<議事堂襲撃事件でトランプへの求心力は急落、ヘイリーは「2024年」を制するのか?> ニッキー・ヘイリーはドナルド・トランプに忠実だった。国連大使を務めたが、あの男と仲たがいすることなくホワイトハウスを去った。トランプ政権で稀有な例だ。娘婿で最側近だったジャレッド・クシュナーも言っていた。彼女が戻ってくるならいつでも大歓迎だと。 しかし1月のあの出来事でヘイリーは心変わりしたらしい。FOXニュースの番組に出演した彼女は昨秋の大統領選について、およそ非トランプ的な見解を披露している。 「たくさんの女性、たくさんの大卒者に見放された。私は彼らを取り戻し、党の裾野を広げたい」。彼女はそう言った。「1月6日はひどかったし、選挙後の大統領の行動は、褒められたものじゃなかった。それが残念。なぜならトランプ政権の成果は誇らしいものだと、私は本気で信じているから」 これを聞いて、共和党内部には激震が走った。2024年の大統領選には自分が立つと宣言したに等しいからだ。ヘイリーは礼儀正しくトランプ政権の業績をたたえたが、あの男からは距離を置いた。そこが次期大統領の座を(ひそかに)狙う他の男たち(テキサス州のテッド・クルーズやフロリダ州のマルコ・ルビオら)とは違う。匿名で取材に応じたトランプ陣営の元幹部によれば、そのときトランプの取り巻き連中は「頭から火を噴いた」そうだ。 襲撃事件で勢力図が一変 サウスカロライナ州知事を2期務めたヘイリーは、明確に企業寄りで典型的な共和党政治家だが、選挙では女性や大卒有権者からも広く支持された。口に出してこそ言わなかったが、彼女は確信している。トランプ(の亜流)では女性や大卒者の支持を取り戻せないが、自分ならできると。新副大統領のカマラ・ハリス(順当にいけば民主党の次期大統領候補となる可能性が高い)と同じインド系の女性という点も、選挙戦では有利に働くだろう。 彼女が示唆したとおり、1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件で共和党内の勢力図は一変した。あの日までは、昨秋の大統領選で共和党候補者として史上最多の7400万票を獲得したトランプこそが次の大統領選でも最有力候補と目されていた。彼が出ないとすれば、後継者は長男のドナルド・トランプJr.かテキサス州選出上院議員のクルーズ。そんな空気だったが、あの日を境にトランプの政治的な求心力は一気に低下した。2度目の弾劾裁判でも無罪にしてもらえたが、以前ほどの影響力を回復するのは難しい。 トランプJr.の野心にはみんな気付いている。2016年の選挙戦中から、彼は集会にもテレビにも出まくり、SNSでも活発にメッセージを発信していた。ひたすら父親を守り、批判派を攻撃することに徹してきた。支持者の心をつかむ術にたけているし、それを楽しんでいるようにも見えた。政治経験はないが、そのことは父親のときと同様、むしろプラスになるはずだ。 そして1月下旬の時点でも、共和党支持者に限ればドナルド・トランプの支持率は落ちていなかった。NBCの調査で、共和党員の87%は大統領時代のトランプの仕事ぶりを評価すると答えていた。 ===== ならば息子が政界に転身しても前途は洋々──のはずだったが、1月6日の議事堂襲撃の後、彼の政治的野望はついえてしまった。あの暴挙を「教唆」したとされる集会で、彼は父親の前座を務めていた。その後も、彼はSNSで父親のあの日の言動を擁護し続けた。まるで、あの日のことは忘れてくれというように。 本気じゃないよね、そんなことはもうやめてくれ。父親を支持してきた人たちでさえ、そう思った。「トランプ家の誰であれ、政界で生き残りたいなら今は父親のイメージからの脱却に全力を傾けるべきだ」と、前出の陣営の元幹部も言う。 共和党はかつて父ブッシュを尊敬していたが、その息子が失政を重ねると、あっさり見捨てた。同じように、もうトランプ家の面々には退場願おうと考える人は共和党の中枢にも少なくない。 そこで台頭してくるのがヘイリーだ。高卒の白人男性ばかりという現状の支持基盤を広げたいのなら、当然の選択肢だろう。彼女の両親はインドからの移民だし、州知事として行政経験も豊富だ。 トランプ政権で国連大使になってからも粛々と任務をこなした。諸外国の国連大使からの評判もよく、その主張にぶれはなかったという。トランプほど強引ではないが、ちゃんとトランプ流の政策を貫いていたと見なされている。 だから共和党内にも、ヘイリーこそトランプ主義と伝統的な保守主義をつなげる人材だと考える人々がいる。この人たちが目指すのは「トランプなきトランプ主義」。トランプのやり方は乱暴過ぎたが、トランプ政権のやったことは正しかったと、彼らは考えている。再選は果たせなかったが、それでも7400万票も集めたではないかと。 女性初の副大統領になったカマラ・ハリスはヘイリーの好敵手(写真は1月の就任式) ANDREW HARMIKーPOOLーREUTERS 是々非々で政策を承継か ヘイリーの友人たちによると、彼女はずっと前から、トランプの主張に対する党幹部の見方は間違っていると考えていたようだ。 確かにトランプの言い分は共和党の旧来の主張にそぐわないが、実のところ未来はトランプの側にあるのではないか。例えば、自由貿易よりは保護貿易がいい。外国にいるアメリカの兵隊は母国へ帰らせよう。同盟諸国にはもっと防衛費を負担させよう。不法移民は排除しよう。そういうトランプの主張を採り入れてこそ共和党の未来はある。彼女はそう考えているらしい。 ===== 保守系シンクタンク「民主主義防衛財団」のクリフォード・メイ理事長に言わせると、ヘイリーは「まっとうな新トランプ主義者」だ。トランプの掲げた主張は踏襲しつつ、彼の乱暴な振る舞いは(いわば、材木にやすりをかけて滑らかにするように)改めていく。これならトランプの好戦的な姿勢に反発していた人たちも戻ってくるかもしれない。 ただしヘイリーには、決定的にトランプと異なる点もある。例えば人種差別の問題だ。彼女の友人たちが好んで口にするのは、地元サウスカロライナ州のチャールストンにあるエマニュエル・アフリカン・メソジスト監督教会で白人至上主義者が9人の黒人信者を殺害した2015年の事件だ。 これにショックを受けたヘイリー(当時は州知事)は、州都コロンビアの州議会議事堂前に昔から掲げられていた南部連合旗(南北戦争で南軍が使用した旗)を降ろそうと提案した。もちろん、有権者からの反発や抵抗が大きいことは予想できた。でもそれを承知で、ヘイリーは超党派の支持を集めるために奔走し、結果を出したのだった。 同州選出のティム・スコット上院議員は、そのとき超党派の合意ができた経緯についてこう語っている。「あのときは本当に優しい心をもって、弱者の立場を代弁する必要があった。でも彼女はそれを、見事にやってのけた」 南部連合旗の撤去に、アフリカ系アメリカ人や民主党の州議会議員が賛成するのは当然だった。しかしヘイリーは州共和党の大物ポール・サーモンド(超右派として鳴らした故ストロム・サーモンド元上院議員の息子)らも口説き落とし、超党派の合意を取り付けることに成功した。 少なからぬサウスカロライナ州民があの旗に一種の「敬意」を抱いていることは、彼女も承知していた。しかし彼女は、あれがアメリカ史における最も醜悪な部分の象徴であることを理解させた。そしてついに旗が降ろされた日、ヘイリーは言ったものだ。「わが州にとって、今日は素晴らしい一日となった」 「元ボス」と戦う覚悟もある そうした判断、そうした振る舞いのできる資質こそ、2024年の共和党大統領候補には求められる──少なくともヘイリーの同志たちはそう思っている。 彼女なら「トランプ的な政策を、トランプ的な混乱なしで実現できる」。ヘイリーと懇意なある上院議員は、昨秋の選挙前からそう言っていた。「州知事として冷静かつ現実的な実務能力を発揮した実績があり、国連大使として外交の経験も積んだ。しかも移民の子で、全てがエレガントだ。トランプJr.であれ誰であれ、これだけ条件のそろった彼女に勝てるはずがない」 ===== そこへ降って湧いたのが1月6日の議事堂襲撃。あれでますますヘイリーの出番が近づいたと、支持者たちは考えている。彼女自身もそれに気付いているのだろう。数週間後にテレビで、トランプを批判したのがその証拠だ。 ヘイリーが大統領選への出馬を視野に入れていることは、彼女の周辺では公然の秘密だ。一昨年のクリスマス前にフロリダ州パームビーチで開かれた保守系団体の年次総会でのこと。日暮れ時のカクテルパーティーには共和党の重鎮や大口献金者、保守系メディアの司会者らが集まった。トランプと親しい人たちもいた。 もちろんオフレコだから、「トランプの次」は誰かという微妙な話も出た。するとヘイリーの名が挙がった。「彼女は野心家だから」と言ったのは、自身も大統領選への出馬をささやかれている某上院議員。「いやまあ、底なしの野心だよ」 その場に居合わせた筆者は、ヘイリーが自著で「自分が野心家だと思ったことは一度もない」と書いている事実を指摘した。すると、みんなが顔を見合わせて、何か言いたそうだったけれど何も言わず、そろって笑いだした。 ヘイリーがなんと言おうと、彼女の野心がホワイトハウスに住むことにまで及んでいるのは明らかだ。もちろん、当面はトランプの出方を慎重に見極めるしかない。しかしトランプが再出馬を断念すれば、ヘイリーは共和党の最有力候補の1人になるだろう。たとえトランプが潔く身を引かなくても、ヘイリーは出馬して以前のボスと戦うだろうと予想する友人もいる。 「今はまだ100%出馬するとは言えないが」と、ヘイリーと長年にわたって政治的な同盟関係にあるサウスカロライナ州のある政治家は匿名を条件に語った。「だが1月6日の事件にヘイリーはショックを受け、嫌悪感を抱いた。いずれ彼女は自問するはずだ。自分ならこの混乱を収拾できるか、と。もちろん答えは決まっている。イエスだ」