<「仕事を始めたいけど、イマイチ気分が乗らない」「やる気が出ない」「自信をもって仕事にのぞみたい」......。そんな悩みをもつ人は少なくない。一体どうすればいいのだろうか?> 自信満々でいられる人は、世の中そう多くない。もっと自信があったら、あれもできるこれもできると思ったことはないだろうか。筆者も自信がもてなかったり自信を失いかけたりして悩んだことがある。そんなとき、自己啓発本をいろいろ読んでみたものの、あまり腑に落ちなかった。 今年1月末に発売された『自信がなくても行動すれば自信はあとからついてくる』(ラス・ハリス著、岩下慶一訳、 筑摩書房)は、自信がない状態から「自信がもてる方向へ」と導いてくれる本だ。ACT(アクト)という心理療法を使い、読者に繰り返しエクササイズに取り組むよう勧める。よくある自己啓発本とは違うアプローチを知りたい人は、手に取る価値があるだろう。 版元によると発売後1カ月で重版が決定し、注目度は高い。どんなハウツーが説かれているのか。訳者・岩下慶一氏へのインタビューも交え、本書の要点を紹介しよう。 ACT本は、よくある自己啓発本ではない 本書は『The confidence gap』(2010年初版)の翻訳本だ。オーストラリア在住の精神科医、ラス・ハリスによる一般向けのACT本『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』『相手は変えられない ならば自分が変わればいい』に続く日本語版シリーズの第3弾だ。 第1弾の『幸福に~』は30カ国でヒットし、日本語版も12刷と驚くほど売れている。2冊目『相手は~』はとくに男女のパートナーシップの改善法を説いている。 ACT=アクセプタンス&コミットメント・セラピーは、アメリカの心理学者スティーブン・C・ヘイズが、うつ症状の治療のために開発した。1990年代から徐々に広まったが、効果が非常に高かったため、現在では不安やストレスといった心の不調のほか、麻薬中毒の治療にも使われている。ACTの専門家であるハリスもこれによって自身の不安を乗り越えてきたひとりだ。 ACTは日本のクリニックでも実践されているが、コンセプトは複雑で奥深い。専門書が多数あるなか、一般の人たちが日常的に取り組めるレベルまでかみ砕いたのは、『幸福に~』が初めてだったという。 訳者の岩下氏は、シリーズとの出合いを次のように話す。 「僕は心理学が専門ではないため、『幸福に~』の訳を依頼されたときはちょっと戸惑いました。でも、ACTについて勉強しながら訳していき、内容も面白くてとても楽しい仕事になりました。本書に出てくるエクササイズもすべてやりました。自分の専門ではなかったがゆえにどう表現したら理解しやすいかがよくわかったので、逆によかったですね」 ===== ラス・ハリス著、岩下慶一訳の一般向けACT本 第3弾『自信がなくても行動すれば自信はあとからついてくる』(筑摩書房) 本書には「なるほど!そういう見方もあるのだ」という点がいくつも出てくる。まずは、ACTとほかの心理的アプローチとの違いをはっきりさせておこう。 ① ACTは行動を重んじる:自分の望む人生の助けになることを実行する。逆に役に立たない場合は行うべきではない。② ACTは宗教でも精神世界の教養でもない:「人との比較をやめよう」「自分を愛そう」「理想の状況を想像すれば実現する」というような特有の価値や真理のようなものはACTにはない。価値や信条(自分軸といってもいいだろう)は自分で見つけ出す。③ ACTは瞑想ではない:ACTは呼吸や現在の行動に集中することを重視するが、瞑想のように、いま、ここにいるという感情にひたってリラックスすることは目的ではない。④ ACTは悟りへの道ではない:ネガティブなことや苦痛に感じることを払い去る方法でもない。それらは当然あるものとして、それを活かす道を探るメソッドである。 (『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』ラス・ハリス著、岩下慶一訳、 筑摩書房、2015年刊 「第19章」より) ACTの基本コンセプトは、「心を変えるのは難しい、しかし行動は(心のブロックがあっても)変えやすい。まず行動から変えていけば、心の状態は時間差を経て変わる」という考え方だ。 自信満々で取り組むなんて間違い 岩下氏に本書『自信がなくても行動すれば自信はあとからついてくる』でもっとも印象に残った点を挙げてもらった。 「衝撃的だったのは、自信をつけた状態で何かに取り組もうとすることは間違いだという指摘です。自分のことを考えてみたのですが、僕はテニスが大好きで、試合のときに自信をもって臨もうといつも思っていました。でも、そう思って自信が出たかというとそうではなかったのです。本書では、自信なんて気にしなくていいから、とにかく、いまやっていることに意識を向けてただやるんだ!というのです。確かに、自信がつく状態を待っていたら10年経っても試合前に自信満々にはならないでしょうね」 いまやっていることに集中するというのは、ACTでもっとも重要なポイントだ。余計なことを考えず現在の行動に集中すると、雑念が起きにくくなる。また起きたとしてもすぐに受け流せる。そして日常的にこれを心がけていると、重要な行動をする際にも集中できるようになるのだ。 集中が必要な理由はもう1つある。うまくいくだろうか、嫌なことが起きるのではないかといった心配や不安(ハリスは「心配の霧」と呼んでいる)がたとえあったとしても、現在に集中していればそれらに影響を受けないからだ。 ハリスは「心配するのをやめろ」というのはもっとも役に立たないアドバイスだと言う。なぜなら、心配はいくら追い払っても起こってしまう感情だからだ。心配は追い払わずに「自然にやり過ごす」ことにすればいい。 ===== 「この点も本書でハッとさせられたことでした。ネガティブなことを考えるのはよくない、何でもポジティブに考えるべきというセオリー(ポジティブアファーメーションやポジティブシンキング)が日本でも広まっていて、僕もそれを信じていました。それで、どうしてもポジティブには考えられないときがあると、自分は精神的に弱い、ダメな人間なのだろうかと思っていたのです。それなのにハリスは、ネガティブなことを考えるのは当たり前で、それに居場所を与えればいいというのですから」(岩下氏) 心配、不安、失敗、自己批判などの感情や思考を追い出すのではなく、受け入れることがACTの「A」、アクセプタンスの部分だ。 「歯磨きに集中する」練習でも、自信につながる ハリスは、自信をもちたい事柄(勉強、スポーツ、楽器の演奏、恋愛関係、スピーチ、交渉など)において集中力を高めるために、日常のあらゆる事柄に集中することを勧める。着替え、歯磨き、シャワーやお風呂、食事、家事などをするとき、その行為のみに心を注ぐのだ。 こうして集中のスキルをつけることにより、「自信をつけたい分野でも集中できる→よい結果につながる→集中する時間を増やす→自信がわく」という流れが出来上がる。 とはいえ、自信をもちたい分野でその行為に取り組めなかったり、集中すらできないときもある。疲れていたり、取り組むこと自体が退屈に感じられたり、どうしても落ち込んだり、人的・物理的環境が整っていなかったりするときだ。それを乗り越える方法についても、ハリスは本書の中できちんと教えてくれる。 自信をつけるために、モチベーション(動機)を高める必要はない 自信をもちたい事柄に取り組めないのは、やる気・高揚感が起きないことも一因だ。やりたいけれど、なんだか情熱がわかない状態だ。ここでもハリスは逆説的だ。やる気を高めようとする、あるいはやる気が高まるまで待つから取り組めないのだと指摘する。 ハリスは、やる気(感情)とモチベーション(動機)を分けて考える。眠りたいなどの生理的欲求を含め、生きている限りモチベーションがないことはあり得ないと説き、モチベーションとは実はやる気という感情(フィーリング)ではなく、「単に何かをしたいという欲望(ニーズ)」だと教えてくれる。これは、筆者にとって目から鱗が落ちた点だ。 わかりやすい例は、本の執筆だ。大勢の人がハリスのもとに、自分も本を出したいと思っていると言ってきた。しかし実際に原稿を書いた人はごくわずかだった。みな書きたいという欲望(ハリスがいうモチベーション)はもっていたのに、目先のやる気(書き始めたいという感情)が生まれるのを待っていたからだ。目先のやる気のことなど気にせず、本を書くと決意・覚悟をして即座に取り掛かれば、「多少は書けた(前進した)」「書く技量がないわけじゃないんだ」「もう少し書いてみようかな」などの感情はあとから生まれてくるものなのだ。 本書には、ここに挙げたほかにも、ACTの様々な理論や実践が紹介されている。岩下氏は「ハリスの意図を読者に伝えることを最優先し、一言一句忠実な訳ではなく、といって、もちろん原文をねじ曲げないようにしながら読みやすさを最優先しました」と言う。まさにその通りでわかりやすく、岩下氏の翻訳の腕に感心するが、立ち読みで理解できるほど簡単ではない。繰り返し読むことも必要だろう。 岩下氏は、シリーズの翻訳を通して、自分の考え方や生き方が変わったそうだ。筆者も、現在、生活にACTを取り入れて練習を続けている。練習はつまらないと思っていたのに楽しいという感情が起きて、日々の幸せ感が少し増している。 [執筆者] 岩澤里美 スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com