<好条件の医療保険は努力した者が獲得できるものであり、努力しない者が政府から保障されるのは我慢ならない......。今後、「アメリカニズム」を再定義できるのか? 論壇誌「アステイオン」93号は「新しい『アメリカの世紀』?」特集。同特集の論考「アメリカニズムと医療保険制度」を3回に分けて全文転載する(本記事は第3回)> ※第1回:「国民皆保険」導入を拒んだのは「アメリカニズム」だった ※第2回:「国民皆保険」に断固抵抗してきたアメリカ医師会のロジック より続く クリントン案の挫折――アメリカの世紀の実現 1960年末からアメリカは困難な時期を迎える。ベトナム戦争での敗北、アメリカの経済力の相対的な低下によって自信を喪失した。そこに1980年の大統領選挙で登場したのがロナルド・レーガンであった。レーガンは、大統領就任演説で「連邦政府は問題の解決者ではない。問題そのものなのだ」と述べ、肥大化した連邦政府が、アメリカが直面する問題の元凶であるとした。 レーガンは「丘の上の町」という言葉を度々演説で引用した。これは後のマサチューセッツ植民地総督ジョン・ウィンスロップが1630年、新大陸への到着を前にして船中で行なった説教の中で出てくる言葉である。神の祝福に満たされた世界の模範となる町を作ろうと彼は呼びかけた。アメリカ例外主義の起源とも言われる説教である。 政策は支持され、レーガンは再選を果たした1984年の選挙で「アメリカの朝(Morning in America)」キャンペーンを行ない、アメリカの復活を強調した。さらにレーガンは軍事力を増強して、ソ連への圧力を強めた。追い詰められたソ連は1991年末に崩壊し、冷戦は終わりを遂げた。アメリカが世界唯一の超大国になり、まさにヘンリー・ルースが言った「アメリカの世紀」が達成されたかのように見えた。 しかし、アメリカは1970年代から続いていた世界の経済構造の変化を止めることはできていなかった。日本や西ドイツの経済力に押され、グローバル化が深化していく中でアメリカ企業の体力が落ちていった。その結果、それまで給与外手当として提供できていた医療保険プランを縮小または停止せざるを得ない企業が増え、無保険者が少しずつ増加していった。 1992年には医療保険制度改革を公約とするビル・クリントンが当選して、政権発足後すぐに皆保険を実現するための改革に取り組むが失敗する。立案過程における秘密主義や、タスクフォースを率いたヒラリー・クリントンの指導力などが原因として指摘されるが、1980年代から始まっていたアメリカの建国の理念、小さな連邦政府への回帰の流れには逆らえなかったことも重要である。 クリントンの改革の試みが挫折した直後の中間選挙で民主党が大敗を喫し、上下両院での多数を1954年選挙以降初めて共和党に明け渡すことになったことは、レーガン路線が強固なものであることを象徴した。選挙戦中に共和党は、ニュート・ギングリッチの指導の下、政策公約を「アメリカとの契約(Contract with America)」としてまとめ、候補者に署名を求めるという前代未聞の戦略で勝利を収めた。 ===== オバマケアの成立――アメリカニズムの矛盾との戦い 20世紀が終わりを迎える時、世界はアメリカ一極体制を目の当たりにしていた。アメリカの伝統的価値観に対抗する政治形態はありえないと信じられ、フランシス・フクヤマはそれを「歴史の終わり」と評した。アメリカはまさに全世界の手本となる「丘の上の町」の地位を手に入れたとも見えた。21世紀に入るとすぐにその足元を揺るがす事態が起こる。 2001年のアメリカ同時多発テロ事件は、アメリカの覇権に対する反発であるとともに、アメリカの伝統的価値観への攻撃でもあった。しかし、レーガンが復活させたように見えた古き良きアメリカは、経済格差問題や人種問題を解決できないままであることが明らかになっていた。アメリカは国内外からの圧力を受けて、アメリカニズムを見直す作業を強いられた。 そこで起きたのは政治の分極化である。共和党内ではティーパーティ(茶会勢力)やリバタリアニズム(自由至上主義)の勢力が大きくなる一方で、民主党からもウォール街占拠デモが現れた。それまでは重要法案であっても超党派での合意形成が図られてきたが、分極化が進む中で次第に困難になっていった。 そのような状況の中で政治問題として浮上したのが無保険者問題である。21世紀に入ると、雇用に紐づく雇用主提供保険を基盤とするシステムの限界がより明らかになった。無保険者数は、2008年には人口比約15%に及んだ。 バラク・オバマは、医療制度改革を公約にして2008年に当選を果たした。政権発足後まもなく2010年3月、オバマケアと呼ばれる改革案を成立させた。懸案となっていた雇用主提供保険に加入できない層を州ごとにプールし、新設の医療保険取引所で保険を購入させる。さらに購入を容易にするために補助金を提供する。 オバマケアは皆保険に大きく近づく一歩であったものの、既存の医療保険システムの根幹には大きな変更は加えられてなかった。民間保険を購入するという仕組みは維持され、雇用主提供保険を中心とするシステムも温存された。また医師や病院などの医療提供側には大きな改革の手が入らなかった。これまで皆保険に対して徹底抗戦で臨んできたアメリカ医師会や民間保険業界などが、オバマケアには賛同したことがオバマケアの限界を象徴した。 オバマケアは本来超党派で成立させることが可能なものであった。その核となる部分は、保守系シンクタンクで考えられたものであり、マサチューセッツ州で超党派の合意によって実施されたものをモデルにしていた。しかし連邦議会では、オバマケアに賛成する共和党議員は一人もいなかった。それには政党の分極化が色濃く影響していた。 ===== オバマケアに反対する共和党のジョン・ベイナー院内総務はオバマケアは「ヨーロッパ型の福祉国家」への道を歩むものであり、それは「アメリカ的気質に合わない」として警戒心を煽った。連邦政府の権力の拡大、連邦政府による医療の乗っ取り、患者の医療に関する選択の自由の制限など、アメリカの伝統的価値に反すると訴えた。 2008年の選挙でオバマが使用した「チェンジ」というスローガンは、何を変えようとしているのかが明確でないなどと言われた。しかし政治学者の渡辺将人がいうように、多様性をデファクトとして認め、同時にもう一層別に統合的な「アメリカ」というアイデンティティを持つためにアメリカ人は「チェンジ」すべきだとオバマは説いていたのだ。2000年代に入って先鋭化した政治の分極化の中で、アメリカを国家としてまとめ上げる新たなアメリカニズムを作ろうとしたのである。しかし8年の任期は、さらなる分極化を見るだけであっけなく終わってしまった。 メディケア・フォー・オールへの動き――新型コロナウイルス、中国との戦い 2016年の大統領選挙に当選したのは、政治の分裂をさらに煽るドナルド・トランプであった。オバマ政権否定、民主党否定の象徴として、オバマケアの廃止を公約とした。そして2017年末の税制改革の中で、オバマケアが定めた無保険者へのペナルティをゼロとすることでオバマケアを骨抜きにした。ただトランプは、オバマケアを廃止することによって何か新たな統合のための価値を示そうとしたわけではなかった。 民主党左派からは一つの答えが提示された。それが「メディケア・フォー・オール」案であった。これは高齢者を対象とする公的保険であるメディケアをモデルにしたものを全住民に適用しようという案で、医療保障は人権であるとより明確に位置付けるものである。主な支持者であるバーニー・サンダースが自ら民主社会主義者を名乗っていることからも分かるように、これまで反対派の武器となってきたレトリック「社会主義的医療」に対して全面対決の姿勢をとるものであった。アメリカの伝統的価値への明らかな挑戦であった。ただそれ故に、共和党からは強硬な反対、民主党内からも多くの議員から慎重な姿勢が示された。 そのような歴史的タイミングで新型コロナウイルスがアメリカを襲った。医療費が高いアメリカでは、感染症の治療のために平均で一人当たり約370万円の費用がかかる。全額負担が容易な額ではない。その結果、無保険者はもちろんいわゆる低保険(保険料は安いが窓口負担が高い保険)に加入している者は検査や治療を控える。そして、この医療格差のラインが、テレワークができるかできないかの経済格差のラインと重なることによって、経済的弱者の感染リスクが増す。また経済的格差のラインが人種のラインとも重なっていることも重要である。 ===== 医療保険はこれまでアメリカンドリームの一つとして獲得するものとされていた。すなわち、努力をして、より良い条件を求めて転職をして、そして好条件の医療保険を提供してくれる企業に就職する。努力をしない者に同様の条件が政府によって保障されるのは我慢できない。アメリカの伝統的価値観に裏付けられた医療保険制度は、市民をこのように分断してきたと言える。 しかし新型コロナウイルス感染症は、他人の健康が自分の健康に直接影響することを知らしめ、医療問題が国家経済に大きな影響を及ぼすことも示した。民主党大統領候補(編集部注:当時)のジョー・バイデンにとって新型コロナウイルス感染の拡大は、医療に対する連邦政府のより大きな役割を主張するための武器になる。問題はバイデンが、そこでオバマができなかったこと、すなわち、アメリカニズムの再定義ができるかどうかである。 しかし状況はもう少し複雑である。過去にも医療保険制度改革の時期に明確な外敵がいたが、今回は中国がそうなりつつある。中国は、新型コロナウイルス感染症を、いわば個人のプライバシーを無視した強権的な手法で押さえ込んだ。トランプは中国との対決姿勢を強めることで、大きな連邦政府の役割を求めるバイデンを「社会主義的」だと攻撃する。バイデンがそれに対してどのように反論するかが注目される。 おわりに アメリカ人の個人の自由に対するこだわり、自分の「生」についての選択する自由に対するこだわりの強さの本質は、日本で育った日本人には理解が難しい。新型コロナウイルス感染症が拡大しても、反マスク運動が起こったり、ワクチンがもし完成しても3人に1人は接種を拒むだろうという調査結果を目にしたりする。まさにパトリック・ヘンリーの「我に自由を与えよ、然らずんば死を」の世界である。それ故に「生」についての選択に関わる医療保険政策は、アメリカのアイデンティティをめぐる議論にまで影響するし、大統領選挙で最重要争点の一つになる。 新型コロナウイルス感染症によって、アメリカ国内では分断が先鋭化した部分もある。しかし同時に、建国の父たちが決めたナショナルモットー「多から一を(E Pluribus Unum)」を再認識する機会にもなった。見えない敵であるウイルスと戦うために、多種多様な人種、民族、宗教、文化の人々は「一」となって行動しないといけない。もはやこれまでのアメリカニズムでは「一」になることが困難である事は明らかになった今、2020年大統領選挙でどのようなビジョンが語られるのかは、アメリカの将来のみならず、これまでアメリカの伝統的価値観を手本としたり憧れの対象としたり、そして時に妬みや憎しみの対象としてきた世界の未来にも影響するだろう。 [参考文献] 山岸敬和(2014)『アメリカ医療制度の政治史――二〇世紀の経験とオバマケア』名古屋大学出版会 山岸敬和(Takakazu Yamagishi) 1972年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。慶應義塾大学法学研究科政治学専攻修士課程修了。ジョンズ・ホプキンス大学政治学部にて、Ph.D(Political Science)取得。南山大学外国語学部英米学科教授を経て、現職。専門はアメリカ政治、福祉国家論、医療政策。主な著書に"War and Health Insurance Policy in Japan and the United States: World War II to Postwar Reconstruction"(Johns Hopkins University Press)、『アメリカ医療制度の政治史──20世紀の経験とオバマケア』(名古屋大学出版会)などがある。 当記事は「アステイオン93」からの転載記事です。 『アステイオン93』 特集「新しい『アメリカの世紀』?」 公益財団法人サントリー文化財団 アステイオン編集委員会 編 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)