<昨年の大統領選に出馬したベーシック・インカムの旗手アンドリュー・ヤンが、初のアジア系ニューヨーク市長を目指す> 起業家として経験を積んできた台湾系アメリカ人のアンドリュー・ヤンは、2020年の米大統領選で民主党の候補者指名獲得を目指したものの、予備選では代議員を1人も獲得できずに終わった。それでも、ホワイトハウスへの挑戦を通じて──公約の柱だったベーシック・インカム(BI=最低所得保障)政策と共に──全国区の知名度を獲得した。 そのヤンが今度は11月のニューヨーク市長選(予備選は6月)に民主党からの出馬を表明している。最近の世論調査によれば、現時点で有力候補の1人だ。もし当選すれば、アジア系アメリカ人として初めてアメリカ最大の都市の舵取り役を務めることになる。本誌ジェイソン・レモンが先頃、ビデオ会議システムでヤンに話を聞いた(以下のインタビュー内容は、文字数の制約と記事の明瞭性確保のために編集してある)。 ――ニューヨーク市長選への出馬を考え始めたのはいつだったのか。 最初に考え始めたのは、大統領選の選挙運動を止めた後だった。その頃、私に市長選出馬を働き掛ける動きがあった。「次は市長選に出るのか」と、大勢の人から言われた。それは20年初めの話だ。 けれども、その頃はジョー(・バイデン現大統領)とカマラ(・ハリス現副大統領)を大統領選で勝たせるために奔走していた。ドナルド・トランプ(前大統領)の政権があと4年間続けば、とんでもないことになると恐れていたからだ。それに、当時は新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化しつつあった時期。その危機からの脱却を加速させることが私の最優先課題だと思っていた。 つまり、市長選のことは1年間ずっと考えていたけれど、本格的に検討し始めたのは、ジョーとカマラが大統領選に勝った後だった。 ――あなたは、政治の世界ではいわば新参者だ。その点がニューヨーク市長選でプラスになると思うか。 いま多くのアメリカ国民は、官僚制がうまく機能していないという不満を抱いている。最近の問題は多くがトランプのせいだが、トランプとはほとんど関係なく起きている問題もある。例えば、ワクチンの接種が迅速に進んでいないのはトランプのせいではない。「どうすればもっとうまくシステムを機能させられるのか」と、誰もが考えている。その点で、長い政治経験を持っていない私が役に立てると思っている。 ===== ――ニューヨーク市政の経験がないことを理由に市長としての資質を疑問視する声には、どう応えるか。 私はニューヨークの中小企業経営者として、顧客の求めに応えてきた。顧客が経営者に求めるのは、期待している成果を着実に、そしてコストを抑えて実現すること。これは、多くの市民がニューヨーク市政府に求めていることでもある。 市民は、もっとうまく機能する市政を望んでいる。これまで市政の足を引っ張ってきた要素とは無縁の候補者は、有権者にとって非常に魅力的なのではないかと思う。 ――あなたの看板政策と言えば、ベーシック・インカムだ。大統領選に立候補したときは、全てのアメリカ国民に毎月1000ドルを給付するという公約を掲げていた。ところが、今回のニューヨーク市長選での公約は、特に困窮している50万人の市民に年間2000ドルを給付するというものだ。なぜ、全ての市民に月1000ドルを給付すると言わないのか。 可能であれば、ニューヨーク市民全員に毎月1000ドルを給付したい。それを実現できれば、画期的なことだ。でも、連邦政府とニューヨーク市では環境が違う。手持ちの資源をどのように活用するのが有効かを戦略的に考えなくてはならない。 ――あなたが打ち出しているもう1つの主要政策が「ニューヨーク・ピープルズ・バンク」の創設だ。この新しい銀行はどのように運営されるのか。既存の金融機関と比べてどのような利点があるのか。 ピープルズ・バンクは、ニューヨーク市が10億ドルを拠出して設立する。その10億ドルを呼び水にして、金融機関などからさらなる資金を集める。それにより、これまで十分な金融サービスを利用できなかったコミュニティー、主に有色人種の人たちに金融サービスを提供したい。 ニューヨークは世界の金融の都でありながら、現時点で住民の12%が銀行口座を持っていない。銀行口座を持っていない人は、小切手の換金手数料や、貸金業者や質屋への支払いなどで、毎年何百ドルもの余計な出費を強いられている。そうした人たちに安価で安全な金融サービスを提供すれば、低所得層の生活コストを減らすことができる。 ===== ヤンはホームレス問題への対策として一時避難先としてのホテルの活用や借家人の保護を唱えている JEENAH MOONーREUTERS ――ニューヨークの司法システムにおける人種差別や、警察が抱える問題にどう取り組むつもりか。 腹案はいくつもある。例えば、ニューヨーク市警の文化とは無縁の、民間出身の警察本部長を置くという案だ。組織に根差した意識を変えようと思うなら、まずはトップから手を付けるべきだ。ニューヨーク市内に居住する警察官の採用も提案している。そうすれば、自分たちが仕え、守る対象である地元コミュニティーとの距離が近くなるだろう。 考えの基本にあるのは、貧しいことが犯罪であるかのような状況を食い止めるため、もっと手を打たなければならないという事実だ。これは有色人種のニューヨーカーに特に関わってくる問題だ。罰金の類いを払えない人もいれば、保釈を受けられず不当に拘束され続ける人もいる。 ――息子さんは自閉症スペクトラム障害だそうだが、ニューヨーク市において特別支援教育を拡充する必要性は感じているか。 公立学校における特別支援教育の環境整備を進めるべきだと確信している。「特別なニーズ」とは新常態(ニューノーマル)であるというのが私の持論だ。歳出を増やすことが(最終的には)市の財政負担を減らすことにつながる領域でもある。この分野には多くの資金が投じられてはいるが、ニューヨーク市の公立学校制度においてはそうとは言えない。 ――あなたは大統領選で、元軍人のホームレス化を防止する政策を訴えていたが、ニューヨークでもホームレス問題は以前から大きな課題だ。 (一時避難的に)宿泊利用できるベッド数を早急に増やす必要がある。非営利団体が提供しているそうしたベッドには大きな可能性がある。シェルターよりもそうした環境を好む人もいる。十分に活用されていないホテルをすぐにも転用すべきだ。 また、(家賃滞納の際の)立ち退き猶予やさまざまな家賃補助制度を拡大すべきだ。さらに、借家人全てに弁護士を依頼する権利を与えるべき。そうすれば家を追い出される事例が減ることは証明されている。 ===== ヤンは自転車利用の促進で車なしで暮らせる街づくりにも熱意を示す EDUARDO MUNOZ ALVAREZーVIEW PRESS/GETTY IMAGES ――自転車の利用をツイッターで呼び掛けているが、どんな利用促進策を考えているか。 一部の自転車レーンでは、柵やカメラを設置するなどして(自動車の通行禁止の)ルールを遵守させる必要がある。私も自転車であちこち走り回っているが、自転車レーンにトラックがいるのは嫌なものだ。もし違反切符が切られるとなれば、こうしたトラックも習慣を変えると思う。 そうすれば、自転車は現実的な選択肢であり、安全でお金もかからないことをみんなに分かってもらえるだろう。体にも環境にもいい。個人的には、心の健康にもいいと考えている。(自転車利用を促進し)市民が車を持たなくてもいいようにするというのも、私の大きな夢であり構想だ。私は車なしでニューヨーク市に19年間も暮らしているが、本当にいいものだ。 ――あなたはバイデン大統領と個人的に親しいが、当選した場合の計画について彼と話したことはあるか。 バイデン政権にいる友人たちと話したことはある。ワシントンの(政権中枢の)人々と強いコネを持つことは、ニューヨーク市にとってもニューヨーク州にとっても大きな意味があると思う。(周辺地域も含めた)ニューヨーク都市圏のGDPは全米のGDPの約10%を占める。つまりニューヨーク市の回復なくして全米の回復はなく、市に金を出すのは正しいことだと、声を上げてはっきり主張しなければならない。 議員の中にも政権内にもたくさんの友人がいる。ニューヨーク市の利益になることが実行できるポストに就く予定の友人も多い。(ニューヨークを利する政策は)彼ら自身が意欲的に取り組める問題であるべきだが、そうでない場合は、私の手で彼らをたき付けなければならない。なぜなら国家的にも正しい政策だからだ。市長がそうしたコネを持っていない人物だったら、つまり、全米向けのテレビにしょっちゅう映るような人物でない場合は、説得は難しくなるかもしれない。 私はニューヨーク市の良さを訴え広めていく役目を果たす「最高応援責任者」になろうと思っている。ニューヨークは本質的に人間の可能性と創造性の源だ。人々が集まり、生活やキャリア、家庭、事業や先進的な組織を築き、芸術をリードして文化的な貢献を行う場所だ。アメリカにおける創造と商業の中心地だ。 ニューヨークをニューヨークたらしめているそうした側面を今後も維持するための戦いは、国の未来にとっても非常に重要だ。市長としてそのことを伝えていくのは胸躍る仕事だと思う。