<暴動の数日後に国民芸術勲章を授与された「ナパーム弾の少女」のカメラマンの心の内> カメラマンのニック・ウットがドナルド・トランプ米大統領(当時)から国民芸術勲章を授与される2日前、別の著名人が受章を辞退した。NFLのニューイングランド・ペイトリオッツのヘッドコーチ、ビル・ベリチックだ。彼はトランプの長年の友人で、ウットと同じ週に大統領自由勲章を授与される予定だったが、1月6日の連邦議会議事堂での暴動という「悲劇的な出来事」を理由に辞退した。 それでもウットは辞退しようとは思わなかった。ベトナム出身で、2017年まで50年以上もAP通信のカメラマンとして勤務した彼にとって、授与式は個人的な節目であり、長いキャリアの頂点だった。 彼の写真で最も有名なのは、ベトナム戦争でナパーム弾から逃げまどう子供たちを捉えたものだが(裸の少女が泣き叫ぶこの「ナパーム弾の少女」は世論を変えた)、山火事や暴動、ハリウッドのセレブなども撮影してきた。なぜトランプからの勲章を受け取ったのか、ウットが本誌ジェニー・ハワードに語った。 ◇ ◇ ◇ ドナルド・トランプ大統領が私にホワイトハウスで国民芸術勲章を授与したがっていると聞いたときは、とても興奮した。授与式は昨年3月の予定だったがコロナ禍の影響で延期された。1月13日に決まったと12月に連絡があった。 1月11日に友人でカメラマンのマーク・エドワード・ハリスとワシントン入りし、議事堂の周りで少し写真を撮った。州兵の写真を何枚か、そして(議事堂での暴動で)死亡した警官にささげられた花束の写真。いい1枚だった。 私はこれまで暴動や抗議活動を数多く撮影してきた。ロドニー・キング事件に端を発した1992年のロサンゼルス暴動や、昨年のBLM(黒人の命は大事)運動などだ。危険はあるかもしれないが、ベトナム戦争で写真を撮った経験もあり、むちゃはしない。議事堂での暴動は悲しい光景だった。抗議は平和的にやるべきだ。抗議するのに人を殺す必要はない。 暴動前のトランプ支持集会は見ていない。私が勲章を受け取ることに怒っている人も多いだろう。だが私の人生だ。私はもう老人で、トランプ大統領が賞をくれるのはうれしい。大統領からの賞というところに意義がある。 ===== 授与式の前に挨拶したら、大統領は上機嫌だった。「ナパーム弾の少女」の写真の話をし、会えてうれしいと言った。私とファン・ティ・キム・フク(写真の少女)がサインした写真を渡すと、大統領は大喜びした。彼が勲章を私の首に掛けた瞬間は、私の人生で最も幸せな瞬間だった。 そのときは1度目の弾劾訴追が決まったとは知らず、「幸運を」とだけ言った。私は友人たちから、危険だからワシントンに来るなと警告されていた。勲章を受け取ったことでいろいろ言われるだろうが、構うものか。私個人への勲章なのだから。 実はトランプが大統領になる前にロサンゼルスで会ったことがある。彼は私が撮影したベトナムの写真をとても気に入っていて、「ニック、君の写真は世界を変えた」と言った。「ナパーム弾の少女」のことだ。あの写真はベトナム戦争中、AP通信の仕事をしているときにタイニン省チャンバンの村で撮影した。 1972年6月8日の午前8時頃、チャンバンの村に着いた。何時間か撮影してサイゴン(現ホーチミン)に戻ろうとしたとき、軍用機がナパーム弾を投下するのが見えた。爆弾が爆発するのを、あんなに近くで見たのは初めてだった。 村には誰も残っていないと思っていたが、村人たちが国道を走っているのが見えた。撮影を始めて数分後、両腕を広げて走ってくる少女が見えた。ひどいやけどを負って瀕死の状態だった。すぐ水を掛け、40分近く車を走らせて地元の病院に運んだが、受け入れを拒まれた。記者証を見せて「彼女が死んだら、彼女の写真が世界中の新聞のトップを飾るぞ」とすごむと、病院側はすぐに彼女を受け入れた。 アメリカは自由の象徴だ サイゴン支局に戻り、撮影したキムの写真を同僚たちに見せた。意見は割れた。9歳の少女の裸の写真だぞ、という声も上がった。昼食から戻ったホルスト・ファース支局長は写真を見て、なぜすぐにニューヨークに送らなかったのかと言った。写真はニューヨークに送られ、世界中に配信された。 私が助けていなかったら、キムは死んでいただろう。そして私は一生自分を許せなかっただろう。 ===== トランプは「ナパーム弾の少女」を絶賛した MARK EDWARD HARRIS 終戦から何年もたってハノイを訪れた。ベトナムの人々は私に怒っているだろうと思っていたが、みんな私を見て喜び、泣きながら言った。 「あなたは戦争を終わらせた。私たちがこうして生きているのは、あの写真のおかげだ」 1977年にロサンゼルスに移り住み、40年以上にわたってロサンゼルス暴動からO・J・シンプソンの裁判まで大きなニュースを追ってきた。(俳優の)ロバート・ブレイクから昼食に招かれたこともある。彼は当時、妻殺しの容疑で裁判中で、私以外には写真を撮らせたがらなかった。 ジョー・バイデンの大統領就任式までワシントンにいるつもりだ。会場に入れたら、バイデンと(副大統領になる)カマラ・ハリスの感動的瞬間を捉えたい。いい写真が撮りたい。 数年前にAP通信を退社したが、写真はやめない。指が痛くてシャッターを押せなくなったら別だが、今はまだ元気で毎日写真を撮っている。 アメリカ市民になって本当に幸せだ。カメラマンとして世界を旅することができる。私にとってアメリカは自由の象徴だ。よりよい未来を願っている。私は戦争がどんなものか知っている。多くの人が死ぬのを見てきた。この国でそんな光景を見たくない。