連邦政府が権力を拡大した流れを巻き戻そうとする動きである。1946年に議会選挙において共和党が上下両院で多数を得たのがこれを象徴した。 出鼻を挫かれたトルーマンであったが、1948年の選挙で大方の予想を覆して勝利し、議会でも両院で民主党が多数を奪還した。攻勢に出ようとしたトルーマンの前に再び立ちはだかったのがアメリカ医師会である。ここで再び「社会主義的医療」というレトリックが繰り返された。 「社会主義的医療」という言葉は、それまでも公的医療保険に対するアメリカ市民の警戒心を煽る役割を果たしていたが、戦後はさらにその重みを増した。なぜならば、戦後まもなく社会主義国ソ連との世界的な対立構造が明らかになったからである。資本主義・自由主義陣営の盟主となったアメリカの国内では、マッカーシズムに象徴される「赤狩り」が広まり、民主党のリベラル派は標的となった。このような政治的ムードの中で、皆保険の実現を声高に叫ぶことは困難であった。 ===== 皆保険導入を阻むもう一つの障壁となったのは、戦後急成長を遂げたアメリカ経済である。ヨーロッパの復興需要から始まり、朝鮮戦争によって経済成長は定着し加速した。そして1950年代後半には「黄金の時代」と言われる経済発展を経験した。 経済成長が続いて皆保険への動きが鈍る中で、民間の医療保険が拡大した。民間保険プランは戦時中に給与外手当として認められたことで、戦後も雇用主と労働組合との交渉の材料となり雇用主提供医療保険は増加した。 アメリカ医師会は当初、公営、民営を問わず医療保険に警戒心を持っていた。何れにしても医師の独立を侵すものとして位置付けていたからである。しかし、トルーマンが皆保険の導入を推し進めた際に、アメリカ医師会は民間保険プランの拡大を積極的に支持することで対抗する戦略を採った。アメリカニズムに則って民間の力で皆保険に近づけるべきだと訴えたのである。これは、戦後の資本主義・自由主義の旗手と自認するアメリカでは歓迎された。 しかし1960年代になると医療保険改革が再び注目された。アメリカは経済学者ジョン・ガルブレイスが言う「豊かな社会」になったように表面的には見えるものの、アパラチア山脈周辺地域などでは何世代にわたって貧困状態が続いている白人の貧困層がいることが調査によって明らかにされた。 また公民権運動が勢いを増していくにしたがって、黒人の貧困問題も注目されるようになった。国際政治上でも、ソ連がプロパガンダとしてアメリカ国内の人種差別問題を使って、アフリカなどでの影響力の拡大を図ろうとしたことも、1960年代のケネディ、ジョンソン両政権が貧困問題や人種問題に対処するのを後押しした形となった。しかし社会主義国家ソ連から圧力をかけられたからこそ、アメリカは「社会主義的医療」を受け入れることはできなかった。 ジョンソンの「偉大な社会」をスローガンにした改革の中で問題となったのは、民間の医療保険が行き届かない人々である。民間保険プランの多くは雇用に紐づいていたため、退職者への対処が問題となった。また、貧困者への医療扶助も存在はしたが限定的なものに留まっていた。そこで1965年、高齢者向けにメディケアが、貧困層向けにメディケイドが成立した。 ここで重要なのは、メディケアとメディケイドという公的プログラムが成立したが、それらはアメリカの医療保険制度の根本的な変更をもたらさなかったということである。救済が必要な人々以外は依然として民間保険プランに任意加入とするということに変わりなかった。ソ連を意識しながら資本主義の魅力を高めるための継ぎ接ぎ的な改革であったと言える。1964年の選挙で、ジョンソンは地滑り的な勝利を収め、リベラル派議員が多く当選したが、皆保険を実現することはできなかった。 ※第3回は2月11日に公開予定です。 [参考文献] 山岸敬和(2014)『アメリカ医療制度の政治史――二〇世紀の経験とオバマケア』名古屋大学出版会 山岸敬和(Takakazu Yamagishi) 1972年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。慶應義塾大学法学研究科政治学専攻修士課程修了。ジョンズ・ホプキンス大学政治学部にて、Ph.D(Political Science)取得。南山大学外国語学部英米学科教授を経て、現職。専門はアメリカ政治、福祉国家論、医療政策。主な著書に"War and Health Insurance Policy in Japan and the United States: World War II to Postwar Reconstruction"(Johns Hopkins University Press)、『アメリカ医療制度の政治史──20世紀の経験とオバマケア』(名古屋大学出版会)などがある。 当記事は「アステイオン93」からの転載記事です。 『アステイオン93』 特集「新しい『アメリカの世紀』?」 公益財団法人サントリー文化財団 アステイオン編集委員会 編 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)