<DNAや細胞膜などに欠かせないリンをもたらし、生命誕生に大きく寄与したのは、40億年前に頻発した落雷現象だったという。最新の米英共同研究が明らかにした...... > 驚くべき発見をもたらしたのは、地を穿つ一本の閃光だった。米中東部・シカゴ郊外のグレンエリンの街に暮らす一家は、2016年のある日、裏庭に轟音が響き渡るのを聞いた。地面には炎がくすぶり、小さな火事さながらだ。焼け焦げた土の合間からは、見たこともない奇妙な形状の岩が顔を覗かせている。隕石が墜ちたに違いないと思った一家は、地元のウィートン大学の地質学部にすぐさま連絡を取った。 報せを受けたのは地質学の教授だったが、当時学部生として教授の下で学んでいたベンジャミン・ヘス氏は、教授が実に冷静に判断を下したと振り返る。一般にはあまり知られていないが、隕石ならば大気との摩擦で数秒間は高温になるものの、地面に落下した時点で相当に冷たくなっているはずだ。教授はすぐに、隕石ではなく落雷が起きた可能性を疑った。 教授の直観は正しかった。現地を調査したところ、裂けた土のあいだから顔を覗かせている隕石のような物体は、フルグライトと呼ばれる落雷の「足跡」であることが判明した。 雷が地表に達すると、高熱によって砂が瞬時にガラス質の岩石に変化し、フルグライトあるいは雷管石と呼ばれる物質を形成することがある。落雷したポイントから地中に放電した跡がそのままフルグライトとして残るため、当該の地点を掘り起こせば、まるでガラスでできた木の根のような形状の物体が出現する。 以上のような発見の経緯は、米公共ラジオ局のNPRが詳報している。同局はまた、今回のフルグライトの希少性について論じている。フルグライト自体はさほど珍しいものではないが、通常は砂漠やビーチなど乾燥した土地での回収事例が大半を占める。それ以外の土壌にできたフルグライトは、地表部分が土に埋もれてしまうことから見つけるのが困難なのだ。民家の裏庭で回収されたこのサンプルは、基礎となった土壌が異なる点で貴重なものだと言えた。 回収されたフルグライト サンプルの分析は当時学部生だったヘス氏に託され、氏は英リーズ大学の研究者たちの協力を得て調査に取りかかった。問題のフルグライトを分析したところ、極小の奇妙な球形の物質が観察された。確認の結果、それはシュライバーサイトと呼ばれる希少な鉱石だと判明する。ことの重大さを知った瞬間、研究チームは色めき立った。ヘス氏の専門である地質学の域を越え、それは、40億年前の生命誕生の謎に迫る発見だったのだ。 ===== 落雷の高音、希少な鉱石を生成 シュライバーサイトとは、鉄とニッケルがリン化してできる、珍しいタイプの鉱石だ。水と反応することで、環境中にさまざまなリン化合物を放出する。リンはDNAやRNAを構成する必須要素であるだけでなく、細胞膜の形成や、あらゆる生物がエネルギー源としているアデノシン三リン酸の生成などにも欠かせない。生命にとってなくてはならない存在だ。 生命がどのようにリンを獲得したのかについて、これまで落雷に注目した学説は存在しなかった。もちろん40億年前といえど、地球上にリンが存在しなかったわけではない。しかし、その大部分は硬い鉱石の内部に閉じ込められており、とても生命の一部として利用できる状態ではなかったはずだ。 だが、落雷がフルグライトを形成し、そこにシュライバーサイトが含まれるというのなら、この問題は一気に解決する。ヘス氏たちの研究チームは、自然科学を扱う学術誌『ネイチャー コミュニケーションズ』に寄せた論文のなかで、そのしくみを次のように説明している。 落雷を受けた地表のポイントは高熱を帯び、摂氏約2700度にも達する。この熱がリンと鉄など鉱物中の元素の反応を促し、水溶性のシュライバーサイトを生成する。降雨や海面変動などで当該部分が水面下に沈むと、そこから水溶性のリン化合物が溶出し、生命に必須のリンを生み出すというわけだ。 問題は、地球上の生物が命をつなぐのに十分な量のリンがこの過程だけで得られるかどうかだ。その点においては、40億年前当時の気象条件がヘス氏たちの説に味方した。 初期の地球では、現在よりも大量の二酸化炭素が大気中に存在し、これにより温暖化現象が起きていたと考えられている。一般に、大気の温度が上昇すればするほど雷はより頻繁に発生し、その規模も大きくなる。生命の誕生前後には、年間10億から50億回と、最大で現在の9倍程度の数の雷が発生していた。研究チームの試算により、このうち最大で10億回ほどが地表への落雷に至っていたと判明している。 一方、シカゴ郊外に出現したフルグライトは、全体の0.4%ほどがシュライバーサイトで構成されていた。これらの数字をもとに推定を進めたところ、少なくとも毎年110キロ、最大で11トンほどのリンが生成されていたとの結論が得られた。地球上の生物の成長と繁殖を維持するのに十分な量だ。 ヘス氏の専門は地質学だ。しかし、シュライバーサイトが生命誕生に重大な貢献をしたと知るやいなや、「私たちの研究の主眼は完全にシフトしました」と氏はスミソニアン誌に打ち明けている。こうして、少し珍しい落雷による鉱物を研究するだけのはずだった氏のプロジェクトは、期せずして生命誕生の謎の手がかりを掴むこととなった。 ===== NASA地質学者「説得力ある」 リンの起源を探ったのは、ヘス氏たちが初めてというわけではない。これまでに広く支持されているのは、地球外からの隕石によって運ばれてきたとする学説だ。シュライバーサイトは一部の隕石にも含まれる。ヘス氏ら研究チームも、隕石がリンを地球にもたらしたとする説を否定するものではないと述べている。落雷とあわせ、二重の供給源が確保されていた可能性は十分に考えられそうだ。 NASAの地質学者であるダナ・カシム氏は、第三者として両方の説を支持している。スミソニアン誌に対し、隕石説の重要性は変わらないと語りながらも、ヘス氏の落雷説は「説得力のあるシナリオ」だとの見解だ。 MITテクノロジー・レビュー誌は、ヘス氏の落雷説を強く支持している。理由として同誌は、「35億年から45億年前に生命が誕生したころ、隕石の衝突は指数関数的に減少していた」と指摘する。加えて同誌は、もし大量の隕石が降り注いでいたなら、後の世の恐竜絶滅のように生命に危機をもたらした可能性もある、との意見を披露している。 ヘス氏たちの説はさらに、地球以外の惑星にも応用できるという。氏は米CNNに対し、「私たちの発見は、雷が発生するような大気を持つ、あらゆる惑星に適用できると考えられます。相応の数の雷がその惑星で起きている限りにおいては、生命の出現に必要なリンの供給源が存在し得るということになります」と語り、地球外生命体の存在に可能性を残すものだとしている。 2006年にシカゴ郊外の裏庭を焦がした一本の閃光は、ヘス氏らのチームによる長年の努力の末に、生命誕生の謎を照らす新たな研究へと昇華した。 What Happens When Lightning Strikes Sand