<ウイグル族の人権侵害を理由に対中制裁を発動したEUに報復制裁を繰り出した中国。投資協定も頓挫し、欧州との融和的関係は危機に瀕している> 新疆ウイグル自治区における人権侵害が広く報道されるなかで、中国政府とEUは対立を深めている。ヨーロッパを味方につけたい中国だが、友人を作るより失うケースのほうが多くなっているようだ。 中国とEUが、まさにやられたらやり返す報復合戦に陥ったのは今年3月のことだった。EUが中国北西部に住むウイグル族に対する人権侵害の責任を負う中国当局者4人と1団体を対象とする制裁に踏み切ったところ、中国はただちにそれ以上の報復制裁で反撃した。 」 この一件は、10年近い交渉で合意にこぎつけたEUと中国の包括的投資協定(CAI)の凍結につながった。CAIについては、アメリカと欧州の大西洋をはさんだパートナーシップを分断するためのツールとして、中国の習近平国家主席が成立を切望しているといわれていた。 中国がEUに派遣した特使は7月2日、再びEUの内政干渉を非難した。その前日、EUの外交をつかさどる欧州対外行動庁は、新疆ウイグル自治区の状況に対する「重大な懸念」を何度も繰り返し表明し、国連の人権問題担当幹部による現地調査の受け入れを中国に改めて要請していた。 中国側は、今年は確実に新疆ウイグル自治区を訪問したいというミシェル・バチェレ国連人権高等弁務官をすでに招待していると発表。EUも招待しているが、EU本部が設定した「受け入れられない」前提条件があるために実現していないと付け加えた。 戦狼外交は自滅行為 人権擁護団体と国連の専門家は、少なくとも100万人のウイグル人が新疆の大規模収容施設に拘留されているという。強制労働や強制不妊手術を含む具体的な人権侵害も報道されている。中国は不正行為の告発をすべて否定し、報告書や目撃証言を嘘であり、情報漏洩だと説明している。 だが中国政府が「やみくもな戦狼外交」を通じて、自国の政策を強引に擁護することは「逆の効果をもたらす」行為であり、ヨーロッパ全体が態度を硬化させる結果につながった、とブリュッセルに拠点を置くロシア欧州アジア研究所 (CREAS)のディレクター、テレサ・ファロンは語る。 欧州議会は5月20日に批准の凍結を決議し、CAIは暗礁に乗り上げた。そして今、習は「ヨーロッパのジレンマ」を抱えている、とファロンは共産党の建党100周年記念大会の前夜に本誌に語った。 「中国は数百万ドルをソフトパワーに費やしてきたが、何ひとつうまくいっていない。それはこの好戦的な戦狼外交でみずからの努力を台無しにし続けているからだ。まったくの自滅行為だ」 ===== EUが3月22日に発表した制裁は、中国だけに向けられたものではなく、北朝鮮、ロシア、その他の国における人権侵害を対象としたパッケージの一部だった。この制裁はアメリカ、イギリス、カナダとも協調しているが、EUが人権侵害を理由に中国を制裁するのは、天安門広場での学生主導の抗議行動を中国政府が残忍に弾圧した天安門事件に対する1989年の武器禁輸以来初めてだ。 EUが中国を制裁する準備をしていたことは、中国指導部に知られていた。「こうしたことは、EU本部ではすぐ外に伝わってしまう」と、ファロンは言う。 その後、EUは「処罰の対象とする人物をとても慎重に選んだ」が、EUの対応は多くの人がやりすぎとみなし、親中派の人々にとっては「ほとんど政治的に擁護できない」やりかただった。 中国の報復制裁は、欧州当局者と学者10人および4団体が標的となった。そのなかにはEUの対中関係代表団の団長を務めるラインハルト・ビュティコファー議員(ドイツ緑の党)がいた。全加盟国の大使で構成されるEUの主要な外交政策意思決定機関である政治・安全保障委員会も対象となった。 制裁を発表した声明の中で、中国外務省は、EUは「過ちを是正する」必要があると述べ、さらなる措置を取ると脅した。 ねらいは米欧の分断 中国政府の対応は「まさに民主主義の仕組み」に対する攻撃だった、とファロンは言う。「それに対して反撃がこないと思うとしたら、中国はひどい間違いを犯している」 だが、はるかに心配なのは、EU本部の中国特使が本国政府により適切な対応を助言したにもかかわらず、それが見過ごされたことだ。ファロンは、特使を無視したのは中国の最高幹部かもしれないと考えている。 「私は中国の特使たちに会った。とても賢く、才能のある人々だった。本国政府の人々が特使たちの話を聞いているとは思えない」と、ファロンは言う。「習近平が都合のいいことしか伝えない人々の話しか聞いていないという危険もある。彼らは破滅的な過ちを犯している」 EUと中国の包括投資協定は、EU側の中国市場へのアクセス権拡大を約束しており、この点では中国側にあまりメリットはない。だが習にとって協定の締結はきわめて巧みな地政学的な成果となるものだった。次期バイデン政権は反対の姿勢を見せていたものの、中国とEUは昨年12月に大筋で合意に達した。 ジョー・バイデンが11月の大統領選挙に勝利した後、習がCAIを軌道に乗せるためにみずからテコ入れしたことをマスコミは指摘した。 「習はバイデンが大統領に就任する前こそ、アメリカとEUの関係に楔を打ち込むチャンスを見た」とファロンは言う。 「中国はどちらが大統領選に勝つか、結果がでるまで待っていたという感じがする。トランプが勝っていたら、中国はCAIを締結する必要はなかった。バイデンが勝った場合、中国はすばやく動かなければならなかった。だから選挙の結果が出るまで静観していたのだ」 ===== 中国政府はどちらにしてもCAIを本気で成立させる気はなかった、という分析にはファロンは賛同しない。合意は現在、棚上げされており、欧州議会は制裁解除になるまでこれ以上の進展はないとほのめかしている。この結果は中国にとって「大失敗」にほかならない、とファロンは考えている。 中国を取り囲む政治情勢が変わる別の兆候は、バイデン大統領がG7、NATO、EUのリーダーたちと重ねた会談からも探り出すことができる。 CREASのファロンは、連続する首脳会談から声明が出されるたびに、中国政府が迅速に対応したことに注目した。 中国のこうした反応は、バイデンと彼の計画──同盟国を結集し、欧州における中国政府の影響力を相殺すること──に対する中国の警戒心を示しているように見えた。 トランプ政権の4年間、ヨーロッパのアメリカに対する信頼は失われていた。だがそれはもう過去のものとなり、バイデンと彼の外交チームはすでに失われた時間を取り戻している。だが欧州の指導者たちが、アメリカが再びテーブルの上座につくことを許すかどうかはわからない、とファロンは言う。 G7とNATOは見たところ足並みをそろえているが、中国が突きつけてくる課題全体への解決を提案するには至っていないという見方もあるし、矛盾も目に付く。 6月14日にNATOが共同声明を出した直後、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は「(中国は)北大西洋にはほとんど関係がない」と発言した。だが一方でフランス海軍の艦船は、南シナ海における航行の自由を守るための作戦に参加している。 また4月には、ベンガル湾で行われた日本とアメリカ、オーストラリアとインド(通称クアッド)の共同演習に参加。5月には「ジャンヌ・ダルク21」と呼ばれる陸海軍の練習航海の一環として、日本での共同演習に参加した。 NATOが中国の影響力拡大を「過大評価」することに警鐘を鳴らしているドイツのアンゲラ・メルケル首相も、近く海軍の艦艇をインド太平洋地域に派遣することを了承している。 中国がEUにとって最大の貿易相手国の1つであることは変わりない。だがその一方でEUは、加盟国とその重要なインフラを外部(中国であろうと何であろうと)からの過度な影響力から守るため、ゆっくりだが足並みをそろえた対応を取ってきた、とファロンは言う。 その一例が、域外からの直接投資のスクリーニング制度や、7500億ユーロというEU史上最大規模のコロナ復興基金だ。 ===== だがファロンによれば、欧州において中国が直面する最大のハードルは、自国ではまず経験しないようなものかも知れないという。それはエリートと一般市民の世論の間にある「大きな溝」だ。ファロンによれば、コロナ禍が起きてからは特に、中国が(新型コロナウイルスの発生源について)ごまかし続けているとの疑惑もあって、中国に対する人々の不信感は根強い。 ピュー・リサーチ・センターの最新の世論調査でも、欧州を含む多くの先進国・地域において中国に否定的な見方をする人の割合は「過去最高に近いレベル」だった。欧州諸国を見ると、中国に否定的な見方をする人の割合の中央値は66%で、好意的な人の割合の中央値は28%だった。 中国に否定的な見方をする人の割合が63%だったイギリスでは、EU離脱以降、インド太平洋地域への「傾斜」を強めている。ドイツやフランスと同様に、イギリスの対中政策にはこの1年半、厳しい視線が注がれてきた。 中国はEUからの制裁に対する報復措置を取ったのに続き、3月26日にイギリスに対しても制裁を発動した。対象となったのは9人の個人と4つの団体だ。対EUの制裁と同様に、リストに名前が載った個人だけでなくその家族も含め、中国(香港やマカオを含む)への渡航や、中国の市民、組織、企業との取引が禁じられる。 報復制裁で保守党の議員を狙い撃ち 制裁リストに載った中でも大物なのが、昨年4月にシンクタンク「中国研究グループ(CRG)」を立ち上げた保守党のトム・トゥゲンハート下院議員とニール・オブライアン下院議員だ。CRGも組織として制裁の対象となった。下院の外交委員長も務めるトゥーゲンハットは、英中が「バランスの取れた建設的な関係」を築くことを望むと述べた。 トゥゲンハートは本誌に寄せたコメントの中で「パンデミックから気候変動に至る課題の解決に向け、イギリスと中国がよりよい対話の方法を見つけられればと思っている」と述べた。「だがそれには、(中国共産党の)脅迫的な姿勢を終わらせる必要がある」 また彼は「オオカミは大使館ではなく荒野にいるべきものだ」と述べた。そして中国が世界各地で行っている投資に対抗するための、新たなインフラ支援構想へのバイデンの「多国的アプローチ」を支持すると述べた。 遠征中の英海軍の空母「クイーン・エリザベス」を中核とした空母打撃群は今後、南シナ海を横切って日本に寄港する予定だ。 中国はこの空母打撃群のアジアへの派遣を注視しているはずだ。6月には英駆逐艦ディフェンダーが黒海を航行中にロシアから警告射撃を受ける事件もあったが、「同様の攻撃が起きるはずはない」とトゥゲンハートは言う。 ===== 「クイーン・エリザベスの派遣が額面通り、つまりあらゆる国が調印した国連の原則を守るための国際的な努力であり、この地域における親善関係を築く手段であると受け取られることを期待する」とトゥゲンハートは述べた。 ドミニク・ラーブ英外相も、中国政府による香港の民主的権利が弾圧されていることへの懸念を表明している。だがボリス・ジョンソン首相率いる内閣のそれ以外の閣僚たちは今も、中国市場がもたらす貿易機会のことが気になるらしい。 例えばリシ・スナーク財務相は1日、新疆ウイグル自治区における人権侵害を批判する一方で、イギリスは中国との経済関係構築を続けるべきだと訴えた。 英中関係の「黄金期」は幻だった ジョンソン政権はデービッド・キャメロン前政権下における英中関係の「黄金期」をある程度まで再現したいと考えているのではとの見方もある。もっともロンドン大学東洋アフリカ学院・中国研究所のスティーブ・ツァン所長は、そんな黄金期など「実際には存在したことがない」と言う。あくまでも対中関係改善のための「美辞麗句」だったというのだ。 中国政府がイギリスの意向を無視し、英中共同宣言が定めた義務を放棄し、香港や(のちには新疆ウイグル自治区において)「やりたい放題やる」ことを決めたことが明らかになった際、イギリス政府は黄金期を謳い続けることの「持続不可能な性質」を理解したとツァンは言う。 中国政府の態度はとげとげしさを増しているものの、ツァンに言わせれば、イギリスに対する外交政策に根本的な変化はない。変わったのは、中国の政策に対するイギリス側の受け止め方と理解だと彼は言う。 ツァンはこう締めくくった。「習は最近、外の世界からもっと愛される中国を目指すとアピールしているが、それでも彼の外交政策は転換を目指してはいない。中国のやり方を修正しようという呼びかけであって、外交政策を変えようというのではない」