<国際社会との関係修復を求めて温暖化対策を打ち出したが、脱炭素化の困難に直面するのは時間の問題かもしれない> ボリス・ジョンソン英首相は挽回のチャンスを狙っていた。ブレグジット(イギリスのEU離脱)でこじらせた国際社会との関係を、いくらかでも修復する機会を探していた。 この英保守党のポピュリストは、それを環境保護の分野に見つけたらしい。ジョンソンは昨年11月、英グラスゴーで今年11月に開催される国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)を見据え、新たな温暖化対策「グリーン産業革命に向けた10項目計画」を発表。これは「温暖化対策に携わる数十万の雇用を創出・支援・保護しつつ、2050年までに温室効果ガスの排出量実質ゼロを目指す」ものだという。 このビジョンの達成は、口で言うほど簡単ではない。イギリスの温室効果ガス削減計画は今後10年のうちに暗礁に乗り上げる恐れがあり、そうなれば「環境外交」の成功は危うくなる。しかもイギリスの環境活動家たちは、これまで環境分野への関わりに消極的だったジョンソンの本気度を疑っている。 環境問題専門の情報サイト「カーボン・ブリーフ」によれば、イギリスは1990年から、二酸化炭素(CO2)の排出量を約38%削減した。主要先進国で最も大きな削減幅だという。だが環境保護団体グリーンピースUKで政策担当ディレクターを務めるダグ・パーは、イギリスの実績は見掛けほど素晴らしいものではないと指摘する。 いま振り返ってみれば、イギリスがCO2排出量の削減に成功してきたのは、歴代の政治指導者による賢明な政策決定の積み重ねによるところが大きい。 2008年にはゴードン・ブラウン首相率いる労働党政権が「気候変動法」を制定。50年までにイギリスのCO2排出量を80%削減することを義務付ける画期的な法律だ。13年にはデービッド・キャメロン首相率いる連立政権が、炭素価格を高くすることで低炭素への移行を促す「最低炭素価格」構想を導入した。 排出量ゼロへの動きを加速させたもう1つの重要な要素は、イギリスの石炭産業の崩壊だ。石炭は60年代にイギリスの1次エネルギー供給源の60%近くを占めていたが、今ではわずか3%程度。全体のCO2排出量に占める割合も無視できる程度だ。 石炭部門の衰退には、政治の影響もあった。80年代にマーガレット・サッチャー首相が、労働組合に対抗する取り組みの一環として全国各地の炭鉱を閉鎖した。その後、再生可能エネルギーや安価な天然ガスの台頭などによって、イギリス産の石炭は高過ぎて敬遠されるようになり、エネルギー市場から駆逐された。 ===== 英政権は脱・化石燃料に動けるか(英南部の風力発電所) MATTHEW CHILDSーREUTERS しかし、石炭からの段階的撤退は1度しか使えない手段だ。イギリスは今後、CO2排出量の削減ペースを上げる新しい方法を見つける必要がある。例えば、各世帯の暖房や企業の電力源を再生可能エネルギーに切り替えるなどといったことだ。 排出ゼロには「到底不十分」な取り組み 石炭産業の衰退は、イギリスが脱・化石燃料のための「手の届きやすい手段の大半を既に使い果たした」ことを意味すると、英環境研究所のマグナス・デービッドソン研究員は言う。今後は交通網や住宅インフラの環境対策などの難題に着手しなければならず、「イギリスにとって脱炭素化がますます困難になる」と、デービッドソンは指摘する。 イギリスの気候変動の取り組みを追跡している独立行政機関、気候変動委員会(CCC)の所見が、デービッドソンの分析を裏付けている。 CCCの昨年12月の発表によれば、イギリスは08年以降、気候変動法の定める目標に沿ったCO2排出量上限規制に成功してきた。しかし今のままでは、20年代後半から30年代前半に向けた次の目標値を達成できないという。 ジョンソン政権は温暖化対策の核として、洋上風力発電や新たな水素発電技術、原子力の分野への約167億ドル相当の投資を掲げている。だが計画どおり50年までにCO2の実質排出量ゼロを目指すなら、この取り組みでは「到底不十分」だと、CCCは指摘する。 さらにジョンソンは、新型コロナウイルスの感染拡大とそれに伴う経済危機への対応として、包括的な「グリーン・リカバリー」の促進を怠っているとも批判されている。 ジョンソンは昨年6月、コロナ禍で打撃を受けた経済を立て直すために、大恐慌の直後に当時のフランクリン・ルーズベルト米大統領が打ち出したニューディール政策並みに財政支出を拡大する方針を表明。新型コロナが収束したら、イギリスは単に「経済のより良い再建」を行うだけではなく、「よりグリーンな再建」も行うと述べていた。 だが、政府がそう主張するわりには支出額が伴っていないのが現状だ。ジョンソン版ニューディール政策は対GDP比で0.2%規模の予算額でしかない。一方、ジョー・バイデン米大統領が打ち出している1兆9000億ドルの経済対策は、アメリカのGDPの9%に相当する。 ===== しかもジョンソン政権は昨年3月、気候変動対策に逆行する炭素集約型のインフラ事業に巨額の税金を投入することも発表した。これには380億ドル近くに上る道路網の拡張・修繕計画も含まれる。国際環境NGO「フレンズ・オブ・ジ・アース」のイギリス支部は、これを交通量が膨らみ炭素排出量も増大させる「気候破壊的」な事業だと批判する。 保守党の化石燃料産業の将来像に対する姿勢も懸念されている。ジョンソン政権は、北海油田を経済の成長エンジンにするというイギリスの長年にわたる政策を公式に取りやめたことはない。 これはすなわち、自国のエネルギー企業にノルウェーなど近隣の産油国よりも低い税率を課してきたイギリスが、この先20~30年も北海での石油・ガス生産を支援し続ける可能性があるということだ。当然、その過程で大量のCO2が排出されることになる。 そうなってしまう公算は高い。昨年9月、イギリスの石油・ガス当局は新たに北海開発の承認を65社に与えた。ジョンソン政権は今年3月、将来のこうした承認には環境適合条件を課すと発表したが、その内実は曖昧なものだ。石油・ガス産業が排出削減目標を達成できるように、官民で220億ドルもの投資を行って支援するというのだ。 どっちつかずな保守党の姿勢 保守党の閣僚たちはこの金額について、化石燃料産業の脱炭素化を加速させる「画期的な取り組み」だと主張している。クワシ・クワーテング企業・エネルギー・産業戦略担当相はこの投資を、炭素経済からの「不可逆的な移行」と位置付け、「世界に向けてイギリスがクリーンエネルギーの国になるという明確なメッセージを発信した」と述べた。 しかし環境保護団体は、そうはみていない。NGOのオイル・チェンジ・インターナショナルのロマン・ユーアラレンは、フランスやデンマーク、ニュージーランドといった環境先進国に倣い、石油やガス採掘を将来的に完全に禁止すべきだと主張する。 保守党のこうしたどっちつかずの姿勢は、ジョンソン政権が19年7月に発足する前から始まっている。10~16年には一連の緊縮財政の一環として、同党のキャメロン首相が太陽光発電への助成金を大幅に削減し、設立されたばかりのクリーンエネルギーに投資するグリーンバンクをオーストラリアの投資銀行へ売却した。ジョンソンはこの流れを受け継いだ。今年3月には、各家庭に低炭素の暖房システム導入を促す20億ドルの補助金制度を廃止している。 気候変動対策の活動家たちに言わせれば、ジョンソンのこうした曖昧な環境政策と、温暖化をもたらしている産業に援助を続けている姿勢は、保守党の矛盾した気候変動対策の象徴だ。 ===== 「ジョンソンは相変わらず、レトリックと現実がかみ合っていない」と、英政策フォーラム「コモンウェルス」の理事で気候変動時代の世界経済を考察した共著もあるマシュー・ローレンスは言う。保守党が気候変動に本腰ならば「イギリス史上最大規模の道路計画ではなく、ご自慢の『グリーン産業革命』にもっと金をかけるはずだ」と、彼は言う。 こうした主張を裏付けるように、現政権は英北部のカンブリアでの新しい炭鉱開発を最近までやめようとしなかった。慌てて計画を中止したのは、CCCのジョン・ガマー会長が1月29日付の政府宛ての公開書簡で炭素ガス排出が増大すると批判してからだ。 COP26が近づいてくるなかで、ジョンソンは環境政策のリーダーとしてのイギリスの評判と、実際にはちぐはぐな政府の姿勢とのギャップが国際社会に気付かれないよう願っているはずだ。 英気候変動シンクタンク「E3G」のニック・メイビーCEOは、COP26がイギリス外交にとって「ブレグジット後で初の本格的な試金石」になり、そのため保守党政権にとって「極めて重要」なイベントとなると指摘する。 COP26が開かれる11月までの間、ジョンソンがソフトパワー戦略を仕掛ける相手は、気候変動を優先課題に掲げる米バイデン政権になると、メイビーは予測する。トランプ前米政権での混乱と問題山積のブレグジットによって米英の結び付きは揺らいでいるが、「イギリスは明らかに気候変動を両国関係の再構築に使おうとしている」と、メイビーは言う。 ブレグジットをめぐる地政学を脇に置いて言うならば、アメリカや国際社会に対するイギリスの「グリーン優等生」アピールが成功するには、今後10年の炭素排出削減に関する信頼できる計画が必要なことは明らかなように思える。 今のところ、そのような計画はない。これはイギリスにとって、深刻な事態を生みかねない。 From Foreign Policy Magazine