<欧米企業の業務アウトソーシング先として急成長を遂げたバンガロールが世界のアプリ開発の中心に? 中国にはないインドのアドバンテージとは> IT大国インド──。これはかなり以前から言われてきたことだ。だが、スマートフォンをはじめとするハイテクデバイスの爆発的な普及が進むなか、東アジアの製造業のサプライチェーンの外れに位置するインドは、このブームの恩恵をあまり受けられずにきた。 ところが、2020年代はデバイスからアプリへと重点がシフトして、インドが地理的なハンディを克服する可能性が高い。 なかでも注目されるのは、インド南部の都市バンガロールだ。ここには多くのスタートアップと、彼らに投資・育成するインキュベーターが存在する。フリップカート(ネット通販)やスウィギー(ネット出前サービス)、ウダーン(企業間通販サイト)、ビッグバスケット(食品雑貨ネット通販)など、インドを代表するIT企業の多くがバンガロールにある。インド版ウーバーのオーラキャブスは、会社の成長に伴い、優秀な人材が見つかりやすいバンガロールに本社を移した。 それだけにバンガロールがインドのシリコンバレーと呼ばれるようになったのも無理はない。だが、この街にはハイテク製品の工場はほとんどない。インドで販売されるiPhoneはチェンナイ(マドラス)で、サムスンのギャラクシーは首都デリーで組み立てられている。 もともとバンガロールは、1980年代以降に欧米企業の業務アウトソーシング先として成長を遂げ、インフォシス・テクノロジーズやウィプロといった大手を生み出してきた。その結果、インドのソフトウエア産業の中心となり、今や世界的にもその地位を築こうとしている。 既に2000年代初頭から、グーグルやIBM、マイクロソフト、シスコ・システムズといったアメリカのビッグ・テックは、インドの研究開発拠点をバンガロールに置いてきた。それがこの街にスタートアップカルチャーと積極的な投資をもたらし、インドにおけるアプリ開発の中心地となるのを後押ししてきた。 まとまった統計は乏しいが、インドは多くの国にとって最大のアプリ開発アウトソーシング先だ。インドで働くソフトウエアエンジニアの数は、アメリカに次ぐ世界第2位。2024年にはそのアメリカも追い抜く可能性が高い。 問題はその利益を、インド政府が国全体の雇用創出に再投資できるかだ。インドはコールセンターなどの業務アウトソーシング先としてサービス輸出大国になったが、貧困や失業といった社会問題はほとんど解決されなかった。 非熟練労働者にも雇用を インドがグローバル経済のバリューチェーン(価値連鎖)の中でもっと上位に行くためには、世界のアプリ開発の中心としての成功をプログラマーという中間層の雇用創出だけでなく、労働者階級の雇用創出にもつなげなければならない。 そのためには、アプリ開発業者がプログラミングだけでなく、上流から下流まで事業を多様化する必要がある。例えば上流では、機械学習アルゴリズムの訓練データを用意する作業がある。画像に映っているアイテムのタグ付けや、道路の料金所や制限速度といった情報を登録する作業は、高い技能がなくてもできる。 ===== 下流ではさらに莫大な雇用創出の可能性がある。フリップカートの倉庫作業員や、オーラのドライバーなどだ。 中国などハードウエアの製造・輸出によって大きな成長を遂げた国は、製造業をアップグレードすることで多くの雇用を創出してきた。とりわけ世界的な金融センターである香港と、製造業の中心である東莞に挟まれた中国の深圳は、第2のシリコンバレーと呼ばれるまでに成長した。 深圳にもアプリ開発のエコシステムがあるが、国内市場をターゲットにした会社がほとんどだ。アリババや滴滴出行(ディーディーチューシン)、TikTok(ティックトック)など、外国で大きな成功を収めているサービスやアプリもあるが、あくまで少数派だ。 しかもアメリカの制裁(ジョー・バイデン新大統領の就任後も続きそうだ)と、中国政府によるイノベーターや起業家に対する締め付けの強化で、多くの外国企業は対中投資に慎重になっている。 中国との決定的な違い その点、インドには重要なアドバンテージがある。中国のような規制のない自由なインターネット環境、エンジニアとプログラマーのほぼ全員が英語を話せること、そして世界最大級のインターネット利用人口などだ。実際、インドはアップルのiOS系アプリでも、アンドロイド系アプリでも、ダウンロード数は世界一だ。 しかもインドのテクノロジー企業は、国内市場だけでなく、グローバル市場に完全に統合されている。アップルやグーグルやマイクロソフトにはかなわないかもしれないが、そもそもそれを目指す必要はない。グローバルなエコシステムの中で、アメリカのライバルと共存し、繁栄し、競争し、協力することができるはずだ。 究極的には、バンガロールも深圳も、第2のシリコンバレーにはならないだろう。インターネットの世界では、各分野で頂点に立てる企業は1つしかない。そのことに気付いた中国は、グローバル市場を捨てて、中国企業だけが活動する、厳しく監視された箱庭をつくった。 その戦略は目覚ましい成果をもたらしたが、究極的には自滅的だ。確かに中国企業も画期的なアプリをいくつか生み出してきたが、アプリ経済を牛耳る基本システムのiOSやアンドロイド、そしてウィンドウズに取って代わる可能性はゼロだ。 インドは中国のようにインターネット環境に壁を張り巡らせるのではなく、グローバル市場にどっぷりつかってきた。アメリカの大手プラットフォーム企業は既にバンガロールに拠点を持ち、地元のアプリ開発エコシステムに投資している。 こうした投資をバンガロールやハイデラバードなどのテクノロジーハブだけでなく、全国の雇用創出につなげられるかは、インド政府次第だ。 From Foreign Policy Magazine <本誌2021年1月26日号掲載>