<バイデン新政権誕生で強まる中国の軍事的威嚇、新たに「東沙諸島」が習近平の標的になる理由> 中国による台湾への軍事的威嚇が強まっている。中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は「台湾統一への強い自信と決意」を表明したが、実は台湾統一は一向に近づいていない。「台湾アイデンティティー」が広がった台湾では、「統一お断り」が民意の主流である。その現実にいら立つ中国メディアは「台湾に懲罰を」という主張を繰り返している。中国のやり方は暴力で家族を支配する行為に似ていて、台湾の気持ちはますます離れていく。 現時点では、中国が台湾侵攻作戦を敢行する可能性は低い。それは、台湾軍の抵抗、米軍の介入、国際社会での反中感情の高まりが予想されるからである。しかし今年7月の中国共産党創設100周年、そして来年の第20回共産党大会を「中国の夢」で壮大に演出したい習は、台湾問題で何らかの「成果」を示したいであろう。そこで浮上してくるのが東沙諸島だ。 台湾が実効支配する東沙諸島は南シナ海の北東に位置する環礁で、東沙島だけが「島」である。飛行場があるが島の大きさは約2800×860メートルしかない。台湾の海巡署(海上警察)職員や研究者が常駐するが一般住民はいない。東沙は地理的に中国沿岸から近く、台湾本島からは距離がある。台湾本島からは約410キロあるが、広東省の汕頭(スワトウ)からは約260キロしかない。現在は台湾の海軍陸戦隊約500人が守備に就いているとされるが、平坦な地形で基本的に防衛は不可能な島だ。 中国軍は常時奪取可能 以前、東沙はほとんど顧みられなかったが、南シナ海の戦略的重要性が高まったことで注目度が増してきた。太平洋からバシー海峡を通って南シナ海に入る入り口に位置するので、中国が東沙を支配すれば南シナ海にふたをする形となり、艦船や航空機の通過を監視・牽制する門番の役割を果たす。 東沙への警戒を大きく高めたのは、昨年5月の「中国軍が東沙諸島の奪取演習を計画」という共同通信のスクープ記事だ。中国軍は東沙と台湾本島の間の海・空域で活発に活動し、台湾の補給路を断つ演習を集中的に行ったとみられる。上陸演習は海南島など別の場所だった可能性が高い。10月には、東沙島に補給物資を運ぶ台湾の航空機が高雄から離陸したが、香港の航空管制から「安全を保障できない」と通告され、やむなく引き返す事件があった。 軍事専門家は「中国軍がいつでも東沙の補給路を断つこともできるし、奪取しようと思えばできる状況にある」とみている。 ===== 東沙への軍事行動といっても、(1)周辺での軍事演習の常態化から始まり、(2)補給の航空機と艦船に嫌がらせをするグレーゾーン、そして(3)海・空域の封鎖で補給路を断つ、(4)攻撃予告で台湾軍を撤退に追い込む、(5)上陸作戦による奪取ーーまで段階的なオプションがいくつもある。 ここで重要なのが米中の駆け引きである。ジョー・バイデン新政権は就任後すぐに「われわれの台湾への約束は岩のように固い」と表明し、空母打撃群を台湾の南のバシー海峡付近から南シナ海へと航行させた。一方、中国軍は2日間にわたって爆撃機など計28機を発進させ、台湾の防空識別圏に侵入し、その先を航行する米空母を標的とする対艦ミサイル発射の演習を行った。米中共に台湾をめぐって一歩も引かない立場を示した形だ。 中国軍は東沙諸島上陸を想定した演習を行っているとされる(写真は2011年のタンザニアでの訓練) XINHUAーGAMMA-RAPHO/GETTY IMAGES 習にとって「一石数鳥」 いま中国が台湾本島を攻撃すれば米軍が動くであろうし、日米で強い反中感情が巻き起こるであろう。しかし、日米で東沙諸島を知っている人はまずいない。米世論も「台湾から離れた無人島で米兵を死なせるのか」と受け止める可能性がある。中国は、バラク・オバマ米政権期に南シナ海で環礁を埋め立て軍事基地化した成功体験を持っている。 加えて中国が、米軍が動きにくい台湾の周辺でバイデン政権の出方を試す可能性がある。米中関係の主導権を握るため、まずバイデン政権の出鼻をくじいておいて、その上で米民主党が重視する地球温暖化対策、コロナワクチン提供、貿易の国際ルール作りなどでアメリカの顔を立てるといった高等戦術もあり得る。 中国は過去4年間、ドナルド・トランプ政権によって忍耐を余儀なくされたという思いがある。主導権を取り返そうと考えるのが自然である。「東沙の有事は台湾有事と比べると国際社会の批判も大きくはならないし、なっても一時的」と、習指導部が計算する可能性もある。 そうなれば台湾には大きな打撃だ。これで台湾社会にパニックが起これば、習には儲けものだ。つまり中国にとって、やり方とタイミングをうまくすれば「一石数鳥」ものプラスを得られる可能性がある。それは3期目を目指す習が政権を継続する理由にもなる。これが東沙のリスクだ。 実際に何も起こらなければそれが一番よい。ただ日本が危機感を持っておくことは戦争の予防につながる。万が一、中国が台湾本島あるいは周辺島嶼へ武力行使することがあれば、日本で強烈な反中感情が巻き起こり「日中関係は10年も20年も正常化できなくなる」という見通しを、日本政府だけでなく日本の社会が発信する必要がある。 日中友好と平和を願うのであれば、まず「中国に武力行使をさせない」という決意を固めなければならない。 <本誌2021年2月23日号掲載>