<東大大学院を辞めてプロゲーマーとなったが、大スランプに陥った。接戦で負けてしまう自分を変えたかった。そんな頃に出合ったのが『メンタル・タフネス』。この本から自分なりのルーティンを取り入れたという> 勝負の世界は、練習しないと勝てないけれど、練習すれば必ず勝てるわけではない。だから勝負に挑む人は皆、自分なりの試行錯誤を続けている。 プロ格闘ゲーマーのときど(本名:谷口一)さんも、もちろんその一人だ。 大学教授の父を持ち、麻布中学・高校を経て東京大学に進学したときどさんは、2010年に日本で2人目のプロゲーマーとしてデビューした。以来「ときど式」と呼ばれる独自のプレイで好成績を残してきたものの、3年後に大スランプに陥り、勝てない日々が続いた。 そこでゼロから再チャレンジし、2017年に参加した世界最大の格闘ゲーム大会「EVO(Evolution Championship Series)」では、2000人以上が出場した『ストリートファイター5』部門で優勝。そうしたキャリアを重ねるなかで出合ったのが、『メンタル・タフネス――ストレスで強くなる』(CCCメディアハウス)だ。 テニス選手のモニカ・セレシュをはじめ、トップアスリートの指導に当たってきたスポーツ心理学者、ジム・レーヤーによる同書は、IBMやメリルリンチなど一流企業からも高い評価を得て、世界的なベストセラーに。 プレッシャーのもとで実力を最大限に発揮するための20年の研究成果をまとめた一冊だが、この邦訳も1998年に刊行されて以来、ロングセラーとなっている。 『メンタル・タフネス』は、eスポーツという競技の舞台で戦うときどさんに、どんな変化をもたらしたのか。 接戦で負けてしまう自分を変えたかった ――スランプから復活するまでを描いた著書『世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0』(ダイヤモンド社)で、『メンタル・タフネス』について触れています。何がきっかけでこの本を読んだのですか? 2017年頃に、ゲーム仲間の古い友人に勧められたんです。僕よりずっと年上の彼はボクシングとかテニスとか、いろいろなスポーツが好きな人でした。 ある時「テニスはメンタルが大事なスポーツで、超一流のアスリートはメンタルを鍛えることを心がけている。この本だけでは最新のトレーニング法は分からないかもしれないけれど、メンタルを鍛える勉強をしておくといいかもしれないね」と言われたので、そこまで言うなら読んでみようと。 当時の僕は接戦で負けてしまうことが多くて、その解決策を探していたというのもあるのですが、「これでメンタル的にタフになれるのなら、ちょっと試してみたいな」と思える内容だったので、すんなり頭に入ってきました。 ――ストレスと付き合いながらメンタルを鍛えることがテーマの本で、自分なりのルーティン(儀式)を取り入れることが、実力を発揮するカギになるとあります。ときどさんにも、ルーティンはありますか? もともと「黒い服しか着ない」といった、こだわりがあるほうだったのですが、夜寝る前にプロテインを飲むとか筋トレを2日に1回やるとか、結構ありますね。 本の中で紹介されている、自分で決めたことを毎日行ったかどうかをノートにチェックするのも取り入れています。今日、そのノートを持ってきたんですよ。 ===== Photo: 遠藤 宏 ――(ノートを見ながら)睡眠から筋トレ、食事まで! ここまで細かく付けてると、時に投げ出したくなったりしそうですね。 そういう時はやらないです(笑)。だから、しばらくチェックを付けなかった時期ももちろんあります。 基本的には、本に書いてあったとおりに睡眠時間や食事などの項目を書いていますが、自分なりに「今日はいいプレイができた」と付け足したりして、ちょっとアレンジをしています。面倒といえば面倒なんですけれど、朝起きて昨日のことを振り返ってチェックするだけなので、書くのに3分もかからない。 それに「明日はひどい記録をつけたくないから、油物は控えておこう」などと意識しながら生活するようになったのも、この本と出合って変わったことですね。 ゲームは悪いことだと思っていた ――中学生男子のなりたい職業ベスト10にプロゲーマーが入るなど、憧れの職業になりつつあります。ときどさんも子供の頃、ゲーマーに憧れていましたか? 全然です。逆にゲームをすることに対しては、悪いことをしているという意識でした。 ただ、ファミコンは物心がついたときから家にあって、子供の頃は『スーパーマリオブラザーズ』などが好きでした。 対戦ゲームを始めたのは小学生の時で、スーパーファミコン版の『ストリートファイター2』からですが、負けず嫌いだったのですぐ周りに勝てるようになってしまったんです。 それで、中学生になると、横浜から広尾の学校に通うようになり、活動範囲が広がったのでゲーセンに行くようになった。 学校の友達には「これは勝てないな」と思わされてしまう秀才がいて、だから勉強でトップを取るのは難しいけれど、格闘ゲームでは一番でいられることがモチベーションになりました。 大人たちと対戦して勝てると何より嬉しかったし、彼らと一緒にご飯を食べに行くのも刺激的だった。その時の高揚感が忘れられないから、今でも続けているのだと思います。両親からは「タバコ臭くなるからゲーセン禁止」と言われていましたが(笑)。 ――それでも東大の大学院に進学し、公務員になるかゲーマーになるかで悩んでいたんですよね。 大学院が本当にうまくいかなくて、入りたかった研究室に入れず、志望を変えざるを得なかった。だから大学院の勉強は続けられないと感じてしまい、公務員試験を受けるか、プロのゲーマーになるかと考えて。 ちょうどその頃、中高生時代に同じゲーセンで勝負していたウメハラさん(梅原大吾)がプロになったので、ゲーマーという選択肢が生まれたんです。当時は、自分は何のために生まれてきたのかとか、この先どうしていきたいかとかを、すごく考えた時期でしたね。 ===== Photo: 遠藤 宏 ――どうやって答えを導きだしたのですか? 最初は時間が解決してくれるのかなとか、自分で決断を下せるようになるのかなとか考えたし、いろいろな人の話を聞いたり相談したりしましたが、これは周りの人の時間を浪費させただけで本当に意味がなかった。 だって「プロゲーマーになるか、公務員になるか」という問い自体が、バカげていたから(笑)。でも2010年頃は、ウメハラさん以外にプロはほぼいなかったから、「プロになりたい」って相談したら、ゲーマーほど反対したんですよ。 「お前は良い学校に行っているから分からないかもしれないが、ゲーセン通いなんて人に言える趣味ではない」とか言われて。 本当は周りに背中を押してもらいたかった。でもあまりに止められるから、大学院の休学届を出してから1年ぐらい悩みました。100人に相談しても、2~3人ぐらいしか「ゲーマーになれば」と言ってくれない。でもそのうちの1人が、父親だったんですよ。 ――大学教授の。 父には勝手に怖いイメージを持っていたのですが、過去のことを聞いたら「ミュージシャンになりたかったのを、泣く泣く断念した」と言っていて。自分がチャレンジできなかった分、息子の背中を押してくれたんでしょうけれど、ビックリしましたね。 でも「お前なんかが公務員になっても、周りに迷惑をかけるだけだ」って言われたんですよ。それを聞いて「俺のことよく分かってるな」って(笑)。 人間的に成長しないと、ゲームはうまくならない ――プロになって迎えたスランプを経て、どう変わりましたか? スランプを迎えるまでは、並行していくつものタイトルをプレイして、どれかが大会上位に引っかかればいいと思っていました。 でも僕が勝てない人たちは1つのゲームに絞って、じっくりキャラクターと向き合っている人ばかりだったので、僕もそうしなければという決断をさせられました。 『ストリートファイター』シリーズはキャラによって体力差がありますが、それが逆に面白い点でもあります。 ゲームが進化する中でキャラクター特性もどんどん修正されているので、ただ勝てればいいと思ってキャラをどんどん乗り換えていくと、自分の練り上げた武器がない状態になってしまう。でも自分なりにキャラを選んでずっとプレイしていけば、その人だけの戦い方が作られていきます。 こうした「プロとして戦うなら、自分ならではの武器が大切だ」という見方が出来るようになったのは、わりと最近のことですね。 ===== Photo: 遠藤 宏 ――ときどさんに憧れてゲーマーを目指す後輩たちに、どんなアドバイスをしていますか? 「学校の勉強を頑張りましょう」って言っています(笑)。ゲームって人間的に成長しないと、うまくならないんですよ。 それに、eスポーツはワールドワイドなので、英語が話せたほうがいい。学校では英語をタダで教えてくれるのだからやるべきだし、作戦を立てるために論理的な思考が必要なので、友達と話してコミュニケーション能力を高める必要もあります。 だから、学校をおろそかにしないほうがいい。 昔は偶然勝ててしまった人もいますが、今は研究され尽くされているので、ゲームだけをやっていてトップになれるような甘い世界ではなくなりました。また、海外勢は日本よりプレイヤー人口も多いので、学校の勉強を放棄しないでもらいたいです。 ――コロナ禍で海外遠征ができなくなり、他の選手と触れ合える機会がなくなった1年でしたね。 年間20ぐらいあった大会のうち、9割が海外で開催されるものだったので、毎年、1年の3分の1は海外にいたんですよ。それが昨年は全部なくなってしまって。 だから日本でできることを、手探りで探さなくてはならない1年でした。海外を回っているときは大変だと思っていたけれど、ないと寂しいものですね。 コロナ禍は予想外過ぎましたけれど、大会だけに照準を絞っていると大会そのものがないので、先が厳しい。だから多くの人にeスポーツに興味を持ってもらうために、何をしたらいいのかということを考えるようになりました。 以前は資料をまとめるのが好きではなく、講演は苦手だったのですが、昨年から講演や取材など、自分の考えを話す機会を増やしています。 ――事務所に筋トレグッズがあるんですね。『メンタル・タフネス』でもフィジカルを鍛えることがメンタル強化に好影響を与えると書かれています。 そうですね、筋トレで自分に負荷を与えることが、メンタル強化に繋がっているという実感は僕自身もあります。 世界大会のような負けられない試合の、ある意味極限の状態って、苦しい思いをして空手のスパーリングをしたりベンチプレスを持ち上げたりするのと近いところがあると思うんですよね。 空手を始めたことで師匠からも「以前より肚力がついてる」と言われたし、フィジカルトレーニングは生活面でもプラスになることはいろいろあると思っています。それに、家にこもってゲームだけやってると運動不足になって、体壊しちゃいますから(笑)。 『メンタル・タフネス ――ストレスで強くなる』 ジム・レーヤー 著 青島淑子 訳 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)