<ミャンマーで圧倒的シェアを誇るフェイスブック、ネット上で市民を恫喝する国軍の利用を禁止したが> ミャンマー(ビルマ)でクーデターが起きてから5週間。国軍による市民への攻撃は過激さを増し50人超の犠牲者を出す惨事になっているが、抗議活動を諦めない人々の姿は今も路上にあふれる。国民が一丸となって主権の奪還を求めて戦う傍らで、民主主義を懸けて軍と戦うもう1つの「戦士」がいる。フェイスブックだ。 軍やその関係者は戦車や銃弾だけでなく、フェイスブックを中心としたソーシャルメディア上でもプロパガンダや恐喝めいた投稿を通じて市民への攻撃を強めている。そのためフェイスブックはクーデターが始まって以降、ミャンマーの現地スタッフを総動員して24時間体制でモニタリングを続けている。 2月12日には「誤った情報の拡散を続けている」と、国軍を偽情報の発信源と断定。軍が運営するフェイスブックページやコンテンツがフェイクニュースを拡散し続けているとして、それらの数を減らすと表明した。さらにそうしたコンテンツを「おすすめ」としてフィードに表示することも中止するなど、軍が運営するページのコンテンツ配信も大幅に縮小すると決定した。投稿自体は禁止しないものの、タイムライン上に流れる機会を大幅に減らした形だ。 そしてデモ隊への発砲で死者が出た状況を重く見たフェイスブックは2月25日、「軍のフェイスブック利用を認めることのリスクがあまりに重大」だとして、ついに軍や軍関係者の全てのアカウント利用を停止すると発表した。 「フェイスブックはさらなる緊張を高める偽情報などのコンテンツをなくすため、ミャンマーにおける政治的状況をつぶさにモニタリングしている」と、フェイスブック東南アジ担当で公共ポリシー責任者であるラファエル・フランケルは言う。 「市民の安全な状況を確保し、暴力やヘイトスピーチ、有害な偽情報など私たちのポリシーを破るコンテンツを削除している」 ネット=フェイスブック プロパガンダやヘイト投稿への対応は今や全てのソーシャルメディアの課題だが、ミャンマーにおいてことさらフェイスブックが注目されるのは、その影響力ゆえだ。 50年に及ぶ軍事政権が続いたミャンマーは、2011年に民政移管を成し遂げて以降、多くの国民がスマートフォンを手にするようになった。なかでもフェイスブックユーザーは劇的なスピードで増え続け、現在は国民約5700万人のうち半数以上が利用している。ツイッターやインスタグラムなどを含むSNS全体に占めるシェア率では、実に94%以上を誇る。検索もグーグルやヤフーよりフェイスブックの検索機能が多用される。ミャンマー国民にとって、フェイスブックとインターネットは同義語だ。 ===== 今回のクーデターにおいても、Z世代と呼ばれる若者たちを中心にフェイスブック上での抗議活動が勢いを増している。2021年2月22日には「2」が5つ入るこの日に大規模なゼネストを起こし、「22222運動」として歴史に刻もうと呼び掛ける投稿が瞬く間に拡散。これを受けたデモはクーデター以降最大規模となり、全土にわたって約100万人に及ぶ市民が参加した。 また、治安部隊がデモ抗議に参加していた市民らに発砲して2人が死亡した際も、現場から担架で運ばれる負傷者の姿や、銃撃を受けた直後の被害者の様子を捉えた映像が次々にフェイスブックで拡散された。 一方の軍も、フェイスブックやユーザーの対応に徹底抗戦してきた。クーデター直後には国家の「安定」を保つためとして、フェイスブックの遮断措置を取った。 弾圧を受けるミャンマー軍 REUTERS 軍はあらゆる手段で抵抗 これに対し、市民が次々とバーチャル・プライベートネットワーク(VPN)を経由してフェイスブックに「復帰」して抗議の声を拡散し続けると、軍は「インターネットに関する当局の管理権限を強化する新法案」の策定に動いた。要はインターネットを規制する巨大な権限を軍に付与するという内容で、利用者の個人情報を提供する義務も含まれるとされる。 言論の自由が侵害されるとの懸念を募らせた市民は即座に反応。法案の草案もまた、フェイスブック上で拡散された。さらにフェイスブックやグーグルなどが加盟するアジアインターネット連盟は2月11日、「国軍指導者に市民を検閲し、プライバシーを侵害する前例のない権力を与えることになる」との懸念を表明した。Z世代をはじめ、軍への非難が国内外で高まりを見せている。 それでも国軍の暴走は止まらず、次々と狡猾な手段を使い市民に恐怖を植え付けている。例えば2月12日には、突如として2万3000人以上の服役囚らを釈放すると発表、実行に移した。市民の間では恐怖から疑心暗鬼が生まれ、夜中に彼らが民家に放火する、子供を誘拐するなど、真偽の定かでない情報がフェイスブック上で多数拡散され始めた。軍は自ら投稿せずとも、市民を通じて恐怖の拡散に成功したわけだ。 ヤンゴン出身のある女性はこう話す。「この手法は1988年のクーデター以降、軍の常套手段。市民の連帯を破壊しようと企んでいる。複数のショッピングモールなどが軍に攻撃されるだろうという噂も流れた」 検証されないままの写真や映像はさらに蔓延し、「服役囚が覚醒剤を打たれて解放され、暴動をそそのかされている」「服役囚が貯水タンクに毒を混入しようとしている」などの噂も広がるなど、軍発信とみられる投稿はその攻撃の手を緩めなかった。 ===== さらに、軍関係者とみられる人物が別のソーシャルメディアを介する形でフェイスブックの警戒網をくぐり抜け、ヘイト投稿を続けている。 例えば、先ごろ急速に拡散された投稿がある。軍隊のメンバー、または軍隊に傾倒しているとおぼしき過激化した若い男性がスマートフォンで自撮りした映像で、鋭い表情を見せながらこう語った。「今夜11時にパトロールに出る。アウンサンスーチーを支援する全てのマザーファッカーを撃ち抜き殺してやる」 実は、こうした映像は若者に人気の動画共有アプリ、TikTokが最初の発信源となっている。軍関係者は新たなソーシャルメディアも使いこなし、そこから発信された映像をフェイスブックにも流し込んで拡散しているのだ。 恐怖をあおるばかりではない。時には軍こそが被害者であるかのような投稿もされている。例えば、軍が運営する病院では「今日も大勢の患者の診療が無事終わった」などとして、軍服姿の男性に感謝している患者の写真や、「テロリスト」らに攻撃されけがをした警察官の写真がアップされている。「テロリスト」とはデモ参加者のことで、負傷した警察官が病院のベッドで軍人にケアされているというわけだ。あからさまなヘイト投稿ではないものの、軍に痛めつけられている市民からすれば看過できない「ニュース」だろう。 ミャンマーでSNSシェア94%のフェイスブックは国民にとってインターネットそのもの Ann Wang-REUTERS ヘイト検出「99%」だが 軍のプロパガンダやヘイト、或いは恐怖をあおる投稿と対峙するフェイスブックは、その対応実績に胸を張ってきた。彼らは昨年11月の総選挙以降からヘイトスピーチなどの削減に取り組んでいるが、その際にヘイトを含むコンテンツ35万件に対処し、その99%は人目に触れる前に検出して削除したという。昨年の第2四半期にもヘイト規定を侵害した28万件のコンテンツを削除したが、フェイスブックに通報が寄せられる前の段階で、97.8%を先んじて検出したと誇る。 確かに同年の第1四半期には83%であったことから、数字上は検出の精度は確実に上がっている。だが現実を見れば、軍やその信奉者とみられる人々は手を替え品を替え、民主主義を求める国民に対する攻撃を繰り広げている。「検出率99%」は、どこかむなしく響く。 フェイスブックは、ヘイトスピーチや憎悪や暴力を扇動するコンテンツに対して人工知能(AI)を駆使して対応に当たっている。だが、各国で異なる複雑な歴史的背景や政治的文脈が存在するなか、ローカル言語による書き込みのニュアンスをAIはどのレベルまで捉え切れているのだろうか。そこには限界もあるのではないか。 もっとも、フェイスブックが対応に躍起になるのはミャンマー国民の正義や民主主義のためだけではなかろう。国際社会はこのところ、ヘイト投稿の取り締まりが甘いとしてフェイスブックに厳しい視線を向けている。 ===== 昨年2月には、EUの欧州委員会がフェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOに対してヘイト投稿やフェイクニュースに対する「全ての責任から逃れられない」と断じ、フェイスブックは媒体にすぎないとして罰則の回避を求めたザッカーバーグの主張を拒んだ。 またヘイト対応の遅れに業を煮やしたスターバックスやコカ・コーラなどの大手民間企業も同社への広告を一時的にキャンセルするなど、厳しい姿勢で迫っている。 悪いことに、フェイスブックにはミャンマーにおける「前科」もある。18年、イスラム教徒の少数民族ロヒンギャの虐殺問題で調査を行った国連は、その報告書でフェイスブックがロヒンギャに対する「憎悪拡散を試みる人々にとっての都合のいいプラットフォーム」になっていると指摘した上で、同社の対応が「非効率かつ遅きに失している」と厳しく断罪。フェイスブックも対応の遅れを認めた。 「憎悪をあおるソーシャルメディア」という不名誉なレッテルを貼られたフェイスブックにとってミャンマーで起きているクーデターは名誉挽回の機会でもある一方、対応を誤れば信頼が地に落ちかねない修羅場でもある。ミャンマー軍と市民の対立は、フェイスブックにとっても民主主義の精神を証明する戦いなのだ。 それでもミャンマー国民はフェイスブックを「相棒」に軍と戦っている。 デモ隊の取り締まりを強める捜査当局は、デモが解散した後の夜間を狙い、住宅地を訪れてはデモ参加者を拘束する。そうした動きに対処するためのマニュアルもフェイスブックで共有されているのだが、マニュアルで最も大切なことは「当局者が来たらフェイスブックライブで中継すること」だ。 ある女性市民は言う。「今この瞬間も市民たちは隠れながら必死にスマホで撮影してフェイスブックに投稿し続けている。軍が私たちの分断を画策するならば、私たち市民はあらゆる人種が集結して、フェイスブックを武器に連帯を示す」 国民の信頼に応え、自らに注がれた汚名をそそぐことができるのか──フェイスブックが背負う十字架は重い。