<新型コロナウイルスを抑え込んだ中国。勝因は「監視国家だから」とよく言われるが、それは本当なのか。データ共産主義の知られざる実態から、中国コロナ対策の肝である「健康コード」と日本のCOCOAとの違いまで(前編)> 「想像できますか? 日本のコロナ感染統計は全部手作業って」 これは中国紙・新京報の今年2月19日付記事のタイトルだ。 日本では委託を受けた事業者が各都道府県のウェブサイトを目で見て、新型コロナウイルスの新規感染者数、死亡者数を集計していると政府が認めた。あまりのアナログっぷりは海を越えて、遠く中国でも話題となった。 統計問題だけではない。コロナ対策全般で日中の実績は好対照を描く。3月31日時点での累計感染者数は日本が約47万人に対し中国は約9万人。しかも、この差は今後さらに拡大するだろう。中国は昨年3月以後、ほぼ抑え込みに成功している。 なぜ中国はコロナを抑え込めたのか? デジタル監視国家だからとの解説をよく見掛けるが、デジタル技術はなにも魔法ではない。 「デジタル先進国」中国のコロナ対策を伝えるニュースは多い。分かりやすいのはドローンの活用だろう。 ロックダウン(都市封鎖)期間中に拡声器付きのドローンで空中を巡視し、外出している市民に自宅に戻るよう警告したというエピソードもあれば、農業用ドローンを活用しての消毒といった話もある。 空からドローンで消毒するといった事例はごく一部 CHINA DAILY-REUTERS もう少しひねったニュースはバーチャル・リアリティー(VR=仮想現実)の活用だろうか。 映画『マイノリティ・リポート』では、主人公が空中で腕を動かすとコンピューターを操作できるというシーンがあるが、同様の技術が複数の病院、学校、ホテルで採用されたと中国電信は発表している。パソコンに触れなければ感染リスクが減るという理屈だ。 既にだいぶ魔法に近づいてきているが、もっとSFチックな噂もささやかれている。 中国全土に張り巡らされたAI(人工知能)監視カメラ網は、14億人民の一挙手一投足を全て見張っている。誰と誰が会っていたのか、全ては記録されている。感染経路を追跡することなど、いともたやすいことだ、と。 だが、こうしたエピソードの多くは実際よりも「盛られて」いることが多い。ドローンが使われたのはごくごく一部の地域だけ。VRの採用例はもっと少ない。AI監視カメラ網は特定の指名手配犯を探し出す力は持っていても、14億人民を全て監視するほどの力はまだない。 実際の対策はもっと地味で、シンプルなものだ。それは「大動員」と「デジタルによる効率化」という2つのキーワードから説明できる。 ===== 400万の組織で動員した 感染が広がるか縮小するかは、結局のところ人間の接触機会の多寡で決まる。中国は徹底的な接触機会の減少に取り組んだ。最大のチャレンジは、最初の流行地となった武漢市を含む湖北省の封鎖だろう。 昨年1月、6000万人の住民が住む巨大自治体が封鎖された。たまたま湖北省に滞在していた人が離れられなくなる、逆に省外にいた人が自宅に戻れなくなるなど多くの混乱をもたらした。 あまりに乱暴で人権を軽視したやり方は人々に大きな負担を強いるため、必ずやほころびが出るはずだ──。海外からはそうした批判的な見方が強かったが、今では評価は逆転している。 湖北省の封鎖に加え、1~2月には封鎖式管理と呼ばれる外出制限が中国全土で実施された。都市では社区(壁で囲まれた敷地内に複数のマンションが集まった基層コミュニティー)、郊外では農村を単位として外部からの立ち入りを禁じ、住民の外出も極力控えるように指示された。 地域封鎖や外出制限は他の国でも導入された施策だが、問題は徹底できるか否か。なぜ中国は徹底できたのか。その秘密は大動員にある。 都市でも農村でもコミュニティーの入り口に何人もの「監視員」が立ちコロナの抑え込みに尽力(上海) ALY SONG-REUTERS 「どこにこれだけの人がいたのかと驚いた」 そう話すのは、天津市に住む日本人駐在員のY氏(30代男性)。居住する社区には3つの入り口があったが、1つに限定された。 その入り口では、外部から立ち入りがないか検査され、住民であっても臨時の通行証を持っているかを確認され、体温を測られた。湖北省など外地からの帰還者はいないかなど、社区内部でも頻繁に調査が繰り返されたという。 「もともと入り口には不動産管理会社の警備員が立っていたが、それ以外に多くの人が封鎖式管理に協力していた。コロナの前まではこんな人々がいることを知らなかった」 封鎖式管理の実務を担ったのは都市では居民委員会、農村部では村民委員会という基層組織だ。もとは1950年代に整備された組織で、コミュニティー内でのけんか、もめ事を仲裁したり、迷信・邪教の禁止といった政府キャンペーンへの協力を任務とする中国版町内会であったが、コロナ禍という大災害を機に引っ張り出されてきた。 加えて、マンパワーの供給源となったのが中国共産党だ。2019年末時点で党員数は9191万人、中国全土に468万もの基層組織を持つ。 彼ら居民委員会や村民委員会、共産党員が自粛するよう14億人民を説得し、監視した。 ===== 一例を紹介しよう。湖北省孝感市にある農村、袁湖村の共産党書記の奮闘について、中国ウェブメディア・棱鏡が取り上げている。 村に通じる道路は土砂を積んで封鎖したが、強引に突破する者がいたためセメントで補強した。法事を予定していた14世帯を一軒ずつ回って中止するよう説得した。街に住む孫に食べ物を送り届けたいという老人をなだめ、プロパンガスが切れたという家には数日だけたき火で我慢してほしいと諭す。 400万以上の基層組織一つ一つでこうした涙ぐましい活動が繰り広げられていた。 日本と異なるアプリ設計思想 魔法とは対照的な泥くさい活動、地味な接触機会の削減、それを監督するマンパワーが、中国のコロナ対策の成功をもたらした。 大動員は効果的な一方で、物心両面に多大な負担をもたらす。そこで登場するのが、デジタル技術による効率化だ。 デジタル技術の中でも、最も大々的に利用されたのが「健康コード」というスマートフォンアプリだ。その役割は2つ、直近の滞在地の証明と、訪問先の記録である。 前者については主に携帯電話の基地局記録を参照。どこに滞在していたかを証明する極めて強力な手段となる。後者は訪問した建物ごとにQRコードを読み込むことで、その場所を訪れたという記録を取るチェックイン機能だ。 筆者は昨年2月下旬にコロナ取材のため、広東省深圳市を訪問したが、当時は紙に名前と電話番号と体温を記録するというアナログな形式で記録していた。記録を残しておけば、もし感染者が見つかっても、同じ時間にその場所にいた人を見つけ出すことができる。 健康コードならば、QRコードの読み込みだけで同じ記録が収集できるほか、最初からデータ化されているため集計の手間が省ける。さらに高速鉄道や飛行機などの搭乗記録と組み合わせることによって、より詳細な滞在場所の記録をデータベース化することができる。 「誰が、いつ、ここを訪問したのか。その時に発熱はあったのか」 記録する情報は極めてシンプルで、政府のクラウドに記録されているため、チェックイン機能は拡張がしやすい。 昨年春にはテンセント(騰訊)などのITベンダーから、健康コードと連動する顔認証タブレットが販売された。オフィスや学校の入り口に設置し、訪問者は顔を向けるだけで、体温測定を含めたチェックインが完了する。健康コードの読み込みや検温で混雑し、いわゆる3密にならないように開発された。 スマホのアプリを使わずともチェックインできるのが、中国が監視国家たるゆえんだろう。 ===== 中国人には身分証と呼ばれる国民IDが付与されている。14億人民の一挙手一投足を全て見張ることはさすがに不可能だが、政府機関が保有している顔写真データを使えば、カメラに映し出された人物が誰かを確認できる。 本人確認さえできれば、スマホがなくても政府の保有しているデータで、健康コードの安全確認は可能。だから顔認証だけでのチェックインが実現できる。 さらに興味深いのが、他国で導入された接触確認アプリとまるで設計思想が異なる点だ。 各国でさまざまな接触確認アプリが開発されているが、最も多いのが日本の「COCOA」にも導入された、グーグルとアップルのシステムを採用したものだ。無線通信機能のブルートゥースを活用し、近距離にある他のスマホを感知する。つまり、感染者がすぐ近くにいたのかどうかを把握する仕組みだ。 一方、中国の健康コードでは基地局ごとの大ざっぱな滞在地(数キロ間隔で離れていることもある)か、チェックインした場所しか把握できない。 こう見ると、COCOAはより精度が高いように見えるが、ブルートゥースによる距離把握には誤差が多い。一方、健康コードは精度こそ低いものの、どこに滞在していたのかという情報を確実に把握できる。感染者と近い距離にいたかどうかは把握できないが、同じ場所にいた人間を全て隔離、検査すればよいという割り切りだ。 情報の収集、統合、表示という仕組みはさらに拡大を続けている。PCR検査やワクチン接種の記録も身分証番号に基づき記録され、オープンデータとして公開されるようになった。 中国で配車アプリや出前代行を使うと、ドライバーの情報がアプリに表示されるが、名前と共に「ワクチン接種済み」というアイコンが表示される。 また、山東省では試験的に健康コードにワクチン接種情報を追記する試みも始まった。接種済みの人はQRコードの周囲が金色の枠で囲まれる。スマホ画面を見せれば、自分がワクチンを接種済みかどうかをすぐに証明できる。 ※後編に続く:コロナ落第生の日本、デジタル行政改革は「中国化」へ向かう