<ノミネートされた9本全てが傑作ぞろいなのはコロナの奇跡か。独断と偏見で斬る今年のアカデミー賞作品賞候補評> かつてアカデミー賞の作品賞候補は5本だった。その数が2倍の10本に増えたのは、2010年のこと(12年以降は9本)。前年に、『バットマン』シリーズの最高傑作とも言われる『ダークナイト』がノミネートから漏れたことへの反省とされる。 おかげでここ10年ほどは、『17歳の肖像』『ウィンターズ・ボーン』『ネブラスカふたつの心をつなぐ旅』『ファントム・スレッド』『女王陛下のお気に入り』など、小粒だが優れた作品がノミネートされるようになってきた。たとえ受賞の可能性はゼロに近くても、こうした作品が候補に加わることでアカデミー賞全体の質が高まった。 だが、それには代償もあった。作品賞候補に駄作が入ることも増えたのだ。実際、候補作が増える前の20年間は、作品賞候補になった(筆者の考えるところの)ハズレ作品は計4本だったのに、この10年は計12本以上もある。 毎年1本は駄作候補が せっかくだからタイトルを挙げておくと、2010年以前の20年間の駄作は、『ドライビングMissデイジー』『フォレスト・ガンプ/一期一会』『ブレイブハート』『クラッシュ』の4本。ただし4本とも作品賞を受賞していることは注目に値する。 一方、この10年間にノミネートされた駄作は、『しあわせの隠れ場所』『英国王のスピーチ』『ヘルプ〜心がつなぐストーリー〜』『ミッドナイト・イン・パリ』『レ・ミゼラブル』『アメリカン・スナイパー』『レヴェナント:蘇えりし者』『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』『グリーンブック』『ボヘミアン・ラプソディ』『バイス』『ジョーカー』など、少なくとも12本。毎年1本は、ロクでもない作品が映画界最高の賞候補に交ざり込んでいる計算になる。 それだけに今年は特筆に値する。20年はコロナ禍に見舞われ、新作の公開や製作が遅れ、興行収入が激減するなど、ハリウッドにとっては散々な一年だったが、今年のアカデミー賞作品賞候補には、駄作が一本もないのだ! これは衝撃的な快挙と言えるだろう。 まず、問答無用に素晴らしいのは、『ミナリ』『ノマドランド』『サウンド・オブ・メタル〜聞こえるということ〜』の3本。万人向けではないが、間違いなく傑作と言えるのは『ファーザー』と『ジューダス・アンド・ザ・ブラック・メサイア』だろう。 ===== 『Mank/マンク』 NETFLIX 往年の映画ファンにとっては『Mank/マンク』がたまらないだろう。ハリウッドの歴史を扱った過去の作品と比べても、極めて質が高い。『シカゴ7裁判』は、ヘビーな問題を軽く描いた作品だが、弁護士を演じたマーク・ライランスのカツラだけでも、ノミネートする価値がある。 『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、賛否両論を招くだろう。批判派は駄作だと言うかもしれないが、この種のリベンジ物語に求められるカタルシスが用意されている。 過去にも『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』や『プレシャス』『スリー・ビルボード』など、一大傑作でも駄作でもないが、「議論する価値のある映画」が作品賞候補になってきた。こうした作品は、毎年1本はあってもいいと思う。 興行収入を無視した評価 それにしてもなぜ、今年はこんなにいい作品ばかりがノミネートされたのか。 筆者の推測では、大きな理由は3つある。第1に、コロナ禍のために、興行収入という作品評価の大きな要因がなくなり、『ジョーカー』や『ボヘミアン・ラプソディ』といった駄作がノミネートされなくなった。これまでは駄作を選んでいたアカデミー会員も、その興収がよければ、「自分には見る目がある」と主張ができた。だが、20年は数億ドルレベルの興収を上げた作品がゼロに近かったため、その可能性が消えた。 第2に、映画会社が例年のようにカクテルパーティーなどを開いて、アカデミー会員に盛んに売り込みができなかったことが、落ち着いた映画の評価につながったようだ。 例えば、『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』は、19年に作品賞を受賞した『グリーンブック』のように、米国社会の分断が単純な問題ではないことを描いたが、アカデミー会員たちは映画そのものの質があまり高くないという冷静な判断を下したようだ。 あるいは、メリル・ストリープやニコール・キッドマンなど大スターを起用したド派手なミュージカル映画『ザ・プロム』は、やはりド派手なキャンペーンが行われていたら作品賞候補に入っていたかもしれない。だが、自宅でストリーミング配信で見た会員たちは、あまり感心しなかったようだ。いい判断だ! ===== 『ノマドランド』 ©2020 20TH CENTURY STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED. 第3に、投票権を持つ会員の平均年齢が下がり、男女の割合も少しずつ改善していること、そして人種や職歴の多様化も、作品賞候補のラインアップに影響を与えているのではないか。昨年、『パラサイト 半地下の家族』が作品賞に輝いたことは、確実にその影響と言えるだろう。 もちろん、ロクでもないと思われる映画が作品賞を受賞することは、今後もあるだろう。映画館に足を運ぶ人が増え、賞レース期間中に映画スターたちが宣伝パーティーに奔走するようになれば、来年にもそうなるかもしれない。 だからこそ、今は奇跡的な状況を楽しもうではないか。どの候補作を見るにしても、かなり充実した夜になることは間違いない。新型コロナの感染がまたも拡大に向かっている今は、ほかにやることもあまりないだろうし。 ©2021 The Slate Group