シリアで5月26日に大統領(任期7年)選挙が実施され、現職のバッシャール・アサド大統領が2012年に公布された現行憲法のもとで、2014年に続いて2度目の当選を果たした。アサド大統領は、旧憲法(1973年公布)のもとでも2度(2000年、2007年)当選しており、今回の当選は通算で4度目となる。 ハマーダ・ハンムード人民議会(国会)議長が5月27日晩に行った記者会見での発表によると、有権者総数、投票総数などは以下の通り。 有権者総数(在外居住者を含む):18,107,109人 投票総数(在外投票を含む):14,239,140票 投票率:64.78% 無効票:14,000票(0.1%) また、各候補の獲得票数は以下の通り。 バッシャール・ハーフィズ・アサド:13,540,860票(95.1%) マフムード・アフマド・マルイー:470,276票(3.3%) アブドゥッラー・サッルーム・アブドゥッラー:213,968票(1.5%) なお、過去の選挙でのアサド大統領の得票率は、2000年が97.3%、2007年が97.6%、2014年が88.7%だった。 西側諸国の反応 アサド大統領の再選が確実視されるなか、西側諸国の反応は冷ややかだった。 米英仏独伊の外相は5月25日、選挙が自由、公正ではないとしたうえで、「選挙を違法と非難する市民社会団体、反体制派を含むすべてのシリア人の声を支持する」とする声明を発表した。27日には、ジョセップ・ボレルEU外務・安全保障政策上級代表が「真の民主的投票の基準を満たしておらず、紛争解決に資さない」と非難、トルコ外務省も「違法な特徴を有する」と非難した。 シリア政府の正統性を否定するこれらの国々の対応は予想通りではある。しかし、それは、シリアでの10年に及ぶ紛争に、人道、化学兵器使用阻止、「テロとの戦い」などといった正義を振りかざして介入を続けてきたにもかかわらず、アサド大統領を退陣に追い込むことも、シリア政府を崩壊させることもできなかった無力への言い訳にも聞こえる。 同時に、大統領選挙という主権にかかわる問題の正統性を一方的に否定する姿勢は、シリアをいかに見下しているのかを示してもいる。シリア政府が過去においていかなる過ちを犯したとしても、国民に寄り添うなどと主張し、執拗な内政干渉を行うことは、最上級の侮辱と傲慢以外の何ものでもない。西側諸国が、シリアだけでなく、多くのアジア・アフリカ諸国に対しても今もこうした姿勢をとり続けていることは、周知の通りだ。 シリアの将来はシリア人の総意のみを通じて決められる。ここでいう総意とは、「体制打倒」に象徴されるような一過性の出来事ではない。日々の政治的営為の積み重ねを通じて形成されるものである。大統領選挙が行われたことは、そうした積み重ねられる事実の一つであり、それを頑なに拒んで思考停止に陥れば、その意味を冷静に捉えることすらできない。 分断と占領・駐留のなかでの選挙 前回の大統領選挙は、シリア内戦がもっとも激しかった時期に行われた。各地では、シリア軍、シャームの民のヌスラ戦線やイラク・シャーム・イスラーム国(現在のイスラーム国)、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の民兵である人民防衛隊(YPG)が熾烈な戦いを繰り広げ、多くの地域が政府の支配の外に置かれていた。 2014年5月の勢力図:筆者作成 今回の選挙が実施された2021年5月においても、シリアは、政府、反体制派、PYDによって分断され、米国(および有志連合)、トルコ、イスラエルが領土の一部を占領、ロシア、そして「イランの民兵」と呼ばれる諸勢力が各所に部隊を駐留させている。しかし、シリア政府は、イドリブ県中北部を除く反体制派の支配地(いわゆる「解放区」)とユーフラテス川西岸のイスラーム国支配地を奪還し、トルコ国境に面する北東部をPYDと分有(共同統治、あるいは分割統治)するまでに勢力を回復した。大規模な戦闘も、2020年2月から3月にかけてのイドリブ県でのシリア・ロシア軍とトルコ軍・「決戦」作戦司令室(シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が主導)の交戦を最後に、1年以上にわたって発生していない。 2021年5月の勢力図:筆者作成 ===== 前回選挙との違い レバノンの財政破綻(2020年3月)、コロナ禍(2020月3月~)、そして欧米諸国による経済制裁の継続によって経済が低迷し、復興は思うように進んではいない。だが、選挙は前回と比べて格段に安定した状況下で実施され、選挙宣伝や選挙活動もきわめて大規模に行われた。 選挙戦が幕を開けた5月16日以降、選挙実施の支持と投票参加を訴える「愛国テント」と銘打たれた特設会場が各地に設置され、そこで開催されるデモや集会に多くの人々が参加した。反体制系のメディアや活動家は、治安当局による脅迫を受けて人々が参加を余儀なくされたと主張した。だが、連日連夜にわたって続けられる示威行動は、政府支配地域の治安がきわめて安定していること、そして国家が十分な治安維持能力を持っていることを示していた。デモや集会はいずれも、アサド大統領の支持者によるものだった。だが、政府系メディアは(総選挙法の規定に従い)、こうした動きが大統領ではなく、選挙実施を支持するものだと報じた。 ドゥーマー市(ダマスカス郊外県):SANA、2021年5月21日 独自色を示せない対抗馬 政府系メディアはまた、アサド大統領の対抗馬であるアブドゥッラーとマルイーのインタビュー番組を企画、両氏の選挙綱領の内容を詳細に報じた。反体制派初の立候補者であるマルイーにいたっては、ロシアのメディアだけでなく、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団の取材にも応じた。 だが、難民帰還、米国やトルコの占領に対する闘争、復興などを掲げる2人の政策ヴィジョンは、アサド大統領と大差なかった。とりわけ、マルイーは、「体制打倒」、「自由」と「尊厳」の実現など、反体制派が好んで用いるフレーズを封印したため、反体制派候補としての独自色すら示すことはできなかった。そればかりか、体制によってお膳立てされた「偽りの選挙」に参加したとして、同じ反体制派から厳しい批判に晒された。 これに対して、アサド大統領は、選挙活動を行うことはなかった。だが、国内外逃亡罪(兵役忌避罪)への恩赦を定めた2021年政令第13号(5月2日)、民間および軍の公務員・定年退職者への手当・支援金支給を定めた2021年政令第14号(5月8日)、2021年5月31日までに予備役が2年以上となる士官・軍医の召集猶予を終了し、退役を認めることを定めた行政令(5月10日)、投資促進を目的とする2021年法律第18号(新投資法)(5月19日)を矢継ぎ早に施行し、存在をアピールした。 また、5月6日にイラクのイラクのファーリフ・ファイヤード内閣国家安全保障担当顧問兼人民動員評議会議長、12日にイランのモハンマド・ジャヴァード・ザリーフ外務大臣と、17日にアブハジヤのアスラン・ブジャニヤ大統領、20日にパレスチナ諸派の指導者らと会談し、13日にはダマスカス旧市街の大ウマイヤ・モスクでイード・アル=フィトルを祝うための集団礼拝に参加し、頻繁にメディアに登場した。 大ウマイヤ・モスク(ダマスカス県):SANA、2021年5月13日 報道から見えてくるもの 投票は5月26日の午前7時から全国12,102カ所に設置された投票所で開始された。国営のシリア・アラブ通信(SANA)やイフバーリーヤ・チャンネル、そして政府系のメディアやニュース・サイトは、投票所が有権者で溢れ返る様子、投票を済ませた有権者がデモや行進を行い歓喜する様子をリアルタイムで大々的に報じた(「シリア・アラブの春顛末記」2021年5月26日)。 シャイフ・バドル市(タルトゥース県):SANA、2021年5月26日 選挙監視にあたる最高司法選挙委員会は、大挙する有権者に対応するため、投票終了時間を法律が定める午後7時から午後12時に変更することを決定した。 政府系メディアと反体制系メディア双方の報道を注視すると、そこには今回の選挙に特徴とも言える様々な点が見えてくる。 第1は、アサド大統領への支持が低く地域、政府の支配への不満が高いとされている地域での投票、デモ、集会、行進の様子も報じられた点である。 具体的には、PYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局と政府の共同統治下にあるハサカ県、中北部を反体制派によって掌握されているイドリブ県、政府の支配下にあるものの、軍・治安部隊を狙った襲撃事件が絶えないダルアー県の様子である。 ===== ハサカ県での投票 とりわけ、ハサカ県については、北・東シリア自治局が投票の2日前の5月24日、政府支配地に至るすべての通行所を閉鎖し、有権者の移動を制限するという妨害行為に出た。また、北・東シリア自治局の治安部隊でありYPGを主体とするシリア民主軍の政治部門であるシリア民主評議会も同日の声明で、「大統領選挙とは無関係だ」と発表し、ボイコットを宣言していた。にもかかわらず、投票は貫徹された。 SANAなどによると、北・東シリア自治局の管理下にあるハサカ市のグワイラーン地区、ヌシューワ地区の住民だけでなく、トルコ国境に面するマーリキーヤ市の住民が、政府管理下のハサカ市中心街を訪れ、投票を行った。 ハサカ市:SANA、2021年5月26日 ダルアー市クスール地区:Murasilun、2021年5月21日 イドリブ県の様子を伝えるイフバーリーヤ・チャンネル むろん、政府支持者が多いとされる首都ダマスカス、タルトゥース市、ラタキア市、アレッポ市、ヒムス市などのといった大都市に比べて、報道の頻度は少なく、報じられた投票行動や示威行動の規模も小さかった。また、シリア人権監視団は、北・東シリア自治局の支配地にも投票所や投票箱が設置されたものの、住民のほとんどが投票には参加しなかったと発表した。さらに、ハサカ県と同じく、政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるラッカ県の様子を伝える報道は、筆者がフォローした限りにおいて確認できなかった。 だが、前回の大統領選挙(そして、昨年の人民議会選挙)に参加しなかった(ないしはできなかった)住民が少なからず投票に参加したことは大きな変化だった。 ダルアー県の動き 第2は、ダルアー県(そしてクナイトラ県)の動きだ。同地の様子を大々的に報じたのは、政府系メディアではなく、反体制系のメディアや活動家で、それによると、5月25日から、選挙実施に反対する抗議デモやゼネストが発生したというのだ。 抗議デモが行われたのは、ダルアー市ウマリー・モスク前(5月25日)、ブスラー・シャーム市(26日)タファス市(25、26日)、ジーザ町(26日)、フラーク市(26日)など。参加者は「殺人者と共にいればシリア人に未来はない」と書かれた横断幕やシリア革命旗(委任統治領シリア国旗)を掲げ、体制打倒や革命成就を訴えた。 ダルアー市ウマリー・モスク前:Nabaa Media Foundation、2021年5月25日 ブスラー・シャーム市(ダルアー県):HFL、2021年5月21日 また、ゼネストは、タッル・シハーブ町、ナワー市、タスィール町、タファス市、ムザイリーブ町、ヤードゥーダ村、ジッリーン村、フラーク市、ナーミル村、ムライハト・アタシュ村、東ムライハ村、西ムライハ村、東ガラーヤー村、西ガラーヤー村、インヒル市、ダーイル町、ジャムラ村、クサイル村、ムザイラア村、サウム・ジャウラーン村、アービディーン村、ナイーマ村、サフワ村、ジャースィム市、キヒール村で行われた。 ダルアー市中心街、ブスラー・シャーム市、ジャースィム市、タスィール町、サマード村、マアルバ町、サイダー町、キヒール村、ナスィーブ村、フラーク市、ナーフタ町、タイバ町、ヤードゥーダ村、東カラク村、サフワ村、ガサム村、ナイーマ村、ウンム・マヤーズィン町、ジーザ町、マターイヤ村、アルマー町、西ガラーヤー村、東ガラーヤー村、西ムライハ村、東ムライハ村、ムサイフラ町、ハーッラ市、インヒル市、タファス市、ナワー市、ダーイル町、ムザイリーブ町、タッル・シハーブ町、アジャミー村、ザイズーン村、ジャムラ村、ジッリーン村、ナーフィア村、シャジャラ町、クーヤー村、クサイル村、ムザイラア村、サフム・ジャウラーン村。これらの地息では、住民が選挙をボイコットしたと伝えられた。 事態を受けて、シリア軍が住民に投票を強要するため、ダルアー県に部隊を派遣したなどといった情報が流れた。だが、「アラブの春」が波及した時のような、厳しい弾圧は行われなかった。 暴力はむしろ政府側に向けられた。反体制系サイトは、ダルアー県各所で、投票日前後にシリア軍や治安部隊の検問所、警察の分所、バアス党の支局などが相次いで襲撃を受けたと伝えた。また、クナイトラ県ウーファーニーヤ村では、投票を行わないよう脅迫するメッセージが街中に貼られたため、住民の安全に配慮し、投票の中止が決定された。 政府系メディアがこうした事実を伝えることはなかったが、反体制系メディアは、政府の軍や治安当局が住民に投票を強いたと断じる一方で、投票を行わないよう求める圧力の存在について(期せずして)暴露した。 イドリブ市で選挙に反対するデモ 第3は、シャーム解放機構が軍事・治安権限を握るいわゆる「解放区」の動きだ。同地の中心都市であるイドリブ市では5月26日、サブア・バフラート交差点で「アサドとその選挙に正統性はない」と銘打ったデモが行われた。参加したとされる国内避難民(IDPs)を含む数百人(反体制活動家によると数千人)は、大統領選挙に反対を表明するとともに、体制打倒や「シリア革命」支持を訴えた、反体制系メディアや活動家はそう伝えた。 イドリブ市:Ebaa News、2021年5月27日 反体制デモではある。だが、同地に政府の支配は及んいないために弾圧に晒される恐れはなく、選挙に反対することは反体制派のスタンスに合致している。政府支配地での選挙支持のデモが動員された官制デモだというのであれば、「解放区」における反体制デモも逆立ちした官制デモだと言える。 「茶番」としての全否定に民主主義の価値はない いずれにせよ、政府の支配下にあるダルアー県各所、そして政府の支配が及ばないイドリブ市で抗議やボイコットの動きがあったものの、それをもって今回の大統領選挙に意味と主張できる理由があるとすれば、それは民主主義が確立・維持される過程への無知のみだろう。 現下のシリアの政治体制や制度が(それ以外の世界中のすべての国と同じく)完全無欠でないこと、そして分断と占領という現実のなかで、さらなる変革や改善を必要とすることは言うまでもない。そうした必要に応えるべく、シリア国内では、政府、反体制派、PYD(北・東シリア自治局)のいかんにかかわらず、あらゆる当事者が、不断の試みをのなかで、より良い国家や社会をめざしている。そして、これらの勢力の支配下に身を置く人々は、支持しようがしまいが、そして意識しようがしまいが、日々の生活のなかでその不断の試みに関わっている。民主主義とはこうしたプロセスのなかで、具体的なかたちを得て、総意と呼び得るものへと近づこうとする。 今回の大統領選挙を含めて、シリアで続けられる試みを一つでも「茶番」だなどと批判し、全否定することは、国家や社会の発展の道筋に逆行する動きであり、民主主義の精神に照らし合わせた場合、そこに価値を見出すことはできない。