<今週、野村HDや日本のメガバンクにも及んだ損失の連鎖の背景には、1998年のヘッジファンド危機の時と同じ過度のリスクテイクがあった> 米国株式市場はこの1週間、大きな揺れに見舞われている。発端は先週3月26日に米投資会社アルケゴス・キャピタル・マネジメントがデリバティブを利用してポジションを積み上げていたメディア大手バイアコムCBSやディスカバリーなどの株式が、年初来の大幅上昇による割高感や増資発表を嫌気した強い売り圧力にさらされたことだ。 アルケゴスは担保の追加請求(追い証)に応じられず、ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどが同社の持ち分を強制的に清算するために前代未聞となる総額200億ドル(約2兆2000億円)以上のブロック取引を行った。アルケゴスはこのほか、中国検索大手の百度(バイドゥ)の米国預託証券(ADR)なども保有していた。 今週に入り、野村ホールディングスやクレディ・スイスをはじめとする世界の主要金融機関が相次いで同社との取引に関連して多額の損失を計上する可能性を明らかにしたことで、市場の揺れはさらに増幅した。国内では、三菱UFJ証券ホールディングスやみずほフィナンシャルグループも無傷ではいられない様相となっている。 市場では、今回の騒動を事故に例える向きがある。コロナ対策としての未曾有の経済対策や大量の資金供給を追い風に株高基調が続く中、市場参加者の警戒感が緩み、気が大きくなっていたところに起きた事故であるとの見方だ。 過度なレバレッジと不透明な取引実態 一体何が問題だったのか。 まずアルケゴスが「トータル・リターン・スワップ」というリスクの高いデリバティブ(金融派生商品)を多用していたことが挙げられる。報道によれば、同社は複数の金融機関を通し、約100億ドルの運用資産にレバレッジを効かせて500億ドル前後ものポジションを保有していた。トータル・リターン・スワップなどデリバティブのポジションは開示義務がないうえ、同社は個人資産の運用を目的に設立される「ファミリーオフィス」の形態を取っているため、規制の監視をほとんど受けていなかった。 それゆえ取引実態が不透明だっただけでなく、金融機関が互いにアルケゴス関連のエクスポージャーを正確に把握できていなかった可能性が指摘されている。 米著名投資家のウォーレン・バフェット氏は20年近く前からすでにトータル・リターン・スワップの危険性について警鐘を鳴らしていた。2002年の株主への手紙では、1998年に巨額の損失を被り、米連邦準備理事会(FRB)が異例の救済劇を繰り広げたヘッジファンドのロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)がトータル・リターン・スワップを用いていたとして、これを含むデリバティブ商品は「今はまだ息を潜めているものの、(市場に)致命的な損害を与える危険をはらんでいる金融の大量破壊兵器だ」と危機感をあらわにした。 ===== 過度なリスクテイクに関連するもう1つの問題は、金融機関サイドの危機管理が疎かになっていたことだ。 アルケゴスの創業者であるビル・フアン氏は、ヘッジファンド界の伝説的存在であるジュリアン・ロバートソン氏が設立したタイガー・マネジメントの元トレーダーとして高い運用成績を残した経歴を持つ。だが過去にはインサイダー取引で有罪となり、ウォール街ではしばらくブラックリストに載っていたと言われる。 ところがここ数年、大手金融機関は同氏との取引を再開しただけでなく、多額の手数料収入を目当てにこぞってサービスを提供していたようだ。 ブルームバーグの編集主幹はアルケゴスを取り巻く状況を「リスク管理の破滅的な機能不全」と呼んだ。 LTCMやベアー・スターンズではない 目下懸念されているのは今回の騒動が金融システム全体に波及する可能性だが、市場では今のところこれが単発的な事故であり、損害が連鎖的に拡大する恐れはないとの見方が優勢のようだ。 アリアンツ首席経済アドバイザーのモハメド・エラリアン氏はヤフー・ファイナンスとのインタビューで、短期的かつ直接的に波紋が広がる恐れはないとし、「これはLTCMでもベアー・スターンズでもない。過剰レバレッジとポジションの集中にデリバティブが重なった個別の案件で、起きるべくして起きた事故と言える。(中略)だが、金融システムの大規模なレバレッジ解消を引き起こすものではない」と述べた。 とはいえ注視していく必要はあるとして、「システムに流動性があふれかえると、過度で場合によっては無責任なリスクテイクにつながる」と警告した。 今後の注目は、これを機に規制強化や透明性向上に向けた動きが活発化するか否かだ。米証券取引所(SEC)はフアン氏に対する初期段階の調査を開始したと報じられているほか、イエレン米財務長官は今週、就任後初めて開催した金融安定監視評議会(FSOC)でヘッジファンド活動に関連する最近の相場動向について議論し、金融安定へのリスクなどを調査するため専門の作業部会を5年ぶりに復活させることを決めた。 ウォール街に批判的なエリザベス・ウォーレン上院議員はツイッターへの投稿で、アルケゴスの破綻は「危険な状況を作り出す全ての要素を持っている」とし、「次に勃発するヘッジファンドの問題が経済を道連れにしないよう透明性と強い監視が必要だ」と訴えた。 ジェンキンス沙智 フリーランスジャーナリスト兼翻訳家。テキサス大学オースティン校卒業後にロイター通信に入社し、東京支局で英文記者としてテクノロジー、通信、航空、食品、小売業界などを中心に企業ニュースを担当した。2010年に退職・渡米し、フリーランスに転向。これまでに、WSJ日本版コラム「ジェンキンス沙智の米国ワーキングマザー当世事情」を執筆したほか、週刊エコノミストやロイターなどの媒体に寄稿した。現在は執筆活動に加え、大手金融機関やメディアを顧客に金融・ビジネス・経済分野の翻訳サービスを提供している。JTFほんやく検定1級翻訳士(金融・証券)。米テキサス州オースティン近郊在住、愛知県出身。