<対ミャンマーODAビジネスの「黒幕」が昨夜、ヤンゴンに飛んだ。ミャンマー国軍の司令官と会う予定だという。出国直後にジャーナリストの北角氏が解放されたのも偶然ではない可能性がある> クーデターの首謀者であるミャンマー国軍のミンアウンフライン総司令官と親密な関係にある、日本ミャンマー協会の渡邉秀央会長が5月13日深夜、ミャンマーに向かった。独立系メディア「民主ビルマの声」(DVB)によると、渡邉氏は首都ネピドーで国軍司令官と会う予定という。「国軍司令官」が誰を指すかは不明だが、同氏はクーデター直前の1月19日にも総司令官と会談している。日本政府のいう「独自のパイプ」の一つと見られる渡邉氏は今回の会談で、混迷を深める同国情勢の中での日本との関係について協議するものとみられる。 目撃者によると、渡邉氏は同日午後11時、成田空港の全日空ヤンゴン直通便の出国カウンターで搭乗手続きをした。 渡邉会長とミャンマーとの関係については、ODA(政府開発援助)ビジネスの黒幕的存在、自衛隊と国軍の将官級交流プログラム、国軍トップとの合弁事業を本サイトでで取り上げてきた(注1)。クーデター後、同氏は沈黙を続けてきたが、4月に発行された日本ミャンマー協会の会員向け協会情報誌「MYANMAR FOCUS」第35号では、国営メディアが発表したクーデター後の3月30日のミンアウンフライン国軍司令官の演説内容をそのまま掲載している。今回の訪問は、クーデター後はじめてとなる。 今回の訪問目的は明らかにされていないが、最近の同協会周辺では、いくつかの奇妙な出来事が観測されている。 前兆はあった? 第一に、協会ホームぺージに載っていた役員や会員企業のリストが削除されたことである。これまで、同協会が政財界とのつながりを積極的にアピールしてきたことをふまえると、非常に不可解な行動であると言わざるを得ない。 第二に、渡邉会長が将官級交流などで協力関係が強い日本財団の笹川陽平会長が、13日のブログで「沈黙の外交」と題する一文を記していることである(注2)。笹川氏は昨年11月のミャンマー総選挙で、日本政府が派遣した総選挙監視団の団長として同国を訪問し、「選挙は非常に公正に行われ、国軍も結果を受け入れている」とインタビューに答えていた。ところがその選挙結果を不正として国軍がクーデターを起こしたため、同氏の対応が注目されたが、沈黙を守ってきた。このため、4月22日には在日ミャンマー人らが日本財団前で抗議デモを行っていた。 このブログで笹川氏は、「今回の事態が発生した2月1日以降も人命尊重に向け、懸命の説得工作を重ねた。にもかかわらず極めて残念な事態に発展したミャンマーの現状は、痛恨の極みであり、悶々とした日々を過ごしている」とだけしか記していない。 第三に、13日の渡邉氏の出国直後、ミャンマー国営テレビが、クーデターへの抗議デモなどを取材していて「虚偽のニュースを広めた」としてミャンマー当局に逮捕・起訴されていたフリージャーナリスト北角裕樹氏が解放されたという速報を流したことである。これまで日本の外務省とミャンマー当局の間で、水面下で北角氏の解放交渉が進められてきたが、このタイミングでの発表は、今回の渡邉氏のミャンマー訪問に対する国軍側のサインとしても読み取ることができる。国軍幹部らとの北角氏の解放の見返りとして、何らかの約束が取り交わされる可能性は否定できない。 国営テレビは解放の理由として、ミャンマーと日本との友好関係が考慮されたと伝えた。 北角氏解放の前日12日には、同じようにクーデターへの抗議デモを取材中に逮捕されたDVBの記者に禁固3年の実刑判決が言い渡されている。 一連の動きをふまえると、5月の連休明けに日本政府を含めたミャンマー関係者間で、ミャンマー情勢に関するシナリオが決定されたと見ても不思議ではないだろう。軍事クーデターに関する日本政府の対応は依然としてあいまいなままだが、日本とミャンマーの両国民が知らないところで、事態は明らかに次のフェーズに移行しようとしているとみられる。このため、内外のミャンマー人は今後の協会と渡邉会長の動向に注目している。 (注1) http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202104161022035 http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202105040833162 http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202105070915255 (注2) https://blog.canpan.info/sasakawa/archive/7763 *この記事は、日刊ベリタからの転載です。