<誤解や偏見、無関心で子供のワクチン接種率が低下すると、防げたはずの病気でわが子や地域が苦しむことに> イギリス人の3歳の女の子、ローラメイが友達の誕生日パーティーに出掛けたのは1年前のこと。数日後、母親のレイチェルはその友達が麻疹(はしか)と診断されたことを知った。 「心底ぞっとした」と、レイチェルは振り返る。娘にはしかの予防接種を受けさせていなかったからだ。「深く考えていなかった。はしかなんて、めったにかかるものじゃないから」 その結果は悲惨だった。風邪のような症状の後、高熱と咳、激しい耳の痛みがローラメイを襲った。その後、体中に発疹が広がり、呼吸困難に。幸い命は助かったが、後遺症が残った。鼓膜が破れて聴覚に支障を来し、言語能力の発達に遅れが出た。 レイチェルの深い後悔の念も残った。「ほかの皆が予防接種を受けているのなら、うちはしなくてもいいと思っていた。その無頓着さのせいで大きな代償を払うことになった」 決してレイチェルの慰めにはならないが、こうしたケースは珍しくない。ヨーロッパでは近年、はしかが流行している。特に18年上半期には、感染者4万1000人以上、死者40人と猛威を振るった。アメリカでもはしかは拡大し、疾病対策センター(CDC)は18年の感染者数が349人に上ったと報告した。 ワクチンの恩恵はリスクを上回る これらの被害のほぼ全ては、避けられたものだったのかもしれない。欧米では子供に予防接種を受けさせない反ワクチン派が多く、欧州委員会のアンカ・パドゥラルは、それこそがはしか大流行の主な原因だと言う。 WHO(世界保健機関)によれば、流行を防ぐには人口の95%がワクチンを2回接種していることが必要。しかし、接種率が70%以下という国もある。予防接種とは本来、病気の抵抗力が弱い乳幼児に免疫を付け、感染を防ぐためのもの。接種率の低さは感染拡大につながる。 イギリスでは98年、MMR(はしか、風疹、おたふくかぜ)ワクチンが自閉症を引き起こす可能性があるとの研究が発表された。後にこの論文は誤りとされ、執筆者のアンドルー・ウェイクフィールドは医師免許を剝奪されたが、MMRの接種率は一時50%にまで落ち込んだ。 ワクチン研究の権威である米フィラデルフィア小児病院感染科長のポール・オフィット博士は共著『ワクチンとあなたの子供』の中で、ワクチンを含むどんな医薬品にも副作用はあり得ると指摘する。 重要なのは、ワクチンによって副作用が生じる確率が非常に低いこと(日常生活で事故に遭う確率よりもずっと低い)。病気のダメージを考えれば「全てのワクチンの恩恵はリスクを上回る」と断言する。 ===== 恐怖心から積極的にワクチンを避ける人ばかりではない。めったにかかる病気ではないからと、接種を先延ばしにする親も多い。さらに、おたふくかぜや水ぼうそうのような「比較的軽い」病気なら一度感染して免疫を付ければいいと考える親もいる。だが、この考え方は危険だ。 予防接種が普及して感染者が激減したおかげで「今の親や医師は実際に病気を目にする機会がない」と、欧州疾病予防管理センターのマーク・スプレンジャー元理事長は言う。 実際、感染症を過小評価するのは禁物だ。水ぼうそうやはしかで死亡する例は後を絶たず、日本ではおたふくかぜで毎年600~700人が難聴になる。 ワクチンが予防するのは本人の病気だけではない。接種を怠って感染が広がれば、周囲や地域全体にも危険を広げる。ソ連崩壊後のロシアでジフテリアが流行したり、70年代後半の日本で百日咳が急増するなど、根絶に近づいていた病気が接種率の低下を機に再び広がった例は多い。終息には再び膨大な経費と時間、人材が必要になる。 逆にきちんと予防接種を受けていれば、地域全体に恩恵をもたらすこともある。小児用肺炎球菌が00年に定期接種ワクチンに認定され、接種率が上がったアメリカでは、肺炎球菌による重症患者が5歳未満の子供で94%減っただけでなく、65歳以上の高齢者層でも65%減少した。 防げる感染症のリスクを予防接種でゼロにする──大きな代償を払うことに比べれば、簡単なことだろう。