<ネガティブなロシア人が中国の若者たちのアイコンに。習近平政権下で広まる「無気力カルチャー」とは> 僕に投票しないで! テレビでそう訴え続けたウラジスラフ・イワノフ(ステージ名リルーシュ)が、ついに夢をかなえた。中国の人気オーディション番組『創造営2021』の最終回で、晴れて落選を決めたからだ。 今年2月、イワノフ(本業は通訳)は軽い気持ちでボーイズバンドのメンバー発掘リアリティー番組に参加した。すぐに後悔したが、降りたら契約違反で罰金を取られる。だからステージに立ち、あらゆる手段で落選キャンペーンを張った。 しかし彼の落胆した表情や中途半端なパフォーマンス、そして「投票しないで」の訴えは逆効果だった。イワノフは決勝まで残り、気が付けば現代の「喪(サン)文化」のアイコンとなっていた。 中国語の「喪」は「意気消沈」や「落胆」の意味。自分を卑下し、競争を嫌い、目標など信じない態度が、中国では数年前から「喪文化」と呼ばれ、若者の間でもてはやされている。 通説によれば、喪の元祖は2016年の「寝そべる葛優(コーユー)」というネット上の流行。人気役者の葛優がだらしなくソファに寝そべる1990年代のコメディー番組の一場面で、誰かが画像に「僕は完全にボロボロ」というコピーを添えた。中国版ツイッターの「ウェイボー」では、時代の憂鬱さをそっくり受け入れた態度と解釈する人もいる。 似たようなところでは、アニメの主人公で自己嫌悪に陥ったアルコール依存症の皮肉屋「ボージャック・ホースマン」やアメリカ漫画『ボーイズ・クラブ』に登場する「カエルのペペ」なども人気だ。 若い世代が喪文化を受け入れるのは、主流の政治的イデオロギーからの静かな逸脱であり、過剰なポジティブさと生産性を求める風潮に対する明白な拒否反応でもある。 ポジティブはつらいよ 習近平(シー・チンピン)が2012年に政権を発足させて以来、中国共産党は「正能量(ポジティブなエネルギー)」を前面に掲げ、政治的に利用している。中国研究者のフランチェスカ・トリッグスによれば「正能量」は市民の社会的責任を極限まで強調する。共産党によるインターネットの検閲を正当化し、イデオロギー的コンセンサスや世論を形成するためにも使われている。 党が広めた「ポジティブなエネルギー」というイデオロギーと並行して、新自由主義的な「たたき上げ」の賛美も広がった。中国の書店には、起業家たちの「自らつかんだサクセスストーリー」本を集めたコーナーがある。そんなポジティブさの押し売りは、激しい競争にもまれてきた世代にはつらい。 苛烈な受験競争、高騰する住宅価格、「996」(午前9時から午後9時まで週6日働くこと)の労働文化、上昇志向の閉塞感など、若者は厳しい現実に直面している。彼らにとって「喪」を受け入れること、つまり人生や自分に対して敗北的な態度を取るのは不確かな未来に備える戦略であり、仲間との絆を深める方法でもある。 中国の若者たちがイワノフの中途半端なパフォーマンスを愛したのは、それが演技ではなく彼の「素のまま」であることを知ればこそだ。 もしもイワノフが喪文化を知っていて、自分のやる気のなさがウケることに気付いていたら、彼はもっと頑張ったかもしれない。 Xiaoning Lu, Reader in Chinese Culture and Language, SOAS, University of London This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.